長女人生半世紀〜家族に挫折したわたしがセラピストになる物語 〜 ⑤ | 宇宙人の秘書ゆうちゃんの地球の歩き方

宇宙人の秘書ゆうちゃんの地球の歩き方

「地球は生きづらい」と、なげく心優しい宇宙人たちが、毎日楽しく、幸せに暮らせるように。
彼らのピュアなエネルギーが、地球を愛の星に導くように。宇宙秘書と言われたゆうちゃんが情報を発信しています。

女の子にみえる弟と男の子に見られる姉

弟は小さい頃に、わたしのワンピースを着て撮影した写真があります。今見ても可愛いし、生まれて病院にいる間に、看護師さんに、「えっこの子、ついてる‼️」とビックリされていたとか。

一方、姉のわたしは、スカートを履いているのに、「ボク…」と言われたこともあるくらい、毎回、男の子に間違われていました。幼稚園の頃は、ケガをして血を見ると、火がついたように泣き止まないから、という理由で、ズボンで通っていました。その事も後押しして、小さい頃は、ボク、と言われ、面白くないし、ふてくされて、どうせ私なんか…と思っていた記憶があります。


人の気持ちを読んでいた記憶

ふてくされていても、私はその事で駄々をこねたりはしませんでした。お母さんのいう事を聞いて、良い子だったみたいです。育てやすかった、と母からは言われてました。私の記憶はどうかといえば、こういう風に言ったら、お母さんが喜ぶなぁ。お手紙にこんな事書いたら、先生は喜ぶなぁ。と、考えてやっていた記憶があります。ある時、幼稚園の後輩が近所にいて、その子を迎えに行ったり送ったり、をやらされいた事があります。ワガママな子で、正直イヤでした。けど、母は、何でも気安く請け負って私に送り迎えを押し付ける。イヤでも文句も言わずにやるので、母はイヤだとは気づいて無かったと思います。その子のお母さんは、夜のお仕事をしている人みたいで、母とは全く違う、煌びやかな人でした。化粧をしてワンピース姿。

暇な時は、送った帰りに、喫茶店に行って、クリームソーダをご馳走してくれるのです。

ワガママな子だったけど、クリームソーダを期待して、イヤな送り迎えだけれど、続けていました。

私の気持ちを知らない人からは、優しくて、よく出来た育てやすい子、とみえた事でしょう。

育てやすい子、親孝行なのかもしれませんが、子供ながらに抑圧した感情で、捻くれていた気がします。