― かつての光焔 ―

 

 いざ寝ようという段になると、テギョンがミニョとは夫婦だからと突然一部屋を要求してきた。

 誰もが声も出せないほどに驚いたのは当然だが、そこにはミニョも入っている。

 

 (突然、何を言い出すんだこいつ。)

 (宗主が? 一人ではなく二人で? これは喜ぶ事ですよね。)

 (やっぱり・・・・・・やっぱり変だ。)

 

 テギョンを見る目がそう語っている中で、ジェルミだけが口を開く。

 

 「おい、もう忘れたのか!

 さっき言っただろう、もう夫婦のふりは必要ないって!」

 

 ジェルミの怒りに合わせて、テギョンの纏う空気がピリリと冷たくなる。

 

 「ジェルミ待って、ちょっと待って。」

 

 ミニョは止めに入ると、怒るジェルミに首を振りそのままテギョンを引っ張って少し離れた所に行く。

 ジェルミが口を挟めばテギョンを説得できないからだ。

 

 「なんだよ、みんなだって思ってるだろう。」

 「思ってるよ、おかしいって。 あんなのファン宗主じゃない。」

 

 ドンジュンが心配そうな声で言う。

 

 「まさかあれが悪霊によるものだ、なんて言わないよね。 

 悪霊憑きを利用しているだけで、あれが本性だったんだよ。」

 

 ジェルミは、テギョンに聞こえるような声で言う。

 ミニョに困った顔を向けられても、ジェルミが止まれないのはここが模諜だからだ。

 これまでテギョンの方からは必要な時以外は近づかなかったのに、どうしてだかここに来てやたらとミニョにくっついて離れない。

 それを悪霊のせいだ、浄化してくれたんだと我慢してきた。

 

 (だけど、あんなのは悪霊じゃない。)

 

 それは誰もが分かっていた。

 テギョンの行動が悪霊に憑かれてだとは思えないのは事実だが、だからといってジェルミがここまで憤る必要はないとも思うのだ。

 シヌがジェルミを宥めているところにミニョがテギョンと共に話がついたと戻って来た。

 

 「どう説得したんですか。」

 

 フニがミニョに近づいて小声で訊く。

 テギョンが言い出した事で、これまでフニに説得できたためしがなく、今後の参考にと思っての事だ。

 ミニョも小声で答える。

 

 「折衷案です。 部屋数が決まっている以上人数は変えられないけれど、隣に寝るので安心するよう言ったら、すんなり大丈夫でした。」

 

 自信があった訳ではない、庭でのテギョンを思えば、もしかしてと一抹の不安はあったが、何故だかテギョンの言う『一室』には深い意味はないのではと思えたのだ。

 これを聞いたフニは、挽回の機会とばかりにすぐにヘイの所に注進に走る。

 そして両手を揉みしだくようにこすり合わせて、ヘイに「絶好の機会です。」と囁いた。

 結果、ヘイとミニョがテギョンを挟んで寝る事になったが、言い換えればミニョを挟んでテギョンとジェルミという構図で解決となった。

 そして残る一枠をフニとドンジュンが争ったのだが、こちらも何かあった時という事でドンジュンが勝ち取った。

 シヌとフニとジフンの三人が中部屋の小さい部屋で休む事にも問題はない。

 そうして誰ともなしに寝支度を始める。

 

 ミニョは布団に入ればすぐにぐっすりなのだが、居心地が悪く眠れずにいた。 

 一つ部屋で眠る、これは経験のない事ではない。

 これまでに野宿や、全員での雑魚寝も経験している。

 だが今夜のミニョはこれまでのミニョとは違う。

 いやミニョがというより状況がと言った方がいいだろうか。

 テギョンが我を張る事はなく、譲らない時は確たる理由があった。

 友として一線を守ってきたジェルミも今夜は頑なだ。

 これではどちらを向く事もできない。

 ミニョは二人の間でいたたまれない思いでいたが、これは想定内で天上を見ながら眠るだけのはずが、何故だか眠れないのだ。

 頭の中をグルグルと回るのは今のテギョンだ。

 勿論テギョンを好きだと自覚してからも、このような状況になるとは思っていなかったわけで、だからこそ内心すごく嬉しく思っている。

 なのに違和感が拭えない、素直に喜べないのだ。

 

 (どうして、私なの?)

