― 風林堂 ―

 

 ミニョと違って、内心の動揺をうまく隠すミナムの心情にシヌは気付いていないようで、フニに促されたからか、特に何かを言う事もなく、殺生門を抜けて百八の石段を降りていく。

 殺生門の結界はすでに元に戻されていたが、テギョンたちも問題なく通る事ができてシヌに続いて下りていく。

 石段にまっすぐに向かった為に気付かなかったが、そこは同じ風林堂でありながら上の様相とは全く違っていて、同じ宗家とは思えない程で、誰もがまず眉を寄せる。

 石段を上がると、そこはとても静かでいかにもこれぞ宗家といった感じだったが、ここはどこかの寄り合いか、それとも道場か、もしくはただの学び舎にも見える。

 多数いる堂徒には、若い者からそれなりの年の者に交じって子供までいる。

 これだけいれば静かな宗家とかけ離れるのは致し方ないと思えるし、彼らは集まって遠巻きにこちらを見ている目が、まるで好奇の目で、なんと言うか高潔とは言い難い、俗世を感じさせるのだ。

 その目に晒されて歩くジェルミやドンジュンも、いつものように背を丸めているジフンからも緊張が感じ取れる。

 彼らは宗家の継承者として尊敬や忖度しようとする目には慣れていたが、このような目は初めてだった。

 対照的なのがフニとヘイで、すました笑顔を浮かべて悦に入ってるように見え、あちらこちらに視線を送るように周りに目を向けていた。

 一方テギョンは、いつもと変わりなく落ち着いている。 

 堂々と前を見て周りに関心がないようで、ミナムはそんなテギョンの横を少し視線を落として歩いていた。

 ミナムが視線を落としているのは、この目を知っていたからだ。

 かつて斐水門の門徒がミナムを見た目に似ていて、それはミナムにとって生汗が出るほど嫌な記憶だったのだ。

 

 「風林堂の修行はここから始まる。」

 

 ミナムは、シヌの声に我に返ったように顔を上げた。

 そこは風林らしく畳敷きの修練場で、何人もの堂徒が数人ずつに分かれて修練を積んでいる。

 先に進むと、机が並べられた座学の間もあり、また弓道場にもつながっている。

 

 「ここで弓や剣と共に礼儀や作法を学ぶ。

 修行を重ねながら法や護符についても見識を深め、霊符を描く事ができるようになれば、本堂での修行が可能となる。」

 

 シヌの説明を聞きながら、テギョンはなぜ堂徒がこんな目で見るのかを察した。

 シヌは言わなかったが、ここに居る全員が風林堂の堂徒になれるはずがない。

 つまり能力によって振り分けられ、風林堂に入れなかった者は配下の宗家に行くのだろう。

 彼らの目に宿るのは妬みや嫉(そね)み、僻(ひが)み。

 中でも妬みは、テギョンがもっとも見知った感情だ。

 

 元来、宗家に名の残す者に、若い者はいない。

 それだけ多くの修行をしなければ、到達できない境界であり、誰もが簡単には手に入れられない境地だからだ。

 最も近いといわれているのが親の資質を受け継いでいるだろう継承者だが、子の全てがそうだとは限らない。 

 その為に小さい頃から修行と教育を受け、才能を開花させた者が継承者となる。 

 だがテギョンの出生は宗家ではなく、どこかの宗家で修行をした経験もないのに、十代という若さにしてその異才と呼ぶに相応しい力が、妬みの対象にならないはずがなかった。

 

 テギョンは、縹炎に行った理由の中に、この妬みが大きく関係していたことを思い出した。

 ただ、今の妬みの対象はテギョン一人に対してではない。

 テギョンは大勢の堂徒に交じってこちらを見ている者の中にいる案内役だった堂徒と目が合った。

 彼は恨めしそうにこちらを見てたが、目があった途端バツが悪そうに顔を背ける。

 彼にしてもテギョンの力量を知った以上、手を出してくることはしないだろう。

 それでも彼はこの負の感情をずっと抱き続ける事になると、冷めた目で嘆息した。

 だがフニは、この宗家の仕組みを書き留めるのに余念がなく、対してジェルミやドンジュン、ジフンは見飽きた顔だ。

 つまり多少の違いはあっても、斐水門も模諜枢教も金鉱教も、大きくは違っていないのだろうという事だ。

 テギョンは何とはなしにそう思った時、少し青ざめているミナムが目についた。

 少し気になったが、昼餉の用意ができたと堂徒が言ってくるとすぐにその場を離れた事から、心配の必要はないだろうと判断した。

 実際、その場を離れさえすれば済む程度で、心配の必要はなかったのも事実だった。

 

