1 日本人と薬物
2 日本人とワクチン
3 ワクチン推進論者「高橋洋一教授」
4 終わりに
1 日本人と薬物
世の中には薬の好きな人がいる。あるいは、薬を飲むことに抵抗のない人がいる。ワクチンも同じである。おそらくそれは、覚醒剤などの違法薬物に関しても同様と思われる。薬も、ワクチンも、違法薬物も、「薬=毒」という範疇に入るものだからである。
そのような発想に基づいて、G7各国の「薬物別生涯経験率」を見てみよう。以下のとおりである。
日本でも芸能人の薬物犯罪が時折新聞・テレビで騒がれることがあり、それでせっかくの芸能人生命を絶たれる人もいるのはご存知のとおりである。それでも、G7各国と比較してみると、日本は圧倒的に、それこそ桁が違うレベルで違法薬物の使用が少ない。日本人は原則として違法薬物を使用しない民族であるといえる。
私も日本人だから、そのことは肌感覚で理解できる。タバコの副流煙まで嫌がるようになるのは行きすぎた趣味の世界に思えるが、それほどまでにして薬物を嫌うのである。
注)ご承知とは思うが、タバコも酒もコーヒーも薬物である。
違法薬物やタバコなどに関しては潔癖症というほどの拒否反応を見せる日本人だが、医師の処方する薬やワクチンとなると話は別になる。処方薬やワクチンは、厚生労働省や医師、あるいは製薬会社の問題であって、一個人が関与するようなものではないと考えている人が多いせいかと思う。
しかし、そんな処方薬であっても、一つ一つの薬の効能と副作用を示した上で、使用する個人に判断を求めた場合、日本人の場合はかなり抑制的になるはずである。大雑把にいってしまえば、日本人の多くは薬が嫌い、あるいは怖いと考えているからである。
そのため、日本人に薬やワクチンを使わせようとすると、かなり洗脳しなくてはならない。厚生労働省が旗を振り、一所懸命ワクチンの効能を宣伝することになるが、それでもなかなか日本人の同意を得ることは難しい。
2 日本人とワクチン
実際問題、日本の歴史上ワクチンはなかなか定着しない。これまで予防接種としてワクチンが義務化されたこともあったが、副反応に対する訴訟などを経て国民の多くが不安を持つようになり、現在でも心理的抵抗が強い。比較的最近では、子宮頸癌ワクチンで問題が生じ、滑り出しは順調のように見えたが、副反応が騒がれてほとんど接種する人がいなくなってしまった。
人によってはこのような日本に対して、「ワクチン後進国」などと批判する。しかし、ワクチンを怖がるのは自然なことである。なぜなら、ワクチンの副反応はあまりにも不自然で残酷なためである。
今ここに、元気に走り回っている小学生の男の子がいるとする。その子にワクチンを接種したところ3日後に死んでしまったとしたらどうだろうか。そう簡単に納得できるものではない。ワクチンさえ打たなければ、子供は死なずに走り回っているはずなのだから。
一方、同じ子がインフルエンザにかかり、治療の甲斐なく亡くなったとする。やはり周囲はショックを受けるが、ワクチンで死なれるよりも納得がいく。なぜなら、人間が病気にかかって死ぬのは、太古の昔からいつの時代にもあったことで、心の準備ができているためである。同じような不幸であっても、ワクチンで殺されるのとは違い、自然な死なのである。
3 ワクチン推進論者「高橋洋一教授」
高橋洋一という経済学者がおり、ワクチン推進論者なのでご紹介する。経歴はウィキペディア(Wikipedia)をご覧いただければ分かるがなかなかのものである。東大卒の元財務官僚で、現在は嘉悦大学の教授である。先月の24日まで内閣官房参与だったが、「さざ波」「屁みたいな」などの発言がマスコミで叩かれ辞任した。
この高橋教授によると、「反ワクチン活動家の影響でワクチンが接種されなくなった歴史がある」「反ワクチン活動家はそれをもう1回と思っている」「1番はっきりしているひどい活動が子宮頸癌ワクチンであり、そのせいで日本人は毎年数千人死んでいる」「コロナ用ワクチンによる副反応はものすごく低い」、「200万人くらい死ぬことを放っておくか若しくはワクチンという形で打って抑えるか」などと述べる。(「ワクチンが危ない!言っているのは活動家の皆さん」 YouTube 2021/06/11)
