○新型コロナウイルス用ワクチンの話である。

○ご存知の方であれば十分すぎるほど分かり切ったことではあるが、子供に対する新型コロナ用ワクチンの有害性や無意味さについては各所で指摘されているとおりである。前振りとして簡単に説明してみよう。

○まず、新型コロナウイルス感染症によって、日本では20歳未満は亡くなっていない。厚生労働省の発表では3名が計上されているが、東京の1名は事故死、大坂と横浜の2名は基礎疾患があり、純粋に新型コロナで亡くなったとは思われない。検査してみると、新型コロナが陽性になったというものであって、新型コロナに感染・発症していたかすら定かではない。

○国の方針として、新型コロナウイルス感染症が原因ではないケースまで、新型コロナウイルスで亡くなったと報告しなければならいと規定されており、はっきり言ってしまえば嘘の範疇に入るケースがいくらでもある。

○一方、新型コロナ用ワクチンでは、10歳代が既に3名亡くなっている。このうち1名は基礎疾患が指摘されていない16歳男子で、死因は突然の心停止である。また1名は注意欠陥多動性障害の16歳男子が飛び降り自殺をしたもので、もう1名は脳動静脈奇形のある15歳男子の脳出血による死亡である。

○自殺以外の2名については、ワクチンさえ打たなければ死ぬことはなかったと、専門家や医者以外であれば、つまり、色眼鏡で見なければ言えるケースである。自殺のケースについても、25歳男性がワクチン接種後に錯乱状態になり、車から飛び降りて死亡したケースがあることを踏まえると、ワクチンの副反応である可能性が十分にある。

○つまり、新型コロナでは死ぬことがないのに、ワクチンを打ったばかりに死んでしまうということが、20歳未満の少年で起きているのである。実のところワクチンを打ったばかりに死に至ることは年齢を問わずに生じていることだが、年齢が若くなるにつれて新型コロナ感染症による死者が減るために、誰の目から見ても明らかにワクチンのリスクのほうが高いと分かってしまう。ただし、ほとんどの専門家や医者は素っとぼけている。


○さてここから本題に入る。本題とは、なぜそんな危険なワクチンを、母親が我が子に打つのかという問題である。20歳未満の者は原則として新型コロナウイルス感染症によって死ぬことはない。しかし、ワクチンで死ぬことはある。それなのになぜワクチンを子供に打たせようとするのだろうか。

○それを説明するために、まず我が家の子育て事情を書いてみよう。子供の病気に関して私は女房を「やぶ医者選びの名人」と揶揄したことがある。実際問題そうであって、なぜそこまで嗅覚鋭くやぶ医者を見つけ出すことができるのか不思議なくらいやぶ医者にかかろうとした。

○どんなやぶ医者かというと、病気でもないのに病気の可能性があるとして、検査をし、薬を出し、入院をさせようとするなどの医者である。大体は大きな病院の若い医者だった。大層な病気のおそれがあると女房の不安を煽ることが多かった。女房は医者からそう言われて青ざめた顔をして帰ってきていた。

○何回かそのようなことがあって、女房がやぶ医者選びの名人であると私も気がついた。そこで、私の方から医者を指定して、ある病院(クリニック)以外には絶対に行くなと厳命した。私の言うことなどは無視することが多い女房もなぜかそれには従い、我が家のやぶ医者通いは終わることになった。

○私がどんな医者を指定したかというと、初老の何もしない医者だった。子供を診察して、気休め程度の治療と気休め程度の薬を出して、「これで少し様子を見てください。お大事に。」でおしまいである。

○しばしば風邪などを引いた我が子ではあったけれど、特別の持病や障害などはなく、そのような何もしない医者がベストだった。健康な子供に医療など基本必要がない。もちろん、即手術が必要などというときにぼんやりされていても困るのだが、そのようなことは滅多にあるものではない。

○今考えてみると、女房がやぶ医者に引き寄せられた理由は、無駄なことをあれこれしてくれたからではないかと思う。いろいろな検査をし、いろいろな薬を出し、子供の看護の仕方や消毒の方法に至るまで指示があった。やぶ医者は懇切丁寧だった。母親としてはそれが嬉しかったようだ。

○なぜだろうか。そんな医者は面倒なだけではないだろうか。おまけに診療費もその分高額になり、時間もかかる。あれこれ構ってくれるから嬉しいということだろうか。

○実のところそれは母親に端を発する問題ではなさそうである。なかなか気がつけないことだが、子供からの要求であると考えた方がいい。子供は言葉として口に出すことはないが、「何かをしてくれ」と非言語的な要求をいつも母親に出しているのである。

○この怠け者の私ですら、子供が中学生くらいまでは、土日は必ずどこかへ連れていったし、夏はキャンプ、冬はスキーなど、世間一般の親と同じように子供を扱った。よくまあ、あんな面倒なことを嫌がらずにしていたものだと感心する。

○それというのも、子供から親への、何かをしてくれという非言語的な要求に突き動かされてのことである。いや、子供から母親へ、そして母親から父親へと橋渡しされる要求だっただろうか。それに応じて何かをしてやることで、親は借金が消えたようなホッとした気分になれる。


○以上を説明した上で、リスクの高いワクチンをなぜ母親が打つのかを考えてみたい。そこまで分かれば難しいことではなく、ポイントは常に「何かをしてくれ」と言葉には出さずに体全体で要求する子供と、それを感じとる母親との関係である。母親は子供からの方向性のはっきりしない要求を感じ取りつつ、日頃からそのために働いている。炊事、洗濯、掃除、しつけなどがそうである。

○母親なりにできることはしているのだが、全ての子供は感謝知らずである。そして、どれだけ母親からしてもらっていても、いつもそれでは足りないという信号を発している。そのため、母親のほうも、いつも自分がしたりないのではないかという不安を抱えていることになる。この関係はどこの母子も例外なくそうである。

○そんなところにワクチンの登場である。自分が子供にしている程度では不足ではないかと不安を抱えている母親に対して、政府が「ワクチンを打つといいですよ」と勧めるのである。普通であれば信用できるはずの相手がそう指示するものだから、母親は渡りに船とばかり飛びついてしまう。

○母親が十分に賢ければ、政府の勧めを回避することもできようが、何しろ渇いている人の目の前に水を置くようなもので、抵抗することはなかなか難しい。逆に言うと、渇いている人の前に毒入りの水を置く政府は悪徳である。

○これも知っている人はこれ以上ないくらい知っているが、現在接種されている新型コロナ用ワクチンはまだ治験段階である。つまり、今行われているワクチン接種は人体実験である。仮に「人体実験を行いますので、是非お子さんを実験台として参加させてください」という正直な呼びかけがあったとしたら、どのくらいの母親が応募しただろうか。

○それを嘘をつき、だましながら打たせてきた、安倍元総理以下、政府、学者、専門家、医者、マスコミなど、ワクチンを推進してきた人たちは悪人である。大罪を犯したといっていい。人の弱みにつけ込み、人の気持ちを逆手にとって、母親に子殺しをさせようとしてきたのである。

○間もなく、3回目のワクチン接種が始まる。あるいは、12歳未満のワクチン接種が始まる。いずれも人体実験である。私のような老人が死ぬのであれば、「罰が当たったのさ」くらいに思われても全く差し支えないが、若い人、さらに子供が命を落とすとなれば、又はワクチン後遺症に苦しむとなれば、それは社会に与える影響が大きい。恨みが蓄積され、増幅されて引き継がれていく。

○アメリカの世界戦略に乗ってさえいればそれでいいのか、政治家も、学者も、専門家も、医者も、マスコミも、よくよく考えてほしいものだと思う。