― かつての光焔 ―

 

 ジェルミにとっての光焔事件は、生まれる前の事件であって、概要も成長してから説明を受けた。

 それは光焔の宗家が悪企みをして、母であるモ教主の網にかかってお縄となる寸前、観念したのか悔恨したのか教主が自死と言う手段で罪を償ったってものだった。

 この手段の是非は別としても、この事件は個人の罪だけに止まらず光焔全体に係わる事件であった事から、その選択は十分に有り得たと思ったし話の筋も通っていた。

 だからずっと信じて疑わなかったのだ。

 それが斐水に行くまでに何度も揺らいだ。

 ただ揺らぎはしても、そのたびにそんなはずはないと否定してきたのだ。

 母は冷酷なところはあるが正義を重んじている。 

 幾つかの疑いも、ジェルミはその事だけを信じて否定してきた。

 だが今回ばかりは、これまでとは違って否定しきれない。

 

 (もし本当に悪霊となった光焔教主が現れたら?

 母が・・・・・・? 母が・・・・・・!)

 

 頭の中を襲う不安がガンガンと声を上げる。

 それはシヌに外に出るよう促されて途切れたが、外に出た途端に差し込んだ眩しい日差しと対照的な砂埃に、ザワリと不安が胸を締め付けた。

 模諜枢教に模諜の宗家、錚々(そうそう)たる面々がいるはずなのに、今に至っても放置されているかつての光焔。

 その悪霊と対峙する―――、その事実がジェルミを襲う。

 

 「ミニョはどこにいる。」

 

 ジェルミはとっさにドンジュンに訊いた。

 ドンジュンは辺りを見回してから軽く肩をすくめる。

 知らないとも分からないとも取れる行為だ。

 ジェルミは思わずミニョの姿が見えないのに心配じゃないのかと睨みつけたが、別の不安が襲ってきた。

 

 「まさか、ここから出て行った?」

 

 テギョンを助けようとして動いている、そう思うジェルミは噛み付くように言う。

 

 「そんなわけないだろう。 なに怒ってるんだ?」

 

 淡々と返すドンジュンに、ジェルミは安堵の息を漏らすと、悪かったと言う代わりに額に手をやり頭を振ってミニョを探す事にした。

 

 (今すぐここを出るんだ。

 テギョンが寝ている今なら抜け出す事ができる。)

 

 それこそがミニョを守る事になると信じるジェルミは、ぐるりと屋敷に沿って歩く。

 光焔の中でも大きな家屋敷が並んでいただろうこの地で、光焔教は宗家だけあってどこよりも広い上に、教徒の住居や修練用の道場などの陰に入ると姿を見つけにくい。

 だが程なくしてジェルミは、ヘイと話すミニョを見つけた。 「ミニョ。」 迷う事なく声を掛けて近づく。

 ジェルミに気づいたヘイは、それ以上話すのを止めてサッとその身を翻した。

 

 「何か言われた。」

 

 ジェルミは二人の様子からミニョに耳打ちするようにそっと訊く。

 ミニョは驚いたように目を瞬かせて一瞬押し黙ったが、すぐに何でもないと首を横に振った。

 

 「なんでもない話なのに、どうしてこんな所に来たの?」

 

 ジェルミは辺りを見回して、誤魔化さないでと言う代わりに訊き方を変えて言った。

 ミニョはヘイに言われた事の中から、問題なさそうな事をいやミニョ自身も気になっている事を選んで打ち明ける。

 

 「・・・・・・テギョンさんは怪我をしているのに、除霊させるつもりなのかって訊かれて。」

 「そんな事、ミニョに言ってもどうしようもないだろう。」

 

 思わず口をついて出たジェルミだったが、実際ジェルミはテギョンが除霊する事には反対ではない。 

 それがどれほど卑怯で悪い考えだとしても、テギョン自ら試みる事を止められないと思っていたし、ミニョもヘイにそう言ったと答えた。

 

 「決めるのはテギョンさんで、私にはそれ以上言えない、だけど・・・・・・心配じゃないって言ったら嘘だもの。

 昨夜だって熱を出してたのに・・・・・・それに、襲ってくるのは霊だけとは限らないって気がするの。

 矢を射たのが誰かも分からないまま、一つ所に居続けるのは危険だって思う。 だからってこのまま模諜に入っても、モ教主が会ってくれるとは思えない。」

 