実に素人的な話を堂々としている。人のことは非科学的だ、データに基づいていないと散々批判するが、一番非科学的なのはご自身である。たまにはいいことを言って周りの人を感心させるが、ことワクチンのことになると感情が先に立つ。案外そのせいで内閣官房を追い出されたのかもしれない。
さて、高橋教授のワクチン推進論のどこが非科学的、非論的かを指摘してみたい。まずは、新型コロナウイルスの流行が「さざ波」であったことを前提としなくてはいけない。これはご自身が言い出したことであり、私もそのとおりだと考える。であるならば、さざ波程度のコロナウイルスに対して、なぜワクチンが必要なのか、その説明をしてほしいものだ。
実際問題、厚生労働省発表の人口動態統計によれば、昨年の新型コロナウイルスでの死者は3,466人である。交通事故の死者数よりも少ない。高橋教授の言うように200万人死ぬまでには何年かかるのだろうか。冗談も休み休み言ってほしい。算数が得意だったのではないか。しかも、新型コロナウイルスによる死者は高齢者や持病のある病弱な者が多く、社会的な影響はそれほど大きくない。むしろ、ワクチン接種によって高齢者以外が死ぬ損失の方が大きい。
さらに、令和2年の日本の死者数は全体として11年ぶりに減少したという。つまり、日本は昨年1年間、疾病に関しては相当に理想的な状態だったのである。何のために副反応の危険を冒してワクチンを接種しなければならないのか、その理由がない。
もう一つ、高橋教授の誤りを指摘しておこう。高橋教授は子宮頸癌ワクチンを日本人が打たなくなったのはひどい反ワクチン活動家のせいであり、そのために毎年数千人が死んでいると述べる。
しかし、考えてみてもほしい。日本女性の平均寿命は過去35年間も世界一を続けている。その日本女性にワクチンを打てと注文をつけるのは、金メダリストに対して腕の振り方を直せと指導するようなものである。
おそらく算数脳では分からないことだろうが、人間の健康というものは、「薬を飲みました、ワクチンを打ちました、だから健康になりました。」というものではない。生活習慣、栄養状態、精神状態、疲労、運動量など、さまざまな要因の上に成り立っている。
ワクチンを打つと、ごく狭い範囲で寿命が伸びたように見えても、薬物を抵抗なく体内に取り込むという生活姿勢は寿命を縮めることにつながるかもしれない。世界一の記録保持者に注文をつけるのはもう少し慎重であっていいはずである。
もしどうしても、子宮頸癌ワクチンの有効性を主張したいのであれば、データを出してほしい。日本人で子宮頸癌ワクチンを投与した群1,000人と、しなかった群1,000人をランダムに抽出し、寿命を比較してその結果を公表していただきたい。そうすればみなさん納得するだろう。新型コロナウイルスに対するワクチンも同様である。
4 終わりに
面白いことに、普段は常識的なこと、あるいは人を感心させるようなことを言っていても、ワクチンのことになると飛んでしまう人が高橋洋一教授のほかにもう一人いる。それは大木隆生教授である。「東京慈恵会医科大学医学部外科学講座統括責任者、血管外科教授、診療部長」という立派な肩書きである。
この大木教授も、筋道立った立派な話をする人であるが、ワクチンのことになると突然豹変する。コロナワクチンを打つのは義務化した方がいいなどと言い出す。あまりの豹変ぶりに、聞いていて大変に驚く。(「コロナワクチンを打つのは国民の義務|特別総括」) このことは、当ブログの「転向 大木隆生教授」でも記事にした。
私の勝手なイメージとしては、経済学者が、そして外科教授が、ワクチンのことを話す段になると突然政治家に変身して主張し始めるように感じる。科学性も、合理性も、妥当性もなく、何が何でも国民にワクチンを打たせたいらしい。日本国民がワクチンを打たないとどうしても都合が悪いらしい。しかも、その理由を口に出すことはできないらしい。怪しすぎる。
もう少し単純で分かりやすく、そして気持ちの良い世界に住みたいものだと思う。

