相変わらず世間は、というか政治家やマスコミはコロナウイルスの件を煽るのに一所懸命である。休校やイベント中止の命令が出たのでは、国民ものんびり暮らしていられず、あたかも戦時中であるかのようだ。いや、戦争の訓練中かな。「欲しがりません勝つまでは」の試行中といったところか。好きだね日本人も、こういうことするのが。みんな暇なんだろうね、きっと。
生来の性質だろうと思うが、私はお祭り騒ぎが苦手である。「踊る阿呆に見る阿呆」と言うが、踊るのも見るのも嫌いなタイプである。今回のコロナ祭りについて自分でも散々書いておきながら、そんなことを言うのは矛盾しているような気もするが、ブログも書いているうちにだんだんネタが乏しくなってきており、苦し紛れの選択である。
そういう意味ではマスコミの気持ちが分からなくもない。ネタ不足なのである。ネタ不足のために、あることないこと言いふらさなければならないというのだから因果な商売である。
ということで、今回の記事は世間から外れて、自分に目を向けて考えることにする。自分が歩くときのことである。
以前にも触れたことがあるが(「老化:思うように歩けない」)、きちんと歩けるようになることが私の20年来の課題である。というのも、20年ほど前から「ちゃんと歩けていない」という感覚が私を襲うようになったからだ。不自由になったということではなく、生活する上で何の不便もなかったが、歩くときに「何か変だなあ」という違和感を感じるようになったのだ。
これはおそらく、老化して衰えてきたに違いないと思ったのでジョギングを始めた。走ることを覚え、楽しさも感じるようになって、58才の時にはフルマラソンにも出てみた。それはそれで大いに結構という話だが、問題の歩くことの違和感に関しては一向に改善されなかった。
そんな私が、つい1週間ほど前に新しい歩き方を発見した。どんな歩き方かというと、背骨のS字カーブを意識して、そのカーブを強めながら歩くのである。背骨を横から見るとS字のようなカーブを描いているのはご存知のことと思うが、その腰の部分、ちょうどへその裏側にあたる部分は腹の方に湾曲している。そこをもっと湾曲するように心がけながら歩くのである。腹を前に出すような感じであるが、頭を後ろにそらせることはしない。
すると何が起きたかというと、足がスッス前に出て早く歩けるようになった。それよりも何よりも、足が今までよりも高く上がるようになった。20年ぶりの爽快感である。下り階段も昔と同じとまではいかないものの、ずいぶん早く駆け下りることができるようになった。
そうやって歩いてみると、不思議なことに肩甲骨あたりの背筋に筋肉痛が起きた。そういうものらしい。ということは、今までは、背筋を使わない歩き方をしており、その分力が入っていなかったということだろうか。
もちろんこの方法が誰でも彼でも当てはまるということではなく、今の私には効果があったということである。姿勢は人それぞれ違っており、筋力のバランスも違っているので私に当てはまることが他の人に当てはまらないことも多々ある。
また、私自身にとっても、今の自分に当てはまることが、3年後、5年後の自分に当てはまるとは限らない。歩き方一つとっても、体の使い方、意識の持ち方は、その時々で編み出す必要があり、これ以上ない単純な動きも、突き詰めていくと複雑なものである。
などと書いていると、野村監督の話を思い出した。対戦相手の投手は豪速球投手である。選手は皆高めの球に手を出して空振り、三振となる。だから「高めの球には手を出すな」と指示をするのだが、いくら指示をしても、相変わらず選手は高めの球を空振りする。
野村監督に言わせると、それは指示の出し方が悪いのだという。「高めの球には手を出すな」ではなく「低めの球を狙え」と言ってやると、高めの球を振らなくなるというのだ。人間の意識と体の動きの微妙な関係を理解できる。
そういえば私は若い頃、1年だけ草野球でピッチャーをしたことがあるが、その時の意識は「球は足腰で投げる」だった。手も、腕も、肩も、できるだけ力を抜いて足腰で投げるのである。プロの投手が投球動作に入ったときに、まれに球をポロッと落とすことがある。そうなのである、そのくらい上半身には力を込めずに投げるのがポイントなのである。素人は、投手は肩が強いと思っているが、いくら天才的な投手でも、肩で投げていては遅かれ早かれ故障してしまう。
そういう意味でスポーツというものは、全て意外なものである。一番単純な100m走にしたところで、「思い切り早く走ればいいじゃん」というものではない。早く走るためには、その時のその選手にしか通用しない鍛え方や意識の持ち方があり、そこを外しては良い結果につながらない。しかもそれは、常識とは違っていることが多い。
その点、尊敬に値するのは「イチロー」ではないかと思う。よく知っているわけではないが、たまに漏れ聞こえてくるイチローの発言は、常識とは違うところがある。結果に結びつく練習の仕方、筋力の付け方、意識の持ち方を、常識とは無関係に、自分の頭で考え、工夫していることが分かる。
スポーツにおいて、自分で考えたことを試みて、それが結果にもつながるというのはなかなかないことである。イチローはなぜかそこをかなりの確率でクリアできる人なのだと思う。それが故の、大リーグでの長年の好成績であったのだろう。
話が随分膨らんでしまった。さて、明日も私は暇を持て余している老人にふさわしく散歩に出かけて、S字カーブを意識しながら歩く練習をすることにしよう。![]()