オレンジとバラ | 恵比寿物語

オレンジとバラ

窓枠に小人が腰かけている。

「僕のおとうさんはバラの棘が刺さって死んだんだ。」

足をぶらぶらしながら小人は言う。

私は食器を洗いながら話半分で聞いている。


「バラの棘のせいで敗血症になったんだ。」

その言葉に、私は振り返る。

敗血症とは随分リアルな病名だ。

小人は振り返った私を見ると、ぱぁっと顔が明るくなった。


またいつもの嘘か、と私は洗いものに戻る。


最後の皿を洗い終えて、きゅっと蛇口を占め、

腰に巻いていたエプロンで手をふいた後

「どうして今日もうちにきたの?」

と小人に聞いてみる。


「別にどこでもよかったんだけどね。たまたまドアが開いていたから。」

「あら、可愛くない答えね。」

そう言って小人のおでこを小突いた。


小人は小突かれた頭をかきながら

最近僕の方には遊びに来てくれないねと言った。


「私あなたのところに遊びに行った事なんてあったっけ。」

「あったよ。だから僕だってここに来れたんじゃないか。」


冷蔵庫からジュースを取り出して、グラスに注ぐ。

鮮やかなオレンジ色がグラスを満たしていく。


あ、オレンジ。

記憶が突風のように頭に滑り込んでくる。

そうだ、オレンジだったんだ。



あれはアメリカに留学していた時のことだ。


坂の上からコロコロとオレンジが一つ転がり落ちてきた。

転がり落ちてきた方向を見上げると、 

一つ、またひとつと新しいオレンジが落ちてくる。

そうしてその先に、必死に敗れた紙袋の底を抑える

若いコックの姿があった。


まるで漫画みたいだなぁ。

私はその緩やかな坂をのぼりながら、

転がり落ちるオレンジを一つ一つ拾っていった。


そうしてそのコックのところまでたどり着くと、

「あなたのお店まで一緒に行きましょう。」

と私は言った。

コックの手元には、オレンジが3つしか残っていなかった。


まだ英語が上手ではなかった私に

彼はゆっくりと丁寧にお礼を言った。


夏の日差しの下を二人で歩いた。

彼は背が高く、なかなかの美男子だった。

だれかこの場面を写真でとってくれないかな、と思った。


彼は店の前まで来ると、自分が立派なコックになったら

必ず日本に行って、お店を開いてみせる、

そうして私をそのレストランに招待すると言った。


オレンジもまともに買えない彼がそこまで成長するには

何年かかるかしら。 と思いながら

まってるわ。と私は答えた。



あぁ、そういうことね、と小人に声をかける。

そういうことさ、と小人は答えた。


たまに来ないと、忘れちゃうよ。

そう小人が言ったかと思うと、小人は無数の小さい光に包まれて

光が消えるとともに姿も消えてしまった。


オレンジと薔薇を買いに、久々に家から出てみよう。

今日はあの日のように空が青い。