迷医と名医
仕事もそろそろ終わろうかという午後5時。
コホンと一つ咳がでる。
「咳をしても一人」 とは尾崎放哉の有名な詩だけれど、
それが身にしみるフリーウェブデザイナーの私。
家で音楽を聴きながらウェブデザインをしているといえば響きが良いけれど、
打ち合わせ以外は基本一人なのであって、咳をしたところで大丈夫?
と声をかけてくれる人はいない、孤独な世界なのであーる。
さてその咳、いきなり気道が痛い。 これはまずい。
私はもともと喉周りが弱く、風邪で喉をやられた場合、
ほおっておくとすぐに扁桃腺に白い膿がたまり、
はい入院というレベルまで行ってしまう。
コホンコホンと空咳を二度ほどしてみる。まずい、今度は肺まで痛い。
さっさと仕事を切り上げて、パジャマに着替えて布団に入る。
この辺は家で仕事をしている特権である。
そうして横になって、5時間後に目が覚める。
つまり10時過ぎ。完全にヤバイ。
布団に入っている体の部分は湯もみ無しの草津温泉のように暑く、
その厚さに耐え切れずに足で布団を振り払うと
そこからシベリア前線が入り込んで背筋が凍る。
意識は朦朧とし、喉がキュンキュンと悲鳴を上げる。
しばし思いを巡らせたが、よし、お医者に行こう。と答えを出した。
先月急性胃腸炎にかかって家でのたうちまわり、
なんとかひと山越えて翌日病院に行ったのだが、
この話を友人に話したところ、我が家の近所のK病院は急患を受け付けているので、
そこへ行けばよかったのに、というアドバイスをうけていた。
そのことを思い出したのである。
朦朧としながらも一人で急患に行くのは初めてである。
苦しいながらも妙なワクワク感があった。
いい大人ではあるのだが、またひとつ大人になった気分である。
アパートをで大通りでタクシーを捕まえる。
そこで私は薄命な感じで運転手に言うのだ。
「x x x x x ・・・。」
「・・・え?、お客さんどちらまで?」
「x x x x x ・・・!!!」
「・・・・・」
想定外。
声がまったく出ないのである。
出るのはコーホーコーホーというダースベーダーの呼吸音。
タクシー運転手が怪訝な顔をする。
焦った私は渾身の力を込めて必死に
「Kビョウイン キュウカン イリグチ・・・」
と言いう事を訴え続け、やっと伝わった時にタクシーが迷惑そうにのろっと動き出した。
しかしこれはこれから続く難所の始まりであった。
K病院は1メーターの距離だったのであっという間についてしまい、ポイとタクシーからおろされる。
とりあえず、急患入口で受付をする。
「どうしましたかー?」
やけに若くて軽いナースが登場。
「コーホー・・・コーホー・・・(ユウガタカラ ノドガイタクテ)」
「え?すみません もう一度おねがいします。」
「・・・・・・」
タクシーの惨劇再び。もう喉が限界。でも最後の力を振り絞ってなんとか説明。
すると
「うーん、実は今日外科の先生しかいないんですよぉ。
どうします?専門外でもよければ見てもらって薬だしてもらうかぁ、
他の救急病院でも内科やってるところあるとおもうんでぇ、
そっちいってもかまわないですしー。どうしますぅ?」
ドウシマスゥッテモウムリデス・・・
私の気力はもう持たず、とりあえず医者の薬もらえればそれで良いということで
外科に見てもらうことにした。
しばらく待って現れたのは村上龍似のがっしりとした、腕毛の濃い、THE・外科と言った医者。
ドリルで骨を削ればいいじゃねぇかと言いだしそうな眉毛。
しかし 明らかに内科は不得手丸出し。
ちょろっと喉の奥をみて、服の上から聴診器で背中を3所ほどあてたものの、
あきらかにポーズのみ。
しばらく黙った後、
「この症状はじめてじゃないですよね、前回効いた薬の名前覚えてますか?」
「コーホー・・・(イヤ・・オボエテナイデス・・・」
「・・・・・」
と、おもむろにコンピュータのモニターに向き直る。
薬の名前を打ち込むか所にカーソルをあわせ、
薬の名前の最初の2文字ぐらいを打ち込む。
するとそれらしき薬の名前のリストが出てくる。
それから適等と思われるも薬を選んで入力を始めた。
ところが3種類目ぐらいで腕がとまる。
どうやら解らなくなったらしいのだ。
そのあと何文字か試すものの、やはりリストアップされない。
悩む、悩む、悩む。
そうしてついに、日本の薬200という辞書を取り出してペラペラとめくり、
一つを選んで追加した。
そして診察は終了。
うっそーーーーーーん。
結局急患だったので預かり金とて1万円を支払い、
もはや全く声が出なくなった私はタクシーをとめることもできず、
歩いて家に帰ったのであった。
さてその薬を飲んで寝た翌朝、猛烈に喉が痛い。話にならん。完全にまずい。
なんとかベッドから這い出し、地元の名医として知られている近所の耳鼻咽頭科に行った。
20畳ぐらいの真四角なスペースをいくつかの衝立で仕切っているだけで、
待合室などは存在していない。
医者も患者の治療もその場で行われる。ある意味自信の現れである。
さてふらふらしながら部屋の隅で待ち、ついに診察。
「あらー のどまっかっかだねぇ~ これはつらいでしょう。」
子供に話しかけるような優しい口調。涙が出る。心までほぐれる。
「ではちょっと辛いけど我慢してね。」
と喉を薬でつつかれる。猛烈な吐き気。
まずい!とおもってトイレに立とうとすると
「いいよいいよ、吐いちゃって、大丈夫大丈夫。」
ものすごい優しい口調で言うのである。しかも大きなトレーまで口元に差し出された。
いやしかしまってくれ、他の患者がみているではないか。
私はその優しい口調をふりきって一人トイレに向かったのである。
そうして再び診察に戻ると、医者もナースもそれはそれは優しい顔をむけて診察を再開、
辛かったら明日もおいでと言ってくれたのだが、そこで貰った薬はぴたりと効き、
翌日行く必要はなかったのであった。
実際効いたのは医者に対する信頼感からなのか、薬なのか、言葉なのかわからないけれど、
医者は総合力だなぁと改めて思わされる出来事だった。
そういえば、ツイッターに「ぜったいに負けられない風邪がある。」と書き込んでおいたら、
それを見た友人から
「大丈夫?必要なものがあったらいつでも言ってね、用意して玄関の取っ手に掛けておくから。」
とメールが来た。
持つべきものは同じような生活をしている女友達だなぁと、またひとつ心に沁みたのである。