 案内されて食堂らしきところに入ると、机の上にはすでに人数分の食事が用意されていて、それぞれに席に着くと隣に座ったテギョンにミナムが小声で「ねっ言った通りだろ。」と囁いた。

 (何が?)とヘイが考える間もなく、ミナムは「食べれる物はある?」と訊いている。

 野菜尽くしの料理に、ヘイもミナムの言いたい事を理解する。

 すると今度はテギョンが小声ではなく「これは何だ?」と訊き返した。

 ミナムが答えるよりも早く、「竹の子で風林の名物だ。」とシヌが答えたから、テギョンの目が異様に歪んだ。

 テギョンの頭にはここに来るまでに見た、あの青々しい緑のまっすぐな竹が浮かび、笹の揺れる音まで聞こえている。

 

 「ファン宗主が見たのは既に成長しきった竹で、これはその前に収穫したものだ。

 竹は繁殖力が強くて横へ横へと根を張る。

 水害を防ぐ事を目的に植え始めて、今では風林の防壁となった竹だが、土から顔を出してすぐの物は食べられる。 

 野菜だけど緑(あお)くはないよ。」

 

 これを聞いてテギョンはシヌをチラリと見てからミナムを見る。

 ミナムがテギョンの野菜嫌いを話したと思ったからだが、それを見てシヌは微かに微笑んだ。

 

 「ミナムじゃなくてミニョに聞いた、ファン宗主は緑色の野菜を好まないって。

 でも風林堂の食事は主に山と畑、土の恵みが中心だから、肉の代わりに胡麻豆腐を用意させた。

 このゆず味噌をつけるとおいしいよ。」

 

 言いながらシヌは、小さな壺から濃い黄金色の味噌を小さな匙ですくうと胡麻豆腐の上に落とすようにして乗せた。

 

 「当時の、子供の口には合わなかったかもしれないけど、今ならミナムにもおいしく思えるはずだ。」

 

 シヌは言いながら、ゆず味噌を乗せた胡麻豆腐をミナムの胡麻豆腐と交換する。

 

 「味覚は成長と共に変わっていく。

 風林堂の記憶も新しくなれば嬉しく思うよ。」

 

 それはさっき知ったミナムの記憶を思っての事だった。

 シヌが優しい笑顔を向けると、ミナムもはにかんだ笑顔を返した。

 風林堂の思い出は決して良いとは言えないが、彼らが悪いわけではない事をミナムも理解はしているのだ。

 面白くないのはジェルミだ。

 許嫁の話は、模諜枢教も風林堂も大差なく、どちらともにミニョの意思はない。

 それでどうにか安心できたというのに、テギョンだけでなくシヌとも仲良くなりそうなミナムを、どうすればいいのか分からなくなったのだ。

 あれはミナムでミニョじゃない、そう自分に言い聞かせても、あんな笑顔を返すミナムを見ると不安や心配が込み上げて来る。

 そんなジェルミの心配をよそに、食事に舌鼓を打っていたフニが声を上げた。

 

 「いや~これはまさに酒が欲しくなるうまさですよ。」

 

 これには流石にテギョンも呆れ顔をしたが、隣でミナムが頷いたものだから、呆れを通り越して思わずその頭を小突いてしまった。

 

 「いたーー。」

 

 ミナムが声を上げるとテギョンは当たり前だって顔を向ける。

 さっきまで寝ていた事を思えば、どうにも言い返す事ができず、ミナムは小突かれたところを擦りながら舌を出して肩をすくめると、愛嬌ある笑顔で許しを求める。

 その笑顔がまたジェルミの心を締め付けた。

 

 昼餉を終え、シヌはまた石段を上がると言う。

 殺生門をくぐりさらに上に行くのだが、宗家に関わりのないヘイだけは、これ以上案内できないと断った。

 ヘイは、部屋に下がると見せかけて姿を消して戻って来ると、木漏れ日が差し込む山道を行くシヌたちを追う。

 

 (本当に行くんだ。)

 

