○日本人が劣化している。分かりやすくいえば、国民がどんどんアホになってきている。国民ばかりではない。総理大臣以下の政治家も、学者も、専門家も、医者も、マスコミも、止めどなく劣化してきている。見るも無惨という言葉が当てはまる。

○私は新型コロナに関心があるのでそこから一例を出せば、新型コロナが猛威を振るい始めたと考えられている2020年。2月のダイヤモンド・プリンセス号の船内感染から始まり、安倍元総理の発出した緊急事態宣言、第三次世界大戦発言、アベノマスク、オリンピック延期など、日本中が騒然とした。

○しかしである。2020年の日本全体の死亡者数は、前年の2019年よりも減少したのである。2019年の死亡者が1,381,093人であるのに対して、2020年が1,372,755人であり、8,338人減少している(厚生労働省人口動態統計)。自殺や事故死を除いた病死の総数でも、7,858人の減少である。2020年は自殺者が818人増えているが、これは新型コロナを国を挙げて空騒ぎしたことでの心情や経済面での不安定さが影響した可能性があり、むしろ実害は自殺者の増加にあった。

○そして、総理大臣以下の政治家も、学者も、専門家も、医者も、マスコミも、さらには多くの国民も、この厳然たる " 事実 " を無視した。 " 事実 " とは何かといえば、新型コロナウイルスは日本に一切、何の被害ももたらさなかったという " 事実 " である。事実を無視して自分の言いたいことを言い、したいことをするようになった人間は、正常な社会であれば狂人とみなされる。

○ここまで狂気の支配してしまった日本に対しては、もう何を言っても無駄であるように感じられる。日本人がある日突然、昼は暗く、夜は明るいと騒ぎ始めたも同然である。当然、そこから派生する対策は、筋違いもはなはだしい。昼は暗いのでヘッドライトをつけましょう、夜は明るいのでヘッドライトを消して走行しましょうといった、トンチンカンで危険な指示が発出されるようになり、いまだに続いている。日本という国が、政府が、そんなことを始めたのだ。

 

○私のようにごく常識的で、狂っていない人間にとっては、何が起きているのか理解ができない。人間というものが、国というものが、このようにして狂ってしまうのかと呆然として見ていることしかできない。目の前の厳然たる " 事実 " を権力が否定し、それに大多数の国民が盲従するというのは一体どういうことなのだろうか。みんな、したり顔をしたいい大人なのだけれど。

 

○今年の8月7日の小樽市長選挙で、私はマスクをしていないことを理由に投票にストップをかけられた。戦後の民主主義を経験してきた私にとっては到底信じられないような愚行かつ不正(公職選挙法違反)なのだが、日本はもうお役所でも正常な判断ができなくなっている。驚くべき日本人の痴呆化である。

 

○まあ、「裸の王様」とか「王様の耳はロバの耳」とかいう童話・寓話があるくらいだから、長い歴史上にはこういうことがありうるのかもしれないが、それにしても情けないというか、常軌を逸している。日本人には知性や良識というものがないのだろうか。ないのかもしれない・・・。

○一体いつから日本人はここまで狂った民族になったのだろうか。残念ながら大東亜戦争を振り返れば、昔から狂った国だったことが分かる。どうやら日本人は元々が狂った民族らしい。

○無理もないかもしれない。こんな世界の果ての島国である。古代に日本に渡ってきたのは、元の世界に満足に適応できなかったはみ出し者、奴隷、犯罪者といった類だった可能性がある。しかも、北から南から西から、三々五々寄り集まってきたのだから、氏素性の怪しさに加えて仲間意識がなく、統率もされていない。加えて、どこかに新天地を求めて日本から出て行こうにも、日本はどん詰まりで他に逃げ場のない土地である。嫌々留まるしかない。

○しかし、幸か不幸か、私自身はそんな日本に気がつかずに現在に至った。なぜかといえば、それは戦後アメリカが日本を支配していたためではないかと思う。私がこの歳になるまで、狂った日本は顔を出すことができずに押さえ込まれていたに違いない。いい時代だった。

○白人と日本人のハーフには美人が多いが、文化も同様だったのだろう。アメリカ文化と日本文化のコラボレーションが、一時期日本を素晴らしい国にしたのだと思う。しかし、今やアメリカも衰えた。おそらく、オバマが大統領になったあたりで、古き良きアメリカは終了したのだろう。アメリカがアメリカらしかったのは、せいぜいクリントンまでである。いや、アメリカが崩れた時代がクリントン政権で、オバマになったときにはアメリカは残骸になっていたということだろうか。