 

 夢で見るほど、昔から縁がある事は分かっているが、縁と情は別だ。

 ミニョには、テギョンが好きになったと思う点が見つけられないのだ。

 あると思うのは同情、もしくは友情・・・・・・

 

 (だけど同情や友情であのような事はしないはず。)

 

 となれば残るはやはり悪霊の方で、それだとすんなり筋が通ると思う一方でその思案顔を赤くした。

 あのような事が頭に浮かんだのだ。

 慌てて頭から布団をかぶる。

 反芻(はんすう)した事を、テギョンに見透かされそうで恥ずかしくなったからだ。

 

 「ミニョ。」

 「ミニョ。」

 

 両隣から同時に声がかかる。

 

 「なんでもないです。」

 

 そう答えた後でしまったと思った。

 どうせなら眠った振りをすればよかったと思ったが仕方がない。

 どうしたのかを訊かれても答えられない以上、逃げる避けるが得策なのだ。

 思えばこれまで逃げ出すばかりだった。

 逃げるしかできない事に布団の中で嘆息する。

 途端に両隣で起き上がった気配がして、ミニョはまたしてもしまったと思わずにはいられなかった。

 

 (どうせ眠れないのなら、いっそ相談するのは?)

 

 そう考えたがそれは無理だと思い直す。

 

 (さすがにテギョンさんとのアレを話す事はできない。)

 

 そう思うとミニョの顔はまたボッと赤くなる。

 脳が勝手に反芻し、身体中の血が反応したのだ。

 熱を帯びたように熱くなり、ミニョは布団を少しだけ持ち上げて熱を逃がした。

 それから冷静に考えないとと思い直して、布団を持ち上げていた手で額を叩く。 集中しなければと思ったからだ。

 相談するにしても、テギョンとの口づけを隠して様子がおかしいと言って、それで伝わるだろうかと思う。

 するとまたミニョは顔を赤くした。

 

 (思い出さないで!!)

 

 自分に言って布団の中で頭を振る。

 そして熱を逃がしては額を叩いた。

 布団が持ち上がっては沈み、持ち上がっては沈むが何度も繰り返されるのを、テギョンとジェルミは黙って見ていた。

 そして聞こえてくるペチペチという音に、ジェルミは怪訝な顔をしていたが、テギョンは歪めるように片側の口角だけを上げて笑っている。

 ミニョのアタフタの原因を察しての笑いだ。

 もしもここに二人なら、この布団を引き剥がし、腕を掴んで引き寄せるのにと妄想すると、おのずと口元が緩むのだ。

 ただ僅かな月明かりだけの部屋の中は薄暗く、ミニョを挟んで離れているテギョンとジェルミはお互いの顔が見えていなかった。

 でなければジェルミは、何を笑っているんだとテギョンを問い質していたはずで、今のテギョンならそう問われればすぐに反応するはずだからだ。

 この夜、騒動が起きなかったのはこの暗闇のおかげと言えた。

 間に挟まれて気付くはずのミニョは、二人がまだ自分の方を見ているとは思っていなかった。

 考えなければと思うが、そのたびに頭を占領するテギョンとのアレに考える事を放棄したのだ。

 

 (明日は朝から歩くのだから、ちゃんと寝ておかないと。)

 

 視線も気配も感じない布団の中は、ミニョにとって安寧な場所だった。

 ミニョの良い点は深く考えすぎない事であり、そこは隠れている場所から暖かで静寂な場所へと変わると、布団の温もりがそのまま眠りへと誘ってくれる。

 そこはテギョンの腕の中にいるように温かで、微かに聞こえる小鳥の鳴き声も清々しいと、目覚めの前の微睡(まどろ)みさえも、水の中で揺蕩っているかのように心地よかったのだ。

 だがこの静寂もジェルミの雄たけびによって破られる事になる。

 布団にくるまれて眠ったはずが、これはいつぞやと同じでテギョンの腕、テギョンの胸だとミニョはすぐに気づいた。 

 違う所は両の腕(かいな)に抱かれていない点だ。

 よく見るともう片方のテギョンの腕には、ヘイが纏わりついていて、テギョンはそれを振り払いもせずされるに任せている。

 この事実は、ある意味ミニョの疑問に答えを与えたようなものだった。

 そんな、目覚めると同時に考えに引き込まれたミニョに、ジェルミが容赦なく訊く。

 

 「これってどういう事?」

 「あっ えっと・・・・・・その・・・・・・た ぶんだけど、寒かったような・・・・・・」

 

 なんとか答えたミニョにヘイも嬉々とした声で同調する。

 

 「私もよ。」

 

