― かつての光焔 ―

 

 テギョンの酷い物言いに、ジェルミは顔を真っ赤にして「失礼だ!」と憤った。

 だがテギョンはそれすらも小馬鹿にしたように笑うから、隣でミニョはハラハラとせずにはいられない。

 

 「なら、本気でそう思っているのか。」

 

 テギョンに投げられた言葉に「当然だ!」と返すジェルミだったが、これを聞いたテギョンは驚いたように高笑いをしだした。

 どう考えてもテギョンがこのように言い返した事は、これまでに数えるほどしかなく、ましてや高笑いなど初めてといっていい。

 誰もがテギョンを止める事を忘れて、呆気に取られてしまうのも仕方ない事ではあった。

 

 「なっ何がおかしいんだ!」

 

 ジェルミが声を荒らげる。

 

 「おかしいだろう、分からないのか。

 祭りの為の厳戒態勢だと本気で言ってるなら、模諜枢教の継承者を名乗るのは止めた方がいいな。」

 

 あまりに辛辣な物言いに、ジェルミは言い返す事も出来ずにただ口をパクパクさせるばかりだ。

 それを面白そうに見てテギョンは続ける。

 

 「模諜は歴史ある都だ。 当然だが祭りも昔から続くものだ。

 夜の闇空を赤く照らす火が、四方の京から模諜を浄化しながら中央にある神社(かむやしろ)へと向かう。」

 (そうだよ、だからこそ厳戒態勢が・・・・・・)

 「神に供える火を手に、宮司が決められた道を通って厳かに都入りする。

 延々と続く宮司の列、途中、強風に煽られて飛んだ火の粉によって、昔は何度か火事が起こったと聞いた。

 となれば警戒するのは天候の方だと思うが、モ教主は人を警戒している。」

 「そっ それの何がおかしい?」

 「別におかしくはない。

 宮司が通る道に侵入する者がいないよう厳重に警戒する、それはもっともだ。

 だが、それと都入りを望む商人や旅人に制限を設けるのは少し違うだろう、ましてその為の厳戒態勢など、おかしいと思わないのか。

 モ教主が恐れているのは祭りの火と俺の到着。

 いっその事祭りを止めたいってのが本音だろうが、祭事を理由もなく独断では止められない、だから俺を足止めするか祭りが終わるまで捉えておくかしかない。

 で、すでに見張りが付けられている。」

 

 (見張り!?)とミニョの目がテギョンを見る。

 

 「気付かなかったのか、町中を歩いている間ずっとつけていたぞ。

 ここは人通りもあり紛れるのには適しているからな、これが予定の山道ならもっと早くに気付いていたはずだ。」

 「その見張りがモ教主が使わせた者だとする根拠は?」

 

 怒りから冷静さを失ったジェルミではなく、ドンジュンが緊張感漂う声で訊いた。

 ドンジュンからすれば、モ教主はミニョを攫(さら)った張本人であれだけ執着していたのだ。

 見張りを付けたのが本当にモ教主なら、次の疑問は言うまでもない。

 

 「もしかしてまたミニョを・・・・・・」

 

 口をついたドンジュンをミニョが驚いて見返した。

 だがテギョンは軽く首を横に振る。

 

 「言っただろう、あいつらが見張っているのは俺の方だ。」

 

 少しは考えろと、テギョンの指が嫌味のように乱れ髪ごとこめかみをトントンと叩く。

 

 「じゃあミニョは今回関係ないと。」

 

 少しムッとして言い返すと、テギョンは軽く肩をすくめた。

 

 「まったくの無関係だとは言い切れないが、それが根拠になったってわけじゃない事だけは確かだ。」

 

 (だとしたら何だ?)ドンジュンが分からないって顔で眉を寄せると、テギョンはそれも鼻で笑った。

 これまでとはまったく違うテギョンの言動だが、テギョンらしくないとは言えず、むしろ鬼や悪辣といった噂を彷彿とさせていて、これぞ縹炎宗の宗主って気もしてくる。

 それにずっと口にこそしなかっただけで、本心では悪態を吐いていたのだと考える方がしっくりくるのだ。

 だがそうなるとむやみに言い返す事も、下手に訊き返す事もできずに考え込んでしまうのだが、結局のところその見張りが模諜枢教の手の者だって根拠は思い至らない。

 テギョンは盛大にため息を吐いた。

 これまでにも呆れたように息を吐く事はあったが、これほど明白(あからさま)なのはこれも初めての事だった。

 

 「モ教主が気にしているのは火功の使い手、光焔教の教主もそうだったなら俺もそうだ。」

 

 みな一応に頷くが、それがって顔だ。

 

 「モ教主の縹炎への要求は税だと言ったが、本当の所は税じゃない。

 俺が正当な宗主でないから税も集められないと言う為だけに持ち出された理由に過ぎない。

 正当な宗主、いや教主と交代しろと言ったが、俺が応じないと分かると何度も刺客が送られてきた。」

 

