私が夏目漱石を好きであることは以前書いた(夏目漱石)。その理由として、小説中に登場するヒロインが魅力的であることを挙げた。もう一つ、「夢十夜」という短編が好きであるとも書いた。今回はその夢十夜のうち「第一夜」を紹介したい。
第一夜は要約するとこんな話である。(短いので、「青空文庫」で簡単に読めてしまうが)。
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こんな夢を見た。女が床に臥している。そして「もう死にます」という。自分にはとても死にそうには見えなかったのだが、すぐに死んでしまった。
その女は死ぬ前に、死んだら埋めてください、そして墓のそばで100年待ってください、また逢いに来ますからと言った。自分はうなずき、待っていると答えた。
それから女に言われたとおりに、真珠貝で穴を掘り、女を埋めて、星のかけらを上にのせ、墓のそばで座って待った。日が登って、沈んで、また登って、沈んで、数え切れないくらいの時が経った。
それでも女は逢いに来なかった。自分は騙されたのではないかと思い始めた。そんな時、石の下から青い茎が伸びてきて、自分の前で真っ白な百合の花を咲かせた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。そして「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。
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以上である。
とっても美しい話のように感じる。そして、男と女の関係を象徴しているようにも思う。それはどんな関係か。
まず女が男に指示・命令をするところから始まる。それがどんな無茶苦茶な命令であっても男は疑問を感じず、文句も言わずに、素直に、忠実に従う。犬のように忠実である。唯一、余りに長く待たされて少し疑念が生じる程度である。そして男が無茶苦茶な命令を苦労に苦労を重ねて遂行した結果、得たものは何か。百合の花一つである。しかし、男は落胆することも、怒ることもなく、百年が過ぎて自分の仕事が終わったと感じるのである。
男って、そんなものだよなあと思う。実に忠実で素直な犬なのである。ならば、世の中は平和に満ち溢れているかというとそうはいかない。男は女を喜ばせるのが生きがいであるが、なぜか知らないけれども、たくさんの女を喜ばせたいと思うからだ。言ってみれば、誰にでも尻尾を振る犬である。
それならますます平和になりそうなものだが、やっぱりそうはいかない。なぜなら、たくさんの女が私だけを喜ばせなさいと一人の男に命令するからだ。ということで、せっかくの美しい夢十夜の第一夜ではあるけれども、少し汚してみようと思う。
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男が墓のそばに座って100年を待っていると、女が通りがかる。「お兄さん何をやっているの?」と尋ねる。男は死んだ恋人の墓を守っていると言う。すると女は「あら、大変ね。こんなところに座り詰めじゃ体に良くないわ。ちょっと私のところに来て、お茶でも飲んで休んでいきなさいよ。」と誘う。
男は誘いに応じて女の家に行き、茶を飲みながら詳しい経緯を話す。女は言う。「ずいぶん律儀な方ね。素晴らしいわ。でも、もう亡くなったんでしょう?」「亡くなった人を大切にするのはいいことだと思うけど、あなた自身のことも大切にするべきだわ。これからも、たまに息抜きにいらっしゃい。」
何回か女の家に行っていると女が言う。「男手が足りなくてちょっと困っているの。手伝ってくれないかしら。もちろん、アルバイト代は払うわ。」 男はどうせ座って待っていても退屈なだけなので、それもいいだろうとうなずく。何日かして女がまた誘う。「どうせなら、うちで寝泊まりしてはいかが? 食事も出してあげるわ。その方がのんびりできるでしょう?」 男はそれもそうだと思い、女の家で寝泊りするようになる。
そんな生活がしばらく続いた後、街を歩いていると、別の女から声をかけられる。「あなたね、○○さんのところにいる若い人は。働き者だっていうわね。○○さんうまいことやったわね。」「でも知ってる? あの人、悪い男がついているって話よ。それにケチだし、料理も下手だっていうじゃない。あなた、いくら貰ってるの?」「まあ、たったそれだけ? 今度暇な時にうちにも来て少し手伝ってよ。○○さんよりずっとはずむわよ。」
男は、暇を見てその女のところにも出入りして仕事を手伝うようになった。と、ある日、女二人が言い争いをしているのが目に入ってきた。
「あなたね、うちの若い人を勝手に連れ出して、こき使っているのは。この泥棒猫!」「冗談じゃないわよ。こき使っているのはどっちよ。まずいもの食わせて安い金しか出してないんですってね。」「まあ、なんてこと言うの。私がかわいそうに思って面倒見てやってたんじゃないの。なによ後からしゃしゃり出てきて。」「あ~ら、人のこと言えるのかしら。自分こそ、恋人の喪に服している若い男をたらし込んだくせに。」「なにをー」「なによ」「キーッ」「アッ、イタイ、やったわね。エイ。」「クッ、どうだっ。」 以後取っ組み合いのケンカとなる。
女二人が大喧嘩をし、男がそれをなす術もなく眺めている時、墓では石の下から青い茎が伸びてきて、人知れず真っ白な百合の花を咲かせた。
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夢十夜もこうなってしまってはおしまいである。しかし、世の中というものは私の描いたものの方がより現実に近いに違いない。大きく言ってしまうと、人がいつまでたっても戦争から足を洗えない理由がここにある。
「なに言ってんのよ。妄想をネタに勝手なこと言わんといて!!」
はい、すみませんです。![]()