― 西京の盛り場 ―

 

 「ファ・・・・・・ テギョン!」

 

 シヌはとっさに宗主と呼ぶのをやめて名を呼んだ。

 宗家の者が暴力事件となれば厄介だが、場所が場所だ。

 管轄宗家に通報されたとしても、発端は一方的に男が絡んできたからで、今なら話をつけられる。

 むしろ身分が知れた方が面倒になると、この短い間に考えたシヌだったが、周りを囲んでいた賭場の客たちは倒れた男も倒した男も一瞥しただけで、次の賭けへと流れていく。

 誰も気に留めていないと分かって胸を撫で下ろしたシヌはもう一度テギョンの名を呼んだ。

 倒れたこの男を外に連れ出して、介抱することが先決だと思ってだが、テギョンの方はシヌを見ることもなく返事もしない。

 分かっていたとはいえシヌはこの状況をどうすべきかと考え始める。

 以前ならテギョンの行動も考えがあってと思えていたが、悪霊に憑かれているという思いが、その信頼を揺らしているのも事実だ。

 名を呼びながらもシヌはテギョンから一歩下がった。

 

 熱気だらけのこの中にあって、テギョンの周りだけ空気が冷えていることに気づいたからだ。

 賭けをしに来たわけではないようだし、賭けをする客たちとは違って当然だが、暗く陰った瞳の奥に強い光が揺らぐ姿は、まるで狩りをする獲物を狙って潜んでいる獣のようだ。

 何を待っているのかと、テギョンを見る目をシヌが細めた時、どこからともなく現れた男たちがテギョンに声をかけ、倒れた男を連れていった。

 テギョンはシヌを見ることなくその男たちについて移動を始め、迷いながらもシヌはその後を追いかけることにした。

 薄暗い通路を抜けて細い階段を下りていく。

 落ち着き払ったテギョンの背を見ながら、シヌもまた落ち着きを装ってはいたが、宿に知らせを送っておかなかったことを後悔していた。

 

 

― 西京の宿 ―

 

 夕餉の後、部屋に戻ったドンジュンはぼんやりとした時を過ごしていた。

 コ門主から頼まれたのにミニョと離れて数日が経つ、ずっと心配だったことは変わらないが、西京の都まで来たことが余計にドンジュンの気持ちを揺さぶるのだ。

 このままここで何もせずにいていいのだろうかという焦りと、ここで焦っても仕方がないって思いがぶつかりあって、ドンジュンを揺さぶるのだ。

 このままでは眠れないと身体を起こしたドンジュンは布団の上であれこれと考えると、部屋を出てシヌの部屋に向かった。

 そうして、そこで初めてテギョンとシヌの二人が揃っていないことに気付いたのだ。

 やはり二人は自分とは違うと落胆しながらも、何をすべきかを考える。

 この宗主と継承者の一行の中にいると、どうしても力不足に見えるドンジュンではあったが、彼はまじめな性格で斐水門ではコ門主の教えを受け継ぐ者として、コツコツと修業を積んできたのだ。

 彼はすぐに行動した後で、ジフンとヘイの部屋の戸を叩いた。

 それから真剣な顔で二人がいないことを告げる。

 慌てるジフンと違ってヘイはだからって顔だ。

 

 「慌てなくても二人だけで模諜枢教に向かうとは考えられないでしょう。

 何か用があって出ているだけなんじゃないかしら。」

 

 テギョンが出て言った理由を言わずに、ヘイが心配の必要はないとしたのは、ドンジュンをここに引き留めておく為で、すべては模諜枢教に向かっただろうテギョンの為だが、そこにシヌが同行していることは計算違いだと思いながらの顔で、ヘイはそのままフニを見る。

 こういう時打てば響いてくれるのがフニだからだ。

 

 「ええ、私もそう言ったのですよ、ですがドンジュンさんは二人揃ってというのが気になるらしくて、どこに行ったのか探すと言われて・・・・・・」

 

 フニはそう言うと肩をすくめて見せた。

 ヘイは探したって見つかるはずがないわと澄ました顔だ。

 このまま話を聞いて、行くとなっても明日にすればいいと考える。

 

 「何か用があって、二人を探したの?」

 

 ヘイはやんわりと問いかけて様子を伺った。

 

 「用というか、ここがミニョとの約束の宿だって言われて、あとは待つだけなのかと思ってたんだけど、もしかして雨で足止めされた為にミニョの連絡が行き違いになっているとは考えられないかなって思ったんだ。

 それでそれを訊こうと思ったんだけど・・・・・・

 まさか盛り場に行ってるなんて。」

 「盛り場!?」

 

 ヘイは思わず訊き返してしまった。

 

 (まさかそんなところに行くなんて、どうして模諜枢教に向かわないの。 ミニョは? どうでもよかったの?)

