ー 天界 天浄宮 ー

 

 水神の娘が亡くなって、天浄宮では天尊が水神と話していた。声を潜め、周りにいる者を人払いしての密談といってもいい、

そこに、火神がやって来た。

 

 火神は水神に、娘を失う事になったのは自分の責任だと謝罪する。

 だが水神は、火神が謝るようなことではないと言い、天尊も火神の責任ではない言う。

 

 「これがあの娘(こ)の運命(さだめ)だったのだ。」

 

 水神の呟きに、火神は、水神を静かに見つめるばかりだ。

 

 太古からの神である三人は、必要以上に嘆き悲しんだりはしない。

 諸行無常・是生滅法・生滅滅已・寂滅為楽(しょぎょうむじょう・ぜしょうめっぽう・しょうめつめつい・じゃくめついらく)が常だからだ。

 ただ、それでも天浄宮の荘厳な空気は重さを増してはいた。

 

 「火神、謝罪の為に、ここに来たのか。」

 

 天尊が、沈黙を消し去るように声を掛けた。

 

 「あ いいえ、・・・実は少し気になることが・・・・・・」

 

 火神はもう一度水神に目をやってから、その視線を天尊に戻して答えた。

 

 「魔はどこにでも現れるもの、ですがあの山は神域。

それにあの森は神奈備(かんなび)として、常世(神の世界)と、

現世(人間界)を隔てる結界が張られた場所。

 となれば、妖獣に限らず、魔が易々と入り込める場所ではないはず。」

 

 火神の言葉に、水神と天尊が目配せの後で、その目を火神に戻した。

 それで十分火神には伝わったが、水神はあえて言葉にする。

 

 「あの山には、魔を召喚した者がいる。」

 

 その口調から、すでに目星がついているのかと、火神が目を細めた。

 

 「すでに調査を命じてある。」

 

 天尊の言葉を聞いて、火神は頭を下げた。

 ここに来たのは調査を願い出る為であって、その目的は果たされている。

 これ以上、火神が口を挟む筋合いではない。

 だが頭を上げた火神は、下がろうとはせず、水神を見た。

 

 「まだ何かあるのか?」

 「・・・・・・木ノ神の容態は? 山神は?」

 

 水神に問われて、訊き返した火神は思うところがある顔だ。

 

 「・・・・・・一命はとりとめた。 だが、寿命は尽きるだろう。」

 

 水神の返答に、火神はゆっくり、そして大きく頷いた。

 それから去ろうと背を向ける。

 だが、その足を止め、少しの間考えてから、振り返ると再び水神を見た。

 水神が眉を寄せて見返す。

 このように奥歯に物が絡まったような火神は、見た事がないと言っていいからだ。

 

 「・・・・・・あの時、私が放った火を消しながら、あの娘は何か叫んでいた。

 何を言っていたのか知りたいのだが。」

 

 躊躇っていた火神だったが、聞くと決めれば迷いはしない。

 ならなぜ訊くまでに迷ったかというと、水神が訪れた時には、娘は散る直前であったからだ。

 その叫びを聞いたのは山神であったし、もとより、山神に訊くつもりだったが、木ノ神同様、山神も怪我を負っている。 そこで水神に訊いてみたのだ。

 

 なのに水神が戸惑いを見せた。

 明らかな動揺を感じ取って、火神は無言のまま、水神に向かって一歩を踏み出す。

 

 そんな火神に、水神は意を決めたようにまっすぐに見返した。

 火神もそこで立ち止まり、お互いの視線を交わらせる。

 

 「・・・・・・・・広がる炎を鎮めようとする娘を、山神は止めようとした。」

 

 火神から視線を外して水神が話し出す。

 

 「傷を負った身体で術を使う事は危険だと、山神は言ったのだ。

だが、・・・・・・娘は聞かなかった。」

 

 (なぜだ。)

 

 ほんのわずかに眉を動かす事で火神が問う。

 水神は、心を決めるように大きく息を吐きだすと、火神に戻した視線をまた逸らした。

 

 「・・・山が死ねば、・・・・火神が悲しむ。」

 

 それが最後の言葉だろう事は、火神にも分かった。

 握っていた手にさらに力を入れ、視線は遠くへと動いて落ちる。

 

 火神は、何も言わずに戻って行った。

 

 水神は、娘を人間に転生させた事を、最後まで火神には言わなかった。

 

 「これで、火神と娘の縁は切れる。」

 

 火神を見送った後で、水神は天尊にそう言った。

 

 娘の最後に間に合った水神は、散りゆく魄(はく)の欠片を、乾坤袋(けんこんふくろ)に拾い集めたのだ。

 神魂を失い神としては生きられないが、人間への転生はできる。

 

 ただ、神でなく人間となれば、水神との縁も尽きるが、幸せであれと、見送ったのが数刻前の事で、どこに転生するかは、知る由もなかった。

 

