30歳以上くらいの人なら大体は都はるみを知っているだろう。一応演歌歌手の枠組みに入る人なのかな。ネットで調べてみると今72歳である。最近はテレビで見かけることもなくなったように思う。
私はビートルズやフォークソングの世代であり、演歌が余り好きではない。中島みゆきはよく聞いたが、都はるみはそれほど聞いていない。それでも常々、都はるみの声は一級品というか、No. 1だと思ってきた。理由は、とにかく艶っぽいためである。優れた女の人はどこかここか艶っぽいところを持っているものだが、都はるみの場合は声である。
最盛期は昭和50年代後半だった。これまで私が聞いた女性の歌い手の中で、ジャンルを問わず、洋の東西を問わず、都はるみほど艶っぽい声を出した人はいないように思っている。今でもYoutubeで当時の歌を聞き返すと、やはりこれ以上ない艶っぽさである。
30年ほど前、たまたま偶然、都はるみのリハーサルを少しのぞく機会があった。そこで勉強になったことは、歌というのは全身の力を込めて歌うものだということである。筋肉で歌っているのである。私もカラオケで真似をして、力を入れて歌ってみたら私にしてはうまく歌えた。ただし、1年くらいすると、力の入れ方を忘れてしまい元の木阿弥になったが。
若いということはすごいものである。井上陽水でも小椋佳でも、そのほかの誰でも、若い時の声の出方ののびやかさといったら実に素晴らしいものだった。特に力を入れている風もないのに、自然に声が前に出てくる。それが年を取るにしたがって、いくら力を込めても若い時のような自在な感じは失われていく。
「大阪しぐれ」を歌っていた頃かな、油が乗り切っていたのは。同じ大阪しぐれという曲を歌っても、当時と一度引退して復帰した後とでは、艶っぽさが全く違っている。
都はるみといえば、私がつい相好を崩してしまうのが岡千秋とデュエットしている「浪花恋しぐれ」である。男というのはしょうもないもので、猫にまたたびというか、お女郎に小判というか、誰かからとやかく言われようが何しようが、好きなものは好きである。すっかり壺に嵌まってしまう。
言ってみたいものである。「なんやその辛気臭い顔は 酒や!酒や!酒買うて来い!!」と。
言われてみたいものである。「あんた遊びなはれ 酒も飲みなはれ あんたが日本一の噺家になるためやったら うちはどんな苦労にも耐えて見せます」と。
他に壺に嵌まるといえば、時代劇のお代官様と越後屋のやり取りである。「お主も悪よのう」「いえいえお代官様ほどでは」というあれである。もう無条件で私にフィットする。お代官様といえば、ちょっとエロチックな町娘の帯をクルクル「あれー」も楽しい。こういうのは道徳だの理屈だの分析だのという気持ちを私から奪ってしまう。
もう一つ、ダニエル・クレイグの「007シリーズ」も私にとっては猫にまたたびである。新作「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(No Time to Die)」が4月10日に公開されるというので、指折り数えて待っていた。他にすることのない年寄りの慰みである。それがそれが、なんとなんと、この新型コロナウイルス騒ぎで、11月20日に延期されてしまった。どれだけ新型コロナウイルスが流行ったとしても、死人が何人出ていようとも、委細構わず真っ先に見に行こうと勢い込んでいただけに落胆は大きい。つい、俺の人生返してくれと言いたくなる。見ないうちに新型コロナウイルスに感染して死んでしまったら、化けて出てやる。なーんて。
話が横道にそれた。都はるみは演歌歌手なのに、実は演歌が大嫌いだったと聞いたことがある。若い頃の映像を見てみると、勢いがあり、自信もあり、力強い感じがする。ところが、演歌といえば、尽くす、耐える、一人では生きていけない、付いて行く、日陰の身などの歌詞がふんだんに出てくるような、一見すると男が喜び、女が虐げられる歌である。
加えて都はるみは、弟妹が4人もいる長子だったという。これ以上ないくらいのゴッド姉ちゃんだったに違いない。そんな性格の女子に演歌を歌えというのは、相性からすれば最悪である。しかし、そうはいっても、あの声の艶っぽさが生きるのはやっぱり演歌の曲調だろうという気はする。
その都はるみが36歳の時、歌手として人気絶頂だった頃に、突然「普通のおばさんになりたい」と言って引退してしまった(5年後に復帰)。引退の理由の一つには男性関係が取り沙汰されていた。
私は都はるみが結婚したことがあるのを全く知らずにいたが、今回ネットを検索してみると、大恋愛の末に周囲の反対を押し切って、31歳頃に結婚している。大阪しぐれを歌っていた絶頂期は結婚期間中だった。
しかし、結婚は3年で離婚となり、間もなく妻子ある音楽プロデューサーとの不倫関係が生じて、36歳時の引退にも影響したと言われている。この不倫関係は60歳になるまで続き、実質夫婦関係になっていたようだが、2008年に相手の自殺で幕を閉じてしまう。波乱万丈の人生である。また、嫌っていた演歌の世界のような人生でもある。都はるみからは人生の織りなすあやも見てとれる。