 ミニョは八方塞がりのように首を振って息を吐いた。

 ジェルミもそれは分かっている。

 模諜枢教の門を叩けばモ教主と会えるなんていうのは詭弁だ。

 

 「・・・・・・モ教主と会うのは難しい。」

 

 そう言いたいんだろうとジェルミがミニョを見る。

 

 「私も最初の頃は簡単に会えたけれど、だんだんと難しくなった。」

 

 頷くようにそう言ったミニョは、一年間過ごした模諜枢教を思い出していた。

 

 「その内に人を介して要求を伝えあうだけになった。」

 

 知ってるよねって目をジェルミに向ける。

 

 「今もどうしてなのか分からない。

 ・・・・・・だから、だからねジェルミ、テギョンさんは模諜枢教で門前払いをされるんじゃないかって思ってる。」

 「名目があれば、モ教主は会うよ。」

 「名目・・・・・・」

 

 その名目が何かをミニョはすぐに気が付いた。

 

 「それに、ミニョがモ教主の隣にいれば、・・会える。」

 

 断言するジェルミにミニョは僅かに眉を寄せる。

 

 「私? 私がどうして?」

 

 なぜ自分なのか、なぜモ教主の隣なのか、ミニョは確信を求めてジェルミに問う。

 

 「モ教主は用心深い。 ・・・・・・ファン宗主の火功を止める事ができるのはミニョの水功だけだから。」

 

 (私を閉じ込めたのは・・・・・・それが理由?)

 

 ミニョはジェルミを疑うように見る。

 

 「ジェルミ何を知ってるの。」

 

 ミニョに訊かれてジェルミは僅かに顔を歪めた。

 ジェルミにはミニョに言ってない事があるからだ。

 

 「前に偶然聞いたんだ。 母が火の使い手を避けてるって・・・・・・

 勿論それがファン宗主の事だとは限ってないよ、光焔教も火功だったからね。

 でも光焔教は滅んだし、悪霊も模諜枢教までは来る事ができないだろ。

 だからこの話を聞いた時もあまり気に留めなかったんだ。

 だけどミニョに力がないって分かった時、母が心底がっかりしているのを見て思い出した。

 と言っても断言はできないけれど、母は前に何かあって、火を嫌ってるだけなんじゃないかって思うんだ。

 その母に火功のファン宗主が会うにはミニョとドンジュンが揃っていれば、会ってもいいって方に考えが傾くはずだって思ったんだ。

 だからミニョ、だからね・・・・・・僕と先に模諜枢教に行ってファン宗主に会うようにモ教主を説得するのがいいと思うんだ。」

 

 今となってはミニョと二人で模諜に行くという事よりも、ミニョを助ける事が先に立つ。

 ジェルミはミニョを救いたいのに、ミニョはテギョンを残して先には行けないと言い返した。

 

 「テギョンさんの火功を心配するなら、全員一緒であればモ教主も安心できるはずよね。

 だったらここでの事を終えてから出発すればいい。」

 

 でしょとジェルミの顔を見たミニョは、テギョンの考えを止める事はできない、だからって先に行く事も考えられないと答えたのだ。

 だがジェルミは首を横に振る。

 

 「母は疑い深い人だから、全員一緒だと一致団結してるって考えるに決まってる。」

 「一致団結? してたらいけないの?

 ジェルミは私にテギョンさんと対立する必要があると思ってるの。」

 「そっ そうじゃないよ。

 ただモ教主ならって考えただけだよ。」

 

 ジェルミは慌てて言い直し、ミニョは改めてモ教主の考えを探る。

 

 「・・・・・・名目、って言ったのが除霊の事なら、あの矢を射た人たちは模諜枢教の、」

 「違う!」

 

 ジェルミは大きな声でその考えを否定した。

 だがすぐに言い直す。

 

 「あっ でもそう違わないかも、・・・・・・分からないんだ。

 ・・・・・・最初は絶対に違うと断言できた。

 僕がいるのに矢を射るなんて、あり得ないって。

 だけど・・・・・・ここに来て、ここの様子を見てたら、分からなくなった。」

 

 ジェルミは頭を抱えるような声でそう言い、ミニョもそれを理解した。

 矢は無数に飛んで来たし、ジェルミも危ない状況にいた事は事実で、なによりモ教主がこの状況を招いたなら、ここをジェルミに見せる事はしないはずだと思う。

 だけどと、ミニョの脳裏にもジェルミと同じ疑問が浮かんでいた。

 

