「日本人は罰しますが、外国人は罰しません」というのは、驚くことに日本の中にある川崎市の条例「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」である。既にご存知の方も多いと思うが、報道によると、川崎市では「市の勧告や命令に従わず、差別的な言動を3度繰り返した場合、最大50万円の罰金を科す」という条例を定めたようである。そこにおいて罰金を科されるのは外国出身者への差別的言動を行なった者であって、日本人への差別的言動を行なった者は対象外である。

 

例外はあるかもしれないが、普通に考えて外国出身者に対する差別的言動をとるのは日本人であり、日本人に対する差別的言動をとるのは外国人である。よって、この条例では、ほとんどの場合日本人を罰することになる。

 

実に恐ろしい話に聞こえる。例えば、日本人の私と在日韓国人のAさんが同じことを言った。それなのに、日本人の私には前科がついて、在日韓国人のAさんは罰せられないことになるのだ。不思議で不思議で仕方がない。そんなことってあり得るのだろうか。

もっと具体的な例を挙げるなら、川崎市で私が「韓国人は敵だ。チョン死ね。」と言うと取り締まられて前科がつくのに、韓国人が「日本人は敵だ。チョッパリ死ね。」と言うのは、無制限言いたい放題なのだ。訳が分からない。

まるで、独裁政権、共産党一党支配、人権無視の中国や、薬物を使っている人間は殺してもいいと大統領が許可を出すフィリピンのようである。暗黒政治である。とてもではないが法治国家が制定した条例とは思えない。

川崎市は先鋭化して罰則のある条例を制定したが、そもそもは国が「ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)」なる法律を定めたのが誤りである。日本人が外国人に対して差別的言動をしてはならないと定めるのであれば、外国人も日本人に対して差別的言動をしてはならないと定めることが当然必要である。それが一方通行で、日本人だけを不利にするような法律を作ってどうしようというのか。まるで笑い話である。現実のこととは思えない。

同じことをした者に対して、片方は許すけれども片方は許さないというのは、それこそが差別である。この法律制定に積極的だった西田昌司参院議員が、いつぞやテレビで上から目線で偉そうに解説をしていたが、とんでもない愚物、俗物である。ヘイトスピーチ解消法で差別を助長してどうしようというのか。

念のためお断りしておくが、私はヘイトスピーチを肯定しているのではない。ヘイトスピーチなどない方がいいに決まっている。しかし、人間には感情がある、立場がある、その時々の事情がある、意見がある、思想がある。それを一方的、恣意的に取り締まるのは、言論の自由や思想信条の自由を犯すものである。十分過ぎる以上に慎重でなければならない。

仮に、あくまで仮にであるが、日本と韓国の間で戦争が始まったとする。そうなれば私だって、「在日韓国人は日本から出て行け。強制送還しろ。」と叫ぶかもしれない。しかしそれはヘイトスピーチではない。国益を考えての意見の主張である。誰に恥じることもない。

ヘイトスピーチはよろしくないというのは賛成であるが、戦争などという極端な事態を想定すると、どこまでがヘイトスピーチと認定するかについては疑念が残る。あるいはまた、現在のように、韓国が次々と無理難題を吹っかけ、喧嘩を売ってくる日韓関係においても、どこまでがヘイトスピーチかについては微妙なところがある。

そのような微妙な問題に対して、同じことを言っているのに、片方は許すが片方は許さないなどいう罰則の適用方法はおおよそ筋が通らない。国としての混乱を招く。

トランプ大統領はアメリカ・ファーストを主張して大統領に当選した。自国のことを第一に考えるというのは当然の常識であって、わざわざ主張するほどのものではない。世界中どこの国だって、その国の人間にとっては自分の国が一番大切である。

ところが、ともすればその大原則を忘れてしまう輩も出てくる。非常識の極みではあるが、儲けに目が眩んで、自国の人間よりも他国の人間を優遇しようとするのだ。放置しておくとそのような人間が増え過ぎる場合もあり、それがゆえにトランプ大統領が常識中の常識、言わずもがなのアメリカ・ファーストを主張することで支持を得ることになった。

日本は大東亜戦争での敗戦により、アメリカから随分と強烈な洗脳を受けた。それによって戦後70数年を経過した現在においても、日本が悪い、日本は反省すべきだ、日本が努力すべきだ、日本は我慢すべきだ、日本は譲歩すべきだ、日本は謝罪すべきだ、日本は賠償すべきだなど、自国のことを二の次三の次にする考え方が日本国内にも残っている。外務省の土下座外交などはその好例である。

しかし、もうそのようなことは止めるべきである。私は大東亜戦争のことなど知らないのだ。知らないどころか生まれてもいないのだ。であるにもかかわらず、同じこと言っても外国人なら許すが日本人は罰するなどというのは、一体日本はどこの国に占領されているというのだろうか。どこの国の植民地だというのだろうか。

一つ提案がある。「ヘイトスピーチ解消法」は不出来な法律であるので、改正してほしい。そして、罰則については「他の法律による」と定めてほしい。私は法律制定のテクニックは全く知らないが、言いたいことは、ヘイトスピーチをした者を罰する場合に、刑法の名誉毀損罪や侮辱罪など他の法律を適用すれば、日本人だけが罰を受けることがなくなるということである。仮に他の法律では不十分ということがあれば、刑法等を改正すればよい。つまり、日本人であろうが外国人であろうが、平等の条件で罰則が適用されるようにしてほしい。そうすれば「ヘイトスピーチ解消法」は理念が生かされ、日本人を差別することがなくなる。

しかし、それにしても、私は日本に住む日本人である。その私がなぜ「日本人を差別しないでほしい」「外国人と平等に扱ってほしい」などと言わなければなければならないのだろうか。どう考えてもここは日本であり、日本人のための国だと思うのだが。夢でも見ているのだろうか。