○盲目的なアメリカ追従の悲劇といえないこともないのだが、その崩れ方はやはり日本の個性というか、日本独特のものとなる。それは戦前への回帰、全体主義への回帰である。もっとイメージが湧くように言えば、日本の北朝鮮化、中国化である。

○日本には中国や北朝鮮を嫌う人が多いが、なぜ自分たちが中国や北朝鮮を嫌うのかを分かっているだろうか。中国や北朝鮮が嫌われる理由は、国民に自由がなく、権利を制限されるからで、行動ばかりではなく、思想・信条までも強制的に制御・統制する政治が行われている。中国や北朝鮮は、思ってはいけない、考えてもいけない国である。

○分かっているのかなあ。北朝鮮は美人がいたら否応なく喜び組に入れられ、将軍様に御奉仕することが名誉あることだと強制される国ですよ。かつての特攻隊に志願するのと同じことが今現在も北朝鮮では行なわれていると思っていい。そして、その原型は北朝鮮よりもむしろ日本にあるのかもしれない。

○つまり元々日本人は劣等民族で、相当にレベルが低い。意識が低いというのか、意識がないといっていいくらいの民族のようだ。人間の頭の構造として、論理というものはある程度の自律性を持っている。つまり、論理的な思考をスタートさせると、その進む方向や結論はある程度の範囲に収まるようになっている。しかし、日本人はそれを嫌う民族のようだ。

○論理としてよく持ち出されるのは三段論法といわれるもの。「AはBである。BはCである。よってAはCである。」というのが三段論法になる。狂人でない限り人間は自然とそう考えるようにできている。

○例えば「ソクラテスは人間である。人間は必ず死ぬ。よってソクラテスは死ぬ。」といったものだ。最初に挙げた、死亡者が減っているのに国を挙げてコロナで大騒ぎする例は、小学生でも理解できるはずの三段論法ですら、日本人が身につけていないことを示している。

○総理大臣が言うから、政府が言うから、学者が言うから、医者が言うから、マスコミが言うからと、日本人は考えもせずに、盲目的に間違ったことを受け入れてしまう。人間としての品位を捨て、奴隷化することに抵抗がない。

○どうしてこんな民族になってしまったのかと思ってネットを検索していたら、ちょうどいい言葉が見つかった。それは、 " 民は由らしむべし、知らしむべからず " というもの。出典は論語のようで、本来の意味は「人民を従わせることはできるが、なぜ従わねばならないのか、その理由を分からせることはむずかしい」ということらしい。しかし、江戸時代の日本においては「法律を出した理由など人民に教える必要はない、一方的に法律(施政方針)を守らせればよい」という意味で使われるようになったという。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

○そうか、既に江戸時代から日本人はしつけられていたんだなあ。要するに「考えるな、文句を言うな、従え!」ということだ。信じられないが、よくそれで治ってきたものだと思う。なぜだろうか。

○どうも、それにはそれなりの理由があったようだ。どのような理由かというと、「上に立つ者が良心的だった。」ということに尽きる。多くの人が知っていることだと思うが、江戸時代の支配者は武士階級であり、かつ貧乏だった。各藩のお殿様は圧倒的な権力を持った支配者であったにもかかわらず貧乏であり、贅沢ができなかった。配下の武士も同じであり、「武士は食わねど高楊枝」という言葉が残されているくらいだ。

○個々具体的な事例にあたれば例外もあるだろうが、総じて江戸時代の支配者階級であった武士たちは、今と違って清廉潔白だった。自分を捨てて社会に奉仕したのだ。また、そうでなければ江戸時代が250年の長きにわたって続くはずもない。

○その江戸時代の美風というのか、伝統文化というのかが完全に崩れ去ったのが大東亜戦争前である。つまり「考えるな、文句を言うな、従え!」に伴うべき支配者階級の良心が失われた。民のことなどそっちのけで自分たちの思い上がった野望を追い始めた。それが大東亜戦争である。結果は原爆2発のおまけ付き敗戦、無条件完全降伏というこれ以上ない
惨憺たるものになった。

○現在の日本国憲法にケチをつける人は多い。しかし、今の日本の右翼、つまり政府自民党で改憲草案作成に当たっている者たち、それは日本会議や統一教会に操られている者たちなのだが、そんな者たちよりもGHQの方がよほど日本の伝統を受け継いでいた。それは何かといえば、政府は民のために働くという原理を明確に打ち出したことである。