 

 頭の中でぐるぐると巡る疑問は抑え込めても、手が動くのは止められなかった。

 

 「どうしてそんな所に!?」

 

 ヘイはドンジュンの襟元を掴んでそう訊いていた。

 

 「ぼっ僕にもさっぱり分からなくて、それでやっぱり探しに行くべきだろうかと思って、こうして相談に。」

 

 襟元を掴まれたまま、ドンジュンは抵抗もせずヘイが落ち着くのを待つように両手を肩のところに挙げてそう言った。

 

 「ご ごめんなさい、でもどうして分かったの。」

 

 襟元から手を離したヘイは、ドンジュンの衣を直しながら訊き返した。

 

 「情報収集は宗家の仕事だからね。

 フニ宗士も知らなかったから他に知っていそうな人を探したんだ。

 宿の雇人が伝言を受けていることも考えられると思ったからね。

 先に言うと伝言はなかったし、夜も遅く残っていた雇人は少なかったんだけど運よく話をしたって者がいて、彼が言うには危険な盛り場の場所を訊かれたって事だったんだ。

 でもどうしてそんな場所を訊ねたのかまでは、わからないって事だった。

 だからその盛り場の場所は聞いてきたんだけど、伝言もせずに探しに行くのもどうかと思ったし、何よりその危険って場所に行くべきかどうかも判断できなくて・・・・・・」

 

 あり得ないって顔で聞くヘイの横で、フニはまさかの満面の笑みだ。

 

 「フニ宗士は心配じゃないの。」

 

 眉を寄せて訊くドンジュンにフニは勿論ですと頷く。

 

 「危険な盛り場って言うのは、地元の者が行く場所ってだけで、危険と言うのも地元の者じゃない者が行けば、喧嘩や問題に巻き込まれる可能性もある場所って意味なんですよ。

 旅の者や商人なんかが行くような店は、上品だったり豪華だったりと、とかく目を引くように作られてるもんですが、そういう場所にはその場限り、一夜限りって客が多いですからね、情報収集には向いてないんです。

 まぁ求める情報によってはそういう場所を選ぶこともありますが、宗主が求めているものはそこでは無理だってことなんでしょう。

 ですから、そこに行かれた目的は情報収集だと断言します。

 それにですね、これは多分なんですが、きっと最初は宗主お一人で行こうとしてたと思うんです。

 でもそれをどこかの時点で見たか聞きつけたかしたシヌさんが、ついて行かれたんでしょう。

 宗主がわざわざ声をかけるとは思えませんからね。」

 「・・・・・・つまり、それは、心配する必要はないってこと?」

 「そうですよ。 私の宗主は縹炎なんて辺鄙なところにいましたが、あちらに行くまでは至る所を渡り歩いてこられた方ですよ。

 どこでどのようにして情報を得るかなんてことは、ここの誰より一番ご存じなのが私の宗主なんですから。」

 

 フニはニッコリ笑って頷いた。

 ドンジュンにしてもテギョンほどの実力者なら、やみくもに心配する必要はないという思いは最初からあったわけで、このフニのニッコリに心配なしと判断して、結局休んでいるところ騒ぎ立てたことを謝るとそのまま部屋に戻ることにした。

 フニが「朝までには戻ってますよ。」と最後に言い、安心したかのように頷いて、そのまま布団に潜り込む。

 眠くはなかったが、朝になればテギョンから何か聞けると思うと、心は落ち着いていた。

 

 鳥のさえずりが朝の訪れを伝え、日々の生活が始まる音が香りとともに漂ってくる。

 飛び起きたドンジュンが二人を探す。

 だが、二人の姿はどこにもなかった。

 

 「戻ってきてない。」

 

 フニを責めるつもりはなかったが、ドンジュンはかなり強い口調でそう言った。

 しかしフニは変わらず大丈夫だと言い切る。

 その大丈夫が一体どこから来るのか、甚(はなは)だ疑問だって顔で見返したドンジュンに、フニは変わらぬ笑顔を浮かべたままで手をこすり合わせると、滔々とテギョンの情報の得方を説明し始めた。

 