 上へと行く事にミナムは表情をくもらせたが、テギョンを見て大丈夫だと自分に言い聞かせて歩き続ける。

 しばらく行くと、殺生門より一回り小さい菩提門が見えて来た。

 

 「この門はこちら側からは通る事は誰でも可能だが、許可された者以外は逆の、出てくる事ができない。」

 

 シヌが菩提門の前で説明し、テギョンは面白いと思いながら門をくぐる。

 さっきまでの緩やかな足元と違って、険しい中に鐘楼や塔が点在している。

 それを順に案内し、大師堂へと足を向ける。

 

 「ここがこの風林堂の中で一番古い。」

 

 普段は使っていないのか、シヌは入り口を閉ざした大きな錠を開ける。

 それまで閉ざされていた中に、風が入りふわりと埃を舞い上げた。

 年代を感じさせる壁や床の色が、瞬く間にテギョンたちを古い時へと連れ去っていく。

 外観もそうだったが、内側も華美とは無縁の、清廉な静寂が息吹いていた。

 テギョンたちが静かに見学していると、突然シヌがミナムに話しかけた。

 

 「ミナム、ここなら模諜枢教も手出しできない。

 それにコ門主に来ていただく事もできる。」

 

 何を言ってるんだとジェルミが振り向き、姿を消してついて来たヘイもこの展開を注意深く見ている。

 テギョンとドンジュンが何も言わないのはミナムの返事を待っての事だが、そのミナムは何も言わずに視線を落としたままだ。

 

 「本当に斐水門に戻るつもりなのか。」

 

 重ねてシヌが訊き、どういう事だとテギョンの眉が動く。

 ジェルミもどういう事?って顔でミナムを見つめ、ジフンは俯き加減だが目だけを動かしてシヌとミナムを交互に見ていて、フニは何か言いたげに口をもぞもぞさせていたが声にする前にミナムによって遮られた。

 

 「戻りたくないと言わせて、またここに閉じ込めるの。」

 

 暗い顔の奥に僅かにだが怒りが感じられる。

 

 「風林堂もミニョを閉じ込めていたの。」

 

 ジェルミは模諜枢教の事は言えないじゃないかとばかりに言い立てたが、それを無視してシヌはミナムに近づいた。

 

 「あの時も閉じ込めた訳じゃない。

 守ろうとしてした事だと分かっているだろう。」

 

 感情を高ぶらせることなく落ち着いて言うシヌに、ミナムは皮肉な笑みを浮かべる。

 

 「守りたいのは僕? それともミニョ?」

 「ちょ、ちょっと待って、それって・・・・・・もしかしてだけど、ミニョを連れ戻したい・・・・・・つまりミニョが好きって事?」

 

 ありえないって顔でジェルミがシヌを問い質し、ミナムは怪訝な顔でジェルミを見たが、すぐにまたシヌへと視線を戻してため息をついた。

 

 「ヒョンニムが僕を守ってくれる。

 だから明日にはここを出て行く。

 心配してくれてるようだけど、斐水門にも長くいるつもりはないよ。

 分からないけど、僕はいつだって最後になるかもしれないんだから、コ門主にも挨拶をしておかないと、一応父親だからね。」

 「ファン宗主と行くつもりなのか。」

 

 これには本当に驚いたようにシヌは訊き返し、ドンジュンが止めに入る。

 

 「一緒にって言ったら模諜枢教にも行く事になるんだぞ。

 やっとここまで逃げて来たって言うのに、本気で言ってるのか。」

 「まさか、縹炎に行くつもりなのか。」

 

 掠れたシヌの声が驚きを含んで問い質す、だが答えを待つことなく言い換えた。

 

 「ファン宗主が守るのは縹炎で、ミナムじゃない。」

 「俺がコ・ミナムを守ると約束した。」

 

 ミナムではなく、テギョンが口を開いた。

 だがシヌは、耳に入らなかったように続けて言う。

 

 「ミナムは寝てて聞いてないだろうけど、縹炎は化け物もいるような所だぞ。」

 

 それを聞いてもミナムは黙り続け、代わりに口を開くのはテギョンの方だ。

 

 「縹炎は住む所のない者が流れ着く場所だ。

 どこへ行くかは周りが決める事ではないし、風林堂が決める事でもないだろ。

 斐水門とミナムには問題があるようだが、ミニョは父親に会いたがっていた。

 子供じゃないんだから、その後でどうするかを決めるのはミナムだが、斐水に行って話す事の何が問題なんだ。」

 

