こんばんは。
昨日、お友達と公園に行ってきました。
ターザンする遊具があったので、
友人と二人で、わいわい、遊んでみました。
すると・・・
なんでしょう。
今日、右の肩が、とてつもなく痛いです。
右腕、挙げるのが痛いです。
・・・もしかして、
これ、四十肩?五十肩?
アラサーアラフォーには、突然の運動は危険です。
次やるときは、準備体操をしたいと思います。
そして、日々ストレッチして、まずは早く治したいと思います。
さて、
今夜は、前回の続きです。
押入れ掃除をしてきて、出てきた学生時代の勉強の資料の数々。
それを読み返していて、
思ったことの感想シリーズです。
今回は、恥ずかしく&びっくりしたこと、
について、書きたいと思います。
それは、
「私のレポートの事と、先生の仕事量」の事です。
先生の授業は、
THE・テストします!みたいな感じの科目ではなくて、
与えられた資料やテーマから
自分なりに考えたり、まとめたりして、
文章やレポートを作成、提出し、単位をもらうスタイルの授業でした。
なので、
先生の授業で使った資料やレポートの量は
結構あります。
まず、先生から配布された資料やレジュメ。
どの講義にも言えますが、
これは授業のベースになるものです。
もちろん、私の(先生に向かう)気持ち的にも、
これがなきゃ始まらない!というもの。
授業で使う紙の中でも、一番大事なもの。
次に、授業にて人や私が、発表に使ったレジュメや資料。
こちらは、大人数で受ける授業ではなく、
ゼミ形式の授業で使った書類です。
発表のレジュメやレポートは、一回の授業の議論のテーマなので、
思い出が詰まっているものがけっこうあります。
みんなでそのテーマについて、いろいろ意見出し合ったよね。
そして、先生も、それについてコメントしてて、
それを私は、書き込んだりしてました。
なので・・・これも捨てられるものがないので、
量がたくさんあります。
そして、最後に、
提出したレジュメやレポート(のコピー)。
そして、提出後に、先生からチェックされ、戻されたもの。
単純にレポートといっても、それは
「先生の授業を受けたことで、私が吸収した知識・生み出した思考の産物」
です。
この産物は、提出後、先生に目を通されたものたちです。
私たちの理解度や、思考の方向は、
このレポートを通して先生に測られてきたのです。
卒論もそうですが、私にとって
一生懸命に作り上げた文章を誰かに読まれる、というのは
書き上げた誇り、伝えたり発信したりできる喜び、もありながら、
それでも自分の胸を内をさらしてしまうようで
恥ずかしく、やや怖い、ことでした。
先生に読まれた、そんな、私の産物たちも、
ファイルからごっそり出てきました。
ぱらぱらと、読み返してみると
とりあえず書いて、提出する、という最低限のことはできていたので
そこに関しては、学生の頃の自分に「良し良し」と思いました。
けれども!・・・ですよ・・・。
読み返してみると
恥ずかしい事が、たくさんありました。
それは、
提出後、先生にチェックされ、もどされたレポート。
な、情けないくらいに
先生の赤ペンで訂正されている・・・。
文字の誤りを訂正されているくらいなら、
ケアレスミスかな?と思えるけれど、
そんなレベルじゃない・・・。
もう、なんていうか、
・・・手がつけられない・・・。
書きたいことは色々あるのは伝わる。
けれども、自分の意見をはっきりと述べることが怖くて…
文章がどれも抽象的すぎたり、
意味の分からない(わかりにくい)文章に
なっていたり、でした。
(例えば、接続詞が間違っていることで混乱を招く文になっていたり、
深入りを避けた解釈にとどまっていたり、とか。)
だから、先生は、
その区間を赤ペンで囲い、
「抽象的です」とか「?」と書き、
これでもかというほど、指示や訂正を加えて下さっていました。
発見した3枚つづりのレポートは、
ことごとく赤ペンだらけでした。
・・・恥ずかしい。
でも、ここで、私は気付いたのです。
先生、すごくないですか!?と。
私が先生、すごい!と思ったのは、
その仕事量です。
いくら少人数とはいえ、20数人いる授業です。
それを、週に3~4講座持っていたと思います。
+ 卒論のクラスも持ってらっしゃる。
なので、提出させたレポートへのコメントを
先生は、一週間でどれほど目を通していたのでしょう。
また、大人数で受講する授業も2コマ(かな?)持ってらっしゃいました。
この授業は、半年に5~6回、
出席確認の代わりに、コメントを提出させていました。
コメントも、ただ提出させて終わり、ではなく、
その次の週の冒頭で、面白いものをいくつか紹介して下さっていました。
・・・ということは、一応、
提出されたコメントにも目を通してらっしゃる、ということですよね。
その大人数の授業は、
多分100数十人いたと思います。
(もしかすると、もっといたかもしれません。)
先生・・・
一体、何人の生徒のコメントを見て、
何人の生徒のレポート&研究内容の事を考えてあげていたの!?
そして、言わずもがな、先生は研究者。
ご自身の論文も執筆されていますし、
そのために文献もすごい量読まれます。
文献も、日本語のものだけではないはずです。
また、先生の研究は文献だけのスタイルではないので
時間があるときには調査にも行かれていました。
調査は終わったら、まとめたり資料作ったりしますよね。
加えて、発表会や学会などがあれば、
出席されたり、発表の準備もされたり、
していらしたはずです。
あと会の為の当番とか役割なんかも
回ってきたりするんじゃないかな、と推測。
更に・・・先生も愚痴っていましたが
「大学の教員って雑用多いのよ」って。
きっと、大学内でも、雑用があったのでしょうね。
・・・
冷静に考えて下さい。
先生の仕事量、
とてつもないと思いませんか。
私は、今社会人9年目ですが
自分の仕事量と比べると
先生の仕事量が半端でないような気がしてなりません。
それだけ、先生の捌く能力が高いということなのでしょうけど。
今冷静に考えてみて、
本当に、先生、すごい・・・と思いました。
その仕事量の中で
よく、私なんぞの、「質問していいですか/お話したいです」に
答えて下さっていたものだな、と。
一分一秒でも、先生と居たい、先生の意見が聞きたい、
学生の私は、先生の時間を、会えば、少しでもいいから割いてほしかった。
けれど、
この状況を冷静に考えてみると、
・・・というより、
私が社会人になって、
責任もって自分の役割を果たすこと、
自分が期待されている以上に、自分と・人のためにしてあげる事が大事、と
分かり、手に入れた視点があるからこそ
考えられるようになったのだけど、
先生の、
役割を果たすことと、
自分と・人のために、してあげていた事の量は、
計り知れません。
先生、凄い、ですよね。
そりゃあ、学生気分満載の一生徒の
私的な要望に応えるには限界があったことでしょう。
あの頃は、忙しい中、
お食事やお話、お付き合い下さってて、
本当にありがとうございました、と。
もし、先生に再会できたなら、
そのことは伝えたいなと思います。
以上、資料読み返しでの感想シリーズ。
恥ずかしいものと、びっくりしたもの、でした。