 「ふつう私たちは知りたいことがある時、質問して情報を得るじゃないですか。

 ですが宗主は話すのが好きじゃないのです。

 ならどうするか、私の宗主はただその中に身を置くんです。

 黙って、ただじっと、まるで物陰に身を潜めて獲物を狙う捕獲者の如き忍耐力です。

 私も一度挑戦しましたが、無理でした。

 だって運に任せて聞こえてくる話に全神経を集中するんですよ。

 それでその中から関係のありそうなものを選ぶんです。

 つまりああいう店は、たいてい朝までやってるものですよね、宗主はじっと聞いていて情報を持っていそうな者を見つけたんです。

 そうしたらどうします? 店が終わり客が帰るとなれば、追いかけるでしょう? 目的の相手がどこにいるか分かれば次の手を打てますからね。

 まぁきっとそういうような事が起こっているんですよ。

 だから心配はいらないんです。」

 

 フニの説明は、納得するようなしないようなモヤモヤ感を残すものだったが、今となっては待つ以外に選択肢がなかった。

 ミニョからの連絡があるかもしれないのに、全員で探しに出ることはできないし、行き違いになることも考えられる。

 西京の宗家に頼んで探してもらうことも考えたが、それは最後の手段だと思う。

 ドンジュンはもうしばらくと、宿の前を行ったり来たりしながら二人が戻って来るのを待った。

 だが、待てども待てども戻ってこない。

 代わりにやって来たのは模諜枢教からの迎えの教徒で、模諜枢教でミニョが待っていると言うのだ。

 今すぐと言われたドンジュンは、二人出掛けていてまだ戻っていないことを告げる。

 迎えに来た教徒は若い女で、権限などないように思えたし事実を告げれば一緒に待ってくれるだろうと考えたからだ。

 だがその教徒は後ろに従えていた教徒にいくつかの指示を出すと馬車に乗るよう言ってきた。

 

 「お二人の情報を集めるよう指示しました。

 きっとすぐに見つかると思います。

 数名こちらに残して、見つかり次第案内しますので、先に出発してください。」

 

 その女の教徒は慣れた口調でテキパキとすべきことを進めていく。

 その間にも情報を持った教徒が代わる代わる報告に訪れ、その女の教徒が新たな指示を与えるとそのまま出て行ってしまう。

 

 「西京の宗家にも連絡しました。

 確認はまだとれていませんが、そこで得た情報もありますので、お二人のことは安心していただいて大丈夫です。」

 

 呆気にとられていたドンジュンは、言われるがままに馬車に乗るしかなかった。

 

 (これじゃあまるで軍隊か何かみたいだ。)

 

 女の教徒は丁寧な口調だが威圧感があったからだ。

 同じ宗家でも斐水門では感じることのない縦に押さえつけられるような命令指示に戸惑う。

 それに威圧感と言うならテギョンからも感じるがそれとも違うと思う。

 テギョンのは纏っている空気がであって、こんな規律正しさでもって圧迫するわけではない。

 それで言えば風林堂も規律正しいが、シヌは決して威圧的ではない。

 ドンジュンはこの威圧感に押されてしまって、成す術なく振り向いた。

 多分、分からないからこそ堂々としていられるヘイと、その後ろで縮こまっているジフンを見て肩を落とすと、仕方がないって声で「行きましょう。」と呟いた。

 

 

― 西京の盛り場 ―

 

 ドンジュンたちの宿に模諜枢教からの迎えが来る少し前、シヌは何故こうなったのかと思いながらテギョンを見つめ、呆然と立ち尽くしっていた。

 その足元には何人もの男たちが、小さなうめき声を上げたり気を失ったりして倒れていて、飛んだ血しぶきがテギョンを赤く染めている。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

盛り場の場面まで行けなかった~~~ガーン

次回なんでこうなったかに続きます。

 

今回はドンジュンの回、そして新登場の女教徒です。

ミニョにしてもドンジュンにしても、

優柔不断キャラですが、

もとは判断基準が曖昧な斐水門の門徒らしさなわけです。

対して、マニュアルに沿って判断している女教徒(サユリ)は模諜枢教らしいと。
警察で言うなら警察庁と田舎の交番ほどもある差なんですが、書くとなるとどう書こうとかと。

で、こうなりました。汗うさぎ
 

そうそう先週日曜にパソコンが壊れましたえーん

ピリピリって音が出始めてたので、

もしかしたらとは思ってたんですが、

いきなり電源が入らなくなって滅茶苦茶焦りました。

 

でもね、一日違いで土曜の朝でなかったことに、

胸を撫で下ろしたのよね。

日頃の行いがいいから、日曜の朝にしてくれたのねと、

神様仏様マリア様氏神様ありがとうとお礼を言いましたよ。

考えればパソコン壊れて大出費なのに汗うさぎ

 

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村