 「残る問題は、魔である妖獣を召喚した者の証拠だな。」

 

 天尊は、去って行った火神の方に視線を向けたままで、水神に答えた。

 

 

ー 人間界 川辺 ー

 

 ちょうど人間界では、貧乏だが心優しい夫婦が、捨てられている子を抱き上げていた。

 

 「いったい誰が?」

 

 辺りを見回しても、悠々と流れる川だけで、捨てたであろう者は見当たらない。

 

 水かさが増せば、水にのまれるやもしれぬ川辺、夫婦は、そこにもう一度赤子を戻す事ができずに、連れ帰る事にした。

 

 だが、家といっても、葦(よし)を編んで壁にしたような小さな家で、夫婦二人でギリギリの生活である。

 だから、赤子の世話など出来るのかとの不安もあった。

 

 それでも夫婦は、赤子を贈り物と喜んで、水辺で見つけた事から、『沙汀(サティ)』と、名付けて可愛がり、精一杯の愛情を注いで育てるのだった。

 

 

 

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水神の娘(いちおう神様の端くれ=小神)が、

人間、沙汀に転生したところで、

神様のお話、第一章が終わりです。

 

といってもまだ神様は出てくるんですけどね。

 

そして、沙汀が川に捨てられていたとしましたが、

頭の映像だと、空間からそこに突然現れたってイメージです。

生みの親がいるわけではないのです。

つまりこの転生自体が特別なものなわけです。

 

それと、この人間界の時代背景は、古代です。

古代で川といえば、文明が開化する場所、

もちろん水神の娘でしたから、水に近いと言う意味もありますが、

ここは人が集まる場所として選びました。

 

水辺ならば、人が来て見つけられる可能性が高いという幸運設定でもあります。(そんな感じじゃないけど)

 

あとね、出てきた言葉について補足しておきます。

まずは、娘を失った時の心境をどう表そうかと悩んでお借りした涅槃経のお言葉です。

諸行無常・是生滅法・生滅滅已・寂滅為楽

意味は《諸々の因縁でつくられたものは無常である。

生じては滅びるものであり、生じては滅びる。

それらの静まることが安楽(覚り)である。》

ここから悲しみを前面に押し出す事は避けました。

 

そして神奈備、

これは神の宿る場所って意味があります。

 

天界はまんま神の住処だけど、

山や海は人間界=現世(うつしよ)にありながら、

常世(とこよ)=神の住処なわけです。

(なので、私的イメージは別次元、

 神と人間は同じところにいるけど交わらなといった感じ)

 

ちなみに、この常世や現世は、日本神話に出てくる言葉です。

 

ですが、神様の持ち物として書いた『乾坤袋』は、

神仙ドラマからお借りしてきました。

    

 

乾と坤は天と地の意味を持っています。

袋の中は異空間になっていて、なんでも入るという代物です。

 

それこそ大きいものは小さくして収納できる、

某アニメの、異次元ポケットの袋版といったところでしょうか。

もしくはマジックなんかで、

トランプやら鳩やら兎なんかが出てくる、

筒のような袋でも構いません。ウシシ

 

1回しか出てこないはずだし(ええ、多分あせる

最初は単に袋としていたんですが、

ただ神の使うものなのに袋では重みを感じない。

袋=ビニール袋が浮かんでしまう、

ということで、箔付けもあって、

名前をお借りすることにしたというわけです。ポーン

(日本神話や仏教用語をざっと見ても、

 これに該当する言葉を見つけられなかったの)

 

そしてその袋で回収したのが魄(はく)。

この魄とは魂のことです。

 

つまり魂には二種類あって、

私たちが良く使う魂(精神)は神魂の方です。

精神である神魂は昇華して、

肉体を司る魂、魄(はく)が残った。

人間の死と同じです。

 

違うのは、残った魄はやがて塵となって霧散するってところ。

なので散る前に回収したわけです。

 

なるべくわかりやすい言葉でと思っているんですが、

流れを崩さず、天界らしさを感じていただきたくて、

だけど説明っぽい文章にならないよう、

魄とか坤とか聞きなれない言葉を使いました。

 

意味不明で読みにくいかもと思ったんですが、

神様の話って感じが伝わればいいので、

軽く読み流して頂けたらと思います。

 

ええ、一章はこれで終わりですから、仏教用語、神仙用語はぐっと減るはず。

ただ、一章は三日おきに更新したのですが、

次回の二章から、水曜と土曜の行進となります。

なので、三章は週一になりそうですえーん

 

もうね、三日でできる事って、一話をノートに書けるかどうかって程度なんですよね。

最近、ネットワークの接続が不安定で、3日連続で突然落ちてくれて、打ち込んだものが保存できないを繰り返してます。

二章は入力済みになる予定だったのに、二章のラストはこれから入力し直しです。

さらに三章をノートに書くのと、入力を考えると、

絶対まったりペースになりそうで、

ホント遅筆でごめんなさい。

 

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