 これにフニが激しく頷いて同意する。

 これまでなら喋らないテギョンに代わってフニの独り舞台だったはずなのだ。

 なのに、何故かテギョンは滔々と喋り続け、フニは喋りたくて口を開いては閉じるを繰り返していたのだから、同意だけでなくここぞとばかりに口も挟んだきた。

 

 「この事は宗主から口止めされていたんですが、縹炎宗には本当に何人もの刺客がやって来たんです。

 もちろん私や宗主が返り討ちにした、なんてわけではありませんよ。

 見つけた時点ですぐに、案内もなしに縹炎に立ち入るのは危険だと再三再四申し上げるんですよ。

 私たちは宗家であって悪人ではないですからね。

 丁重に来た道を戻られる事をお勧めするんですよ、大声で。 ですが聞かないんじゃ仕方ないじゃないですか。

 縹炎の宗徒や民が巻き添えにならないよう移動された宗主を追って、縹炎の外へと・・・・・・

 そうなれば、皆さんも見たり経験されたりしたので分かりますよね。」

 「つまり・・・・・・模諜枢教が送り込んだ教徒か雇った刺客の、全員が全員、あの赤い砂に沈んだって言う訳?」

 「その刺客を送ったのが母だって証拠は?」

 

 ジェルミは訊いたドンジュンに向かって即座に反論する。

 

 「無論ない、だから刺客の事はこれまで口にしなかった。

 全員が全員、一つの宗家が送り込んだとは言えなければ、俺の噂からしてどこの宗家から送り込まれていたとしても、おかしくないとも考えられたからな。

 だが風林堂も斐水門も違った。

 刺客を送った者が、あんな風に出迎えはしないだろうからな。 だとしたら残るは二つだ。

 模諜の宗家か金鉱の宗家、どっちの宗家だとしてもその地の代表である宗家が、関わりないと言うのはおかしいだろう。

 ジェルミ、模諜の宗家が刺客を送っていたとして、縹炎の宗主として俺は正当でないと言った模諜枢教なら、関わりがないと言うのはちょっと無責任すぎると思わないか。」

 

 チラリと視線を送られて、ジェルミはひくりと身体を固くした。

 可能性はある。 母の知らない所で、模諜の宗家が刺客を送ったとしても責任は模諜枢教にある事になる。

 

 (だいたい女が教主である事に反発している宗家があるんだ、母を蹴落とす為ならどんな手だって・・・・・・

 あれ、だけど、敵の敵は味方、モ教主の敵って事は、えっ どっちなんだ・・・・・・?・・・・・・)

 

 頭がこんがらがったジェルミは、思い出してジフンの方を見た。

 

 (金鉱教の可能性だって残っている。

 なんていったって金鉱教の方が縹炎の隣なわけだし、それに本人が言ってたように、噂から風林堂や斐水門でさえ疑ってたんだ、金鉱教だってあり得るんだから。)

 

 そう思うと相手が年上であろうと関係ない、ジェルミの目は逆三日月のようにつり上がる。

 金鉱教のせいで母が悪く言われた気がしたからだ。

 ジフンがその目に反応したように、一層その身を縮めるとシヌが口を開いた。

 

 「金鉱教の名が出たが、さっきは模諜枢教に言及していた。

 ファン宗主は金鉱教ではなく、模諜枢教だと確信しているからじゃないのか。」

 

 これにはジェルミも思わずシヌに振り向いた。

 

 「まあな。」

 

 テギョンは話すのにも飽きたって態度で短くそう答えた。

 またきた出番にフニが背を伸ばしたが、テギョンの低い声がそれを遮る。

 

 「一応でも筋が通るからな。」

 「筋?」

 

 テギョンの言葉にシヌが訊き返す。

 眉間に寄った微かなしわに今度はテギョンが驚いた。

 テギョンは顔を引き攣らせると、ジェルミにドンジュン、ジフンにまで視線を巡らせて、シヌでさえ分からないのならこの三人に分からなくても当然かと心の中で嘆いた。

 以前のテギョンならここで口を噤んで終わっていただろうが、今のテギョンは違うのだ。

 分からない事を馬鹿にこそしなかったが、長々と息を吐いて額に手をやると、クルクルと眉間を揉んで少し考えてから口を開いた。

 

 「模諜枢教の前教主の死は火が原因だったよな。」

 

 疑問の確認というよりも念押しと言った感じだ。

 

 「だからモ教主は火を怖がると。」

 

 そんな事を理由にするなんて納得できるはずがない。

 ジェルミはバカにし返すように言い、シヌが先を促すように「ファン宗主。」と掠れた声で言ったから、テギョンはまた今、度は短く息を吐いた。

 

 「さあな、怖いのか嫌いなのか・・・・・・それとも恨んでいるのか。」

 「恨む?・・・・・・それで光焔教を?」

 

 火を恨むという事に疑問を滲ませたシヌだったが、少し考えて思い至ったように訊き返した。

 