 違うか?って顔をして、テギョンはさらに続けて言う。

 

 「どうやら縹炎の化け物が気になってるようだが、実際に見たのは俺だけで長年住むフニでさえ見ていない。

 今もいるか分からない物が気になるなら、今の問題を片づけた後で探しに行けばいい。

 俺としてはいっそどこかの宗家があの地を開拓して、新たに都を作ってくれても一向に構わないんだ。

 ただし縹炎の水問題には斐水門の力が必要だ。

 まぁ確かにここに比べれば住みよい所じゃないが、べつに永住しろという話でもない。」

 

 その言葉の意味するところが、どこにあるかは分からないが、こんな事はあり得ない事で、フニはテギョンに目を凝らしたが、テギョンにいつもと違う様子は見受けられない。

 シヌにしてもテギョンが言ってる事に間違いは見つけられず、理屈で言えばその通りだと分かっていた。

 ただ、分かっているがこの問題がそう簡単に解決するとは思えない事が問題なのだ。

 

 「考えるよりも行動、僕はヒョンニムと行くよ。」

 

 これにはジェルミにドンジュン、そして姿を消してはいるがヘイもあんぐりと口を開けて驚く中、フニが諸手を挙げる。

 さらにその手を動かして「まあまあ。」と言ったあとで、勿体付けた咳払いをしてその場を収めようとしたのは、自分こそがテギョンの一番の理解者だと自負しているからだ。

 

 「親子に確執と言うのはよく聞く話ですし、ミニョさんは女ですがミナムさんは男なわけで、選択が違うのも理解できます。

 それにミニョさんが縹炎宗に身を寄せた時と比べて、状況は違って来てるわけですからね、考えが変わったというより状況に応じて対応しているという方が正しいと思うのですよ。」

 「対応?」

 

 ミナムの考えなどどうでもいいが、ミニョの気持ちを振り向かせたいジェルミは、テギョンを選んだミナムの何が正しいのかと思う。

 

 「分かりませんか?」

 

 フニは驚いた顔で訊き返した後で、「斐水門には継承者のドンジュンさんがいるじゃないですか。」と続けた。

 

 「ミナムさんにどれほどの能力があるといっても、半分はミニョさんな訳ですから、斐水門ではその力も発揮できないわけですよ。

 でも縹炎宗なら違います。 世の為人の為、斐水門の力を思う存分使う事ができます。 急ぐ事もありませんしね。

 勿論ミナムさんとしては、ミニョさんを助けた縹炎宗に常々恩を感じていたのでしょう、旅の間も何かとミニョさんを助けて来た宗主ですからね。

 はっきり言ってしまいますとね、この判断はミナムさんの縹炎宗への恩返しなわけですよ。」

 

 フニが出したこの結論は、自信満々の顔で語られ、(そうなんだろうか?)(本当に?)と言った疑問を残しながらも、考えられなくもないと受け入れられた。

 

 

 

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今日も今日とて遅くなりましたあせる

昨夜、マンションの管理組合会議がありまして、

私も理事なもので(二年間の限定)その会議に2時間あせる

(いつもは1時間ほどなのに昨夜は2時間)

だから昨夜は夜中の2時まで頑張ったんだけど、

その時間になると、目は何度も同じ行を読むし、

なにより思考力が低下するんだわ、永遠の二十歳なのにあせる

残りは明日と寝たんだけど、

今日が祭日だって事を忘れていたのよ。

休みの旦那があれこれ話しかけてきて、

全く進まなくて、遅くなってしまったの。

 

ここまではザ言い訳です笑い泣き

 

お話の方はシヌの本心まできました。クラッカー

本心って言っても、好きって告白する訳じゃないんだけど、シヌにとっては告白のようなもの。

シヌは斐水門で何があったかを少しばかり知っているから、

テギョンと同じでミニョを守る事を使命のように思っていて

=好きキューンなんだけど(なにしろ彼は木ノ神)、

これはテギョンも同じ感じね(鈍感だけど)。

今回も長くなったけど、

前回までと違ってエピソードを3つぶっこめたわ。

 

風林堂でのエピソードもあともう少し、

ミナムがミニョに戻る時が近づいてるわ。 

(って、斐水にいってからの話なんだけどねウインク) 

 

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