― 西京の門 ―

 

 ジェルミも言ったように西京の門は模諜宗家の管理下にない。

 そして模諜枢教と対立している宗家も西京の宗家ではないのだ。

 とはいえ何かと交渉する関係には違いなく、交渉材料になるのではとの考えから、モ教主の弱みと言われるジェルミと縹炎宗の盾(人質)に選ばれたと聞いたミニョを手中に収めたいと二人の馬車を追い掛けたのだが、次の馬車に乗っているのは鬼とも悪魔とも言われた男だ。

 ジェルミやミニョと違って容易に手を出せる相手ではないと分かっている。

 むしろ、モ教主と敵対すると言われる縹炎宗のファン宗主や風林堂継承者のカン・シヌならば、もろ手を挙げて出迎えたい相手と言っていいのだ。

 とはいえここで表立って模諜枢教と対立する事は避けたいが為、西京の門では商人に扮した一行に気付いてはいないふりですんなりと通す事に西京の宗家が集まって決めていた。

 ただし西京の宗家たちは見張りをつける事を忘れなかった。

 見張りは少しでも長くこの西京の都に滞在してくれるよう快適に過ごす為の手配をするためのものだが、テギョンたちからすれば見張りは見張りだ。

 テギョンもシヌもそれぞれに警戒を強める中、ヘイが漸く目を開いたテギョンに訊いた。

 

 「それで、この後は?」

 

 ピクリと片眉を動かしたテギョンだが、ヘイを見る事もなければ返事もなしだ。

 ヘイは宗家の者ではなく、同行してはいても宗家の問題とは無関係だと言える相手に話す必要はない。

 ヘイもテギョンが答えない事は想定していた。

 だがこれ以外にヘイには、テギョンに話しかける言葉がなかったのだ。

 

 雨の降る山寺から馬車の通れる道まで歩き、テギョンと共に馬車に乗り込んだヘイは、濡れているテギョンを拭こうとした。

 だがすぐさま拒絶されてしまった。

 それも遠慮や辞退と言った言葉ではなく、手で優しく追いやるといった事もない。

 ただ近づくなと目だけで冷たく言って、そのまま無視するかのように打座されてしまったのだ。

 寒くないかと訊ねても無視され、寒いわと甘えようとすれば積んであった上掛けを投げてよこされた。

 茶を淹れても水を出しても、美味しいお菓子を勧めても、見向きもせずに、片手は剣を持ち片手は膝の上で目は軽く閉じて話しかけにくい空気を漂わせ続けた。

 それ以外にも馬車の車輪が長雨でぬかるんだ道にはまったが、そのたびに馬車は右に左にと大きく揺れた。

 揺れに合わせて華麗に倒れ込んだヘイだったが、それすらも指一本で遮られたのだ。

 残る手立ては神の力を使う以外にない、一瞬手の中に芽生えた神力を使おうかと迷って握り潰す。 ヘイが躊躇ったのは、火神の力を畏(おそ)れての事だった。

 神に戻った時、人間界での出来事は記憶にないとされているが、すべてが消え失せるとは言い切れない。

 何度も輪廻転生を繰り返す劫だ、そこから抜け出した最後を忘れるだろうかと考えると、賭けに出る勇気がないだけで、でなければとうの昔に力を使っている。

 これまでに何度も躊躇ってきたのだ、できるなら使わずに済ませたい、使うとしても最後の最後、そんな事を考えながらヘイは、動かないテギョンを見つめていた。

 

 (私も忍耐強くなったわ。

 木ノ神に対しては、色々と行動を起こしていたのに。)

 

 そんな事を思いながらも、これほどテギョンの近くにいられることはなかったわけで、ヘイはどのような言葉なら話しかけても空気を乱さないかと考えていたのだ。

 既に三日テギョンは話していない、返事をしないからといってそれが不機嫌ゆえではない事も分かっている。

 

 「宗主、宿に向かいます。」

 

 馬車の外からフニの声が聞こえてくる。

 ヘイはこれには返事をするだろうかとテギョンを見る。

 あの低くて素敵な声で短く、的確に指示するテギョンをこんなに間近で見れるのだと心を躍らせたのに、テギョンは顔も見せず指一本動かす事もなく返事もしなかった。

 なのにフニは承諾を得たとシヌに伝えに行き、ヘイは落胆に顔を曇らせた。

 さらにはこの後も宿が決まり部屋に入る時も、テギョンは一言も話さないままだった。

 

 

― 模諜枢教 ―

 

 (このまま夜が明けるのを待つの?)