 「除霊・・・・・・」

 

 ミニョは呟いてジェルミと目を合わせる。

 二人の記憶にあるモ教主は、ジェルミの気持ちより実益を優先するだろう。 だとしたら、この地の除霊こそが優先であり、例え除霊に失敗して命を落としたとしても、模諜枢教との関わりはないに等しいと思える。

 

 「ミニョ、一緒にここを出て助けを呼んだ方がいい。

 僕たちでは結界を張るのがせいぜいで、このままでは誰にも知られずに消える事になる。

 助けを呼んで伝えないと、僕たちが何をしようとしてたのかを、誰かが伝えないと。」

 

 ジェルミの言葉がさっきのヘイの言葉と重なる。

 

 『あなたを助ける為にテギョンさんが悪霊を除霊する事は仕方がない事なの?』

 

 ミニョの中で渦を巻く不安。

 ジェルミの言うように、助けを呼びに行くのは間違っていないと思う。 光焔の現状も誰かが伝えないとと思う。

 

 『あなたが動けばテギョンさんも動くわ。

 あなたが逃げれば、テギョンさんは追い掛ける、あなたを守る為にね。

 そんな必要なんてないのに、あなたにそんな価値なんてないのに、テギョンさんはあなたを助ける為に悪霊と対峙するのよ。

 それでテギョンさんが命を落とす事になれば?

 あなた、どうやって責任を取るの?』

 

 ジェルミもヘイもミニョに逃げろと言う。

 だけど・・・・・・

 

 「・・・・・・ジェルミ、私は逃げるばかりだったの。

 閉じ込められている事が嫌で斐水を出て模諜に行ったのに、結局、模諜枢教からも逃げる事になって縹炎に辿り着いた。

 縹炎では最初に逃げ出した斐水に戻る事しか考えられなかった。

 逃げるつもりで行動したんじゃなくても、私の行動はいつも逃げるばかりだった。

 でも、もう逃げたくないの。

 ここを出て助けを呼ぶのも、私だけが模諜枢教に行くのも逃げるのと同じ。 私はもう逃げたくない。」

 

 だから行けないとするミニョに、ジェルミは落胆し頭を抱えた。

 今となってはミニョを好きって思いより、ここは危険だって思いの方が強い。

 

 「ファン宗主はミニョが好きだから、ミニョを助けようとしているんだろうけどさ、無謀だとは思わない?」

 「ジェルミ、ファン宗主が私を助けるのは責任感からで、私を好きだなんて言ってないわ。

 無謀なのかはテギョンさんを見てたらわかるはずよ。

 彼は安易に答えを出さない、だからきっと何か考えがあるんだと思う。」

 

 ミニョが真剣な顔で言っている頃、長く眠れないテギョンは、ゆっくりと目を開きしばらく一点を見つめていたが、おもむろに護符を書き始める。

 そしてもう一人、ミニョとジェルミを伺うように見つめるジフンがいたが、彼は声も上げなければ行動もしない為に、誰も気に留めていなかった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

新年あけましておめでとうございます。

 

なんとか三が日に滑り込みセーフであります合格

もっと早くに更新したかったんですが、

僅かなはずのアルコールが集中力を奪ってくれて、

読み返すと支離滅裂な文章になっていて、

断念、お休みなさいという状況でした。

 

それというのも年末に、

ホラーにならないようにとグダグダ考えた結果とも言えます。

この場面、予定ではテギョンが霊を迎える準備をする中、

ジェルミがミニョを呼び出す設定でした。

ミニョを無理やり連れ去ろうとするジェルミを襲うオカルト現象へと移る予定だったんですがね、

さすがにそれは時節柄自重する事にしたんです。

 

死者が生者を招くなんて、問題あるわよね~と思っていたら

元旦から天災や事故が続いて、

開き直って更新しなくてよかったと思いました。

修正にあちこちと悩みましたが、

ジェルミとミニョの今に終始して、少し短いですがまとめました。

そんなこんなで、次回はホラー感が匂う展開となります。

ええ、匂いだけです(多分)

どぎつい描写はありません(たぶん)

でも念の為、苦手な方はごめんなさいです。あせる

 

明日から普通に日常に戻る私には、

これ以上被害が広がりませんようにと祈るばかりであります。

 

にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村