○江戸時代にそれは、武士の道徳や自律心によって自主的になされていたものだが、日本国憲法では、日本の支配者は天皇でもなく総理大臣でもなく国民であると定めることで、同じ効果を狙ったのである。それゆえ、政府の権限でできることを可能な限り少なくした。GHQには分かっていたのである。日本の支配層が暴走した結果として大東亜戦争が生じたことを。

○しかし、そんな問題意識は日本の支配層には浸透しないまま現在に至っている。むしろ、大東亜戦争前の思い上がった支配層の姿を再現しようとする方向で日本を動かそうとしている。一番はっきりそれが見えるのが " 緊急事態条項 " の創設である。

○例えば、中国が日本を侵略しようとして、沖縄に上陸作戦を開始したといった場合、それを " 緊急事態 " として政府に全権を預けることは合理的であるかのように感じられる。ところが情けないことに、それが今の日本では危険なことこの上ない。なぜなら、菅義偉内閣のときに生じたことだが、2021年1月から9月までの間、緊急事態宣言がほぼ途切れることなく出されっぱなしになったからだ。

○オリンピックを開催しているときも緊急事態宣言中というありさま。もちろん、新型コロナ感染症の被害など微々たるもの。何しろ何の支障もなくオリンピックができてしまうのだから。つまり、緊急事態宣言などというものは、恣意的に、政府の思うがままに、取って付けたような理由で、いくらでも出せるのが実際のところなのである。日本人はそのようなデタラメを平気でやる。総理大臣が率先して。

○そんな恣意的な運用では、日本はあっという間に北朝鮮化、中国化してしまう。風邪が流行した、台風が来た、ウクライナで戦争が始まった、中国が軍事訓練を行った、北朝鮮がミサイルを発射した、その他理由は何でもいい。何でもいいから緊急事態宣言を発出して国民の危機感を煽り、全権を握った政府は多額の予算を自分の支持者たちに配り始める。新型コロナ騒動がそうであるように。

○江戸時代と比較して、 " 民 " には変化がない。お上からの指示命令に一切考えることなく従う程度の能力しか持たされていない。そのようにしつけけられたまま、今現在も疑問を持たずに哀れな奴隷のような生活を送っている。

○変わったのは支配層である。戦後支配層は敗戦ショックから立ち直るに従って良心を失ってきたが、それを決定づけたのが安倍元総理である。 " 民は由らしむべし、知らしむべからず " という教えを間違った理解によって、つまり「考えるな、文句を言うな、従え!」を大手を振って実践し始めた。それによって私腹を肥やし、日本社会をぶち壊した。

○大東亜戦争はアメリカ等の外国が日本を武力を用いて壊したが、新型コロナ騒動では、日本は内部から自らの政府によって壊されてしまった。しかも、国民は江戸時代のままであり、大人しくお上に従うばかりで何も考えようとしない。一体、この調子で日本に未来はあるのだろうか。

○聞くところによると、WHO(世界保健機構:国連の組織)の新組織が日本にできるのだという。CDC(米疾病対策センター)の拠点も日本に設けられることが決まったようだ。もう、見え見えの売国政策である。

○いかにも日本政府のやりそうな姑息な手口である。自分たちは責任を取りたくないということだろう。外人から直接指示を出して貰い、何が起きても自分たちのせいではないという体制にしたいのだ。日本政府は自ら進んで元々形だけでしかない日本の独立を、さらに捨てにかかっている。

○自分の国を自分たちで守ろうとする気概も自信もない上に、責任を取りたくないものだから、アメリカ軍に日本にいてもらおうとする発想と同じである。自主独立の精神を捨てている。人間そこまで落ちぶれることができるのかと驚く。

 

○アメリカ軍が日本にいるのは日本を助けるためではない。日本を支配下に置くためである。場合によっては在日米軍に日本を攻撃させるためである。WHOやCDCが日本に拠点を置くのも、第一の目的は日本を支配下に置くためである。

○ビル・ゲイツも今月18日かな、日本にやってきた。ビル・ゲイツを知らない人はいないと思うが、動画などであのずる賢そうで下品な顔を見てやってほしい。売りつけた " 馬鹿者には見えない布地 " ならぬ、「馬鹿者には効果の見えないワクチン」の嘘がばれそうになったものだから、テコ入れにやってきたのだろう。騙す方も騙す方なら、騙される方も騙される方だ。いつまで " 裸の王様 " ごっこをやっているつもりだろう。