 ミニョの声にテギョンが身体を起こし、ヘイからその身を離したテギョンに対して言ったのだが、その一言には『何か文句があるの。』とジェルミに対する含みもなされている。

 ジェルミにしても、ミニョだけでなくヘイもいて、なによりそこがテギョンの布団だという事が、それ以上何も言えなくさせたのだ。

 ヘイにしてもミニョと同じは不機嫌になる要素だが、それよりもテギョンに振り払われなかった事が、ヘイから不機嫌を取り除いていたのだ。

 むしろこの二人よりも深刻な面持ちだったのはミニョの方だった。

 

 「このままテギョンさんを模諜枢教に向かわせるのは反対です。」

 

 突然のこのミニョの発言に、頷く者、驚く者がいる中で、不満の顔を見せたのはテギョンだった。

 何を言い出すといった怒号を口にはしなくても、ミニョの両腕を掴んで頭の上から睨み下ろされれば恐ろしいもので、ミニョはビクッとその身を固くする。

 まさに鬼の形相、それもとびきり美しく冷たい魔王の君臨だ。

 震えるミニョは泣き出しそうなのをグッと堪えた。

 どんなに睨まれてもこれからテギョンが相手をするのは、宗家の教主だ。

 それも模諜という古の都を統べる最高峰とされる人物なのだ。

 もしテギョンが悪霊に憑かれていると知られれば、抹殺されるかもしれないと、その事の方がテギョンの睨んだ顔より何倍も怖いからだ。

 

 「私も同じ考えだ。 急ぎ過ぎは良くない。」

 

 落ち着いた声でシヌが言うと、テギョンの手をが解かれてミニョは安堵の息を吐く。

 これで説明の必要がなくなったと思ったからだ。

 適切な言葉を選んで簡潔に説明する事が苦手なミニョは、説明を続ければ続けるほど、テギョンとの口づけもミニョの本心も洗いざらい話してしまう事になる。

 だからこそ昨夜あれほど相談すべきか否かで悩んだのだ。

 それだけは避けたいと思っていたが、それよりもテギョンの命が危険に晒される事の方を恐れて切り出したのだ。

 だからこそシヌが賛同してくれた事に、心底ホッとしたのだ。

 しかしテギョンは違う。

 自分に向けられる刃など歯牙にもかけずに来たが、その刃がミニョにも向いたとなれば話は違う。

 テギョンはこの不安要素を一刻も早く取り除きたかった。

 その為にはモ教主と話す事が必要だからだ。

 

 「雨が降り出す前と、昨日決めたはずだ。」

 

 テギョンの低い声が、脅しのように響く。

 

 「思ったより雲の流れが速い、これでは途中で雨に降られる。 疲れた馬にそれは酷というものだろう。」

 

 シヌは真っ向からテギョンと対抗せず、論点を外して説得する。

 どのみち模諜枢教には行かなければならないのだから、今は時間稼ぎができればいいというわけだ。

 

 「ミニョは優しい。

 ファン宗主が濡れない為にと、また力を使う事になる。

 それはファン宗主も望まないのでは。」

 

 そう言われてテギョンはチラリとミニョを見た。

 それから眉間にしわを寄せる。

 問題解決とミニョの健康を天秤にかけて、憂えている事がミニョにも見て取れる。

 次にどう言えばテギョンを引き留められるかと、ミニョは頭を巡らせたがミニョよりも先にドンジュンが言った。

 

 「風読みの風林堂が言ってるんだ。

 早まった雨の中、追手が差し向けられる事を考えれば、急がないのが得策じゃない。

 それに火祭りは雨の中ではできないだろう。

 いつものファン宗主ならこんな事に悩んだりしないよね。

 やっぱりどこか・・・・・・」

 「俺は、・・・・・・大丈夫だ。」

 

 そう言ったテギョンは、自分の身に起きている変化に気が付いているのかもと思わせたが、それを深く考える間もなくジフンがオズオズと手を上げた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

今日も今日とて遅くなりました。

 

このうだうだ感、さっさと行っちまえよと思う私がいるのですが、

模諜に入れば次の局面になって、

テギョンとミニョも変化するんですよね。

 

それにこの光焔の地こそ惑いの地という事で、

テギョンが少しずつ変わっていく様とか、

ミニョが少しずつ追い詰められていく感じとかはここで起こる、発端とされたこの地でと決めていたのです。

それに出発前の不安や迷いまで書く事ができましたし、

テギョン、ミニョに続いてジェルミの変化も、

書き入れられました。

さらにやっと謎のジフンが手を上げましたよ。

 

うだうだしてますが進んでます。ポーンほんとに滝汗

 

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