 

 自問自答の言葉は、思いもよらない形でミニョ自身を蝕んでいく。

 夜になってもジェルミが来ないのは、自分があんな事を言ったからだと思い始めていた。

 

 (きっとジェルミも気付いたんだ。

 私が言った言葉に隠されている意味に気付いてしまったのよ、だってジェルミは継承者だもの。

 継承者だから、・・・・・・だから来ないのよ。)

 

 もっとよく考えてから言うべきだったと、すべては自分で言った軽率な発言が原因だと、悪い方へ悪い方へと考えてしまうのがミニョの癖だ。

 そしてこのどうしようもない状況から抜け出すには、全てを投げ出す以外に思い浮かばない。

 ここから逃げ出す、その為にミニョは戸を押したり引いたりして、さらには窓から外に出られないかと覗いてみたりもして、昨日も、さらには縹炎に逃げる前にも、繰り返した事をただひたすらに何度も何度もやり直し続けてみた。

 だが当然どうにかなるわけがなく、疲れて座り込んで考える。

 

 (こんな時テギョンさんなら・・・・・・)

 

 過った考えは『テギョンならどうするか』ではなく、『こんなふうには考えないのではないか』だ。

 思案するテギョンを思い浮かべて、答えを導き出す順序が違うと考える。

 そもそもテギョンならこんな間違いは犯さないはずなのだから、間違えないのだから反省も必要ないとなる。

 つまりはテギョンに限って最悪の事態になるはずがないのだ。 ミニョの脳裏に上から目線のテギョンの顔が浮かんでくる。

 完璧なテギョンと比べて、自分のバカさ加減が伸し掛かる。

 とはいえミニョがどのように評価したとしても、テギョンだとて人間であり、これまでに間違いを犯さなかったわけではない。

 ただそこから学び、常に最悪の事態を想定して備えているだけだ。

 そしてテギョンにとって最悪の事態がなかったわけでも、そこから逃げ出した事がないわけでもないが、それをミニョは知らなかった。

 ミニョの頭の中でテギョンが、『はぁ~』と呆れたように深い溜息をつく。

 ミニョは非難されたかのように口を尖らせた。

 

 

― 西京の都 ―

 

 ミニョが煮詰まって頭を抱えていた頃、テギョンも前にも後ろにも進めずに頭を抱えていた。

 正確にはテギョンの方は頭を抱えるというよりも、ますます病んでいくと言った感じで、どちらともに袋小路の行き止まり佇んでいると表現するのが一番近いかもしれない。

 そしてこの袋小路の行き止まりに頭を抱える者がもう一人いる。

 この問題において誰よりも遠くにいて、一見すると傍観者にすぎないはずのジフンだ。

 だがジフンは今まさに最悪の事態に頭を悩ませている一人だった。

 ジフンは鬱々と背中を丸めていたが、宿の部屋から西京の街並みを眺めていた。

 国一番の歓楽街と言われるだけの西京の都は、夜だというのに至る所に灯された灯りで、賑わう人々を照らしている。

 石畳の道に面した家屋は、どの景観も立派で、二階三階と高く伸びる部屋からは、爛爛と煌く灯りが道行く人の影を一層濃くしていて、同じ模諜の都とされてはいても、かつての光焔とは次元が違うと思いを馳せる。

 賑わう通りには沢山の店と共に、凝った宿が至る所に建っている。

 ジフンはふとシヌが言った、一番上等な宿ではなく、一番大きな宿という言葉を思い出した。

 

 (ここはミニョと連絡を取る場所か。)

 

 その考えが過るや否や、ジフンは追い詰められたこの状況がまさに断崖絶壁なのだと感じてくる。

 さっきまでの鬱々も、最悪の事態という思いも、まだどこかで自分には責任がないという思いがあった。

 山寺からのテギョンは、雨という事もあって馬車でヘイと一緒で、だからこそきっとヘイが話してくれるはずだと思っていたからだ。

 だが、それが叶わなかったのは宿に到着して、降りてきたテギョンを見て気が付いた。 

 出生の秘密を知れば、ファン宗主だとて動揺するはずだ。

 そう思っていたジフンは、テギョンの様子がいつもと変わりない事に落胆したのだ。

 ヘイからは『これはあなたが話すのよ。 あなたの宿願の為なんだから。』と言われていたが、ヘイが話せないことではない。

 何度も助けてくれたヘイが、ずっと一緒にいるんだからときっと今度もと期待していたのだ。

 門をくぐるのに止まった時には、話は済んでいると思っていたし、宿に着いた時にそれが間違いだったと気付いても、部屋に向かう廊下でさえ話しかけなかったのは、どうして話していないんだとヘイを責めていたからだ。