 「まだ確定じゃない、確定するには情報が足りない。

 だが前教主には継承者がいたはずだ、ジェルミは生まれていないからな。 それが何故かモ教主が継いだ。

 モ教主は模諜枢教宗家の娘だ、教主の座を継ぐなら夫の名が教主として残るはずがない。」

 

 確かにと、シヌは顎に手を持っていく。

 シヌにしても生まれる前の事で、前教主の突然の事故死で次の継承者が見つかるまでの代理くらいに考えて、深く追求しなかったのだ。

 その考えの可能性はまだ残るが、婿を迎えた時点でその点も考慮されていたはずだと考える。 全てにおいて考慮しておくことが宗家だからだ。

 

 「光焔教は模諜宗家から派生した宗家だ。

 模諜の宗家間には、昔から派閥争いがあった事を考えれば光焔教と模諜枢教の間には何か因縁があったのかもしれないと考えるのもあながち間違いではないだろう。

 そこに金鉱教を入れたのは、金鉱教も元は模諜の宗家だったからだ。」

 

 テギョンはこの情報をどうやって知ったのかとシヌは眉を寄せる。

 光焔教や金鉱教が元は模諜の宗家だあった事は、宗家の者なら歴史として学ぶ機会がある。

 だがテギョンはこれまでどこの宗家にも属してはいなかったのだ。

 縹炎という僻地だから宗家を開く事ができたとも言えるし、僻地だからこそ学にも限りがあり、ここまで詳細に知る事はできないとも思う。

 だが、とシヌは考えたが、その考えをテギョンが言い当てる。

 

 「そのとばっちりが、同じ火功というだけで俺の所に飛んで来た。

 だからその報復に俺が模諜の事を調べたと考えているなら、残念だがそれは間違いだ。

 俺にとっては模諜も光焔も金鉱も、それこそ風林も斐水も、全部一緒だったんだからな。

 刺客の刃が俺だけに向いている間は、気に留める必要もなかった。 縹炎に行くまでにも、鬼退治って襲ってくる輩がいなかったわけではないからな。

 だがミニョが逃げて来た。

 一つ一つは小さな点だ、全く無関係に思えもするが、火という筋で繋げると一本の筋が通る。」

 

 テギョンが言い終えると、フニが手を叩いて「ああ。」と驚嘆の声を上げた。

 

 「ああ、ああ、模諜枢教前教主の死が光焔教によるものだとしたなら、光焔教教主の死は自死に見せかけた報復。

 本当ならそこで終わるはずだった、だけど、消えた火功が宗主によって復活。

 もしや宗主は光焔教の継承者で復讐を考えているのではと思えば、縹炎宗はその為の兵を集める場となる。

 ああ、だから宗主を代えろと・・・・・・

 ああ、ああ、だから水功を持っている斐水門の花嫁を連れて来たんですね。

 拉致監禁なんて大罪と思いましたが、それも宗主の火功に対抗する為なら分かるような・・・・・・

 いやそれがまさか手を携えて襲って来るとなれば、ああ~そりゃあ矢も射たくなるというものですよね。

 しかしそれには失敗してしまった。

 ところがどっこい逃がしたはずが上手く悪霊の巣窟に送り込めたとなれば、もろ手を挙げて大喜び、今度は運よく悪霊に・・・・・・」

 

 言いながらうんうんと小さく頷いていたフニは、そこまで言うと小さな目を見開いて大きく頷いた。

 

 「悪霊に憑かれた宗主を見張るに繋がります。」

 

 フニはまるで自分で紐解いたかのように、熱弁をふるって結論付けた。

 ミニョは困惑して口を開け、ジェルミは言い返せずに目を彷徨わせ、ジフンは苦しそうに眉を寄せている。

 シヌは今の話を一つ一つ考えるのに忙しく、ドンジュンは困ったように目を閉じている。

 関係ないって顔をしているのはヘイくらいで、実際ヘイにとってはそれが事実でも間違いがあっても構わなかったからだ。

 ヘイの関心は神であったテギョンに悪霊が憑りつくものなのかという事と、これからのテギョンの行動であり千載一遇の機会を逃す事なく利用して、テギョンの懐に入り込む事だったからだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回のテーマというか書きたかった事は、

テギョンの変化はミニョに対してだけじゃないのよ、です。

 

ただこの変化、悪霊によるものには見えない、

むしろやっと人並み、普通、ああこれが噂に繋がったってなるようにと、苦心しました。

 

それとこの先に出て来ることなので、

ここで補足しなくてもなのですが、

模諜を語る中に四方の京という言葉が出てきます。

模諜は大きく五つに分かれていて、

四方の京はそれぞれに東の京、西の京、南の京に北の京と、

都の代わりに京という言葉を使って、

中央にある模諜の都と区別できるようにと思った。

それだけです滝汗

 

今日はどっぷり遅くなりました(謝)ショボーン

 

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