 ジフンはさらにグッと背を丸めた。

 それは言い訳だと分かっている。 部屋に入る前のヘイの目は早く伝えろと言っていたと頭を抱える。

 言う事は簡単だ。 今からテギョンの部屋の戸を叩きさえすれば話をする事もできる。

 だがジフンには、テギョンと一対一で話す事を考えるだけで震えがきてしまうのだ。

 ジフンは、できるなら何もかも投げ捨ててこの場から逃げ出したかった。

 だがどうしてもそれができない理由もあって、こうして鬱々としてしまっているのだ。

 そんなジフンの部屋の戸をヘイがそっと叩いた。

 

 

― 模諜枢教 ―

 

 さっきまでオロオロとしていたミニョは、テギョンを思い出した事で落ち着きを取り戻す事ができた。

 落ち着くと考える方向が明確になり、どうすべきかがはっきりしてくる。

 ミニョはキリっと引き締まった顔で、まずはどうにかしてここから出なければと考えた。

 それから何があっても絶対にモ教主と話をする、この二点さえ押さえられれば、その先の事は後から考えようと決めた。

 ただ問題は、それにはジェルミが不可欠なのに頼れないという点だ。

 結局は手立てがないと落胆したところに夕餉が運ばれてきた。

 ミニョの脳裏にある考えが閃く。

 

 「モ教主に伝えてください。

 このままこうして閉じ込められていると、戻った力がまた使えなくなるって。」

 

 ミニョはとても大事な事だと念を押す。

 これまでなら落胆し私はダメだと自虐するだけで、注意深く周りを見回す事はしなかった。

 (だけど私にだってできるんだ。)と、打開策を見つけた事に握りこぶしを作る。

 もちろん閉じ込められたからといって力が使えなくなるという事はない。

 だけどそれをモ教主は知らないと考えたのだ。

 

 (もし理由を聞かれても、なんとでも答えられる。)

 

 それよりも食事を運ぶような教徒だ、役職もなく身分にしても能力にしても低いと思われる教徒が、モ教主に報告なんてできるだろうかとの不安が残っている。

 だがミニョはそれにも希望を見つけていた。

 

 (模諜枢教は音功、諜報を得意とする宗家だったのだから誰だって報告できるようになっているかもしれない。)

 

 その希望が叶った事は数刻後に分かった。

 突然部屋の戸が開くと、教徒が二人ミニョの両脇を掴んで目隠しをして引っ立てた。

 どこをどう通ったのかは分からないが、目隠しを外されたミニョの前にはモ教主がいたからだ。

 

 (なぜテギョンさんを捨てたのですか。)

 

 モ教主を見つめながら訊きたい事が浮かんでくる。

 なぜ捨てたのか、なぜ殺したいのかが、一番知りたい事だがこんな訊き方じゃ答えてくれるはずがないとも思う。

 

 (私を閉じ込めたのは、水功が理由だったのですね。)

 

 次に浮かんできた事もダメだと首を振る。

 はぐらかされて終わるだけだと思うと何を訊くべきか、何を話すべきかと考えてしまい、だからテギョンも黙っているのかもと頓珍漢な考えまで浮かんでくる始末だ。

 

 「なぜ何も話さないの。」

 

 少し小馬鹿にしたような声でそう言ったモ教主は、整った口が弧を描いた。

 ミニョは怯まないようギュッと手を握る。

 

 「ジェルミはどこにいるのですか。」

 

 幾分震える声でミニョが訊く。

 小さく口を開いたモ教主は、クスッと笑った後で高笑いをした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

なんとかファランとミニョの会話の所まで進めました。

(本題は次回だけど・・・・・・)

テギョンとジフンの話も次回に持ち越しで、

ちっとも進んでいない回だわ~滝汗 

 

この先のジフンやヘイを考えると、 

どうしても書いておきたかったの。

それからミニョの成長も。

部屋を出る(逃げる)は同じだけど、

どう出るか、これまで逃げるが最優先だったミニョの変化、成長(ちょっとばかりだけどね~)

  

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