本牧読書日記。ジェームス・M・バーダマン「地図で読むアメリカ」
・アメリカの今と未来をとらえる注目の10地域 (朝日新書)。
早大名誉教授の著者と朝日新聞出版の発刊なので期待したが残念ながら100%満足とはならなかった。
理由は学術色が乏しかったから。ただ、全米を10のエリアに分けて解説する着眼点は実際的だ。
アメリカは多民族で多様で広大である。だから地域的・文化的共通項を多く持ったいくつかの州が大きな地域を形成していてそれらの集合体とする国家観が有効。日本でいえば「関東圏」とか「近畿地方」とかのエリアが持つ意味が大きいのだろう。それは分かる気がする。ただ著者の区分けは行政区分ではない。従って同じような着想で区分けした場合のテリトリーとネーミングとは多少の差異はあるだろう。
本書での10の区分けは画像を見て貰いたい。東海岸から
①ニューイングランド(紫色) ②メトロポリタン・ニューヨーク(ピンク) ③アパラチア(薄グレー) ④サウス(緑) ⑤インダストリアル・ノース(茶色) ⑥ハートランド(青) ⑦アウトウェスト(赤) ⑧パシフィック・ノースウェスト(濃グレー) ⑨サウスウェスト(薄茶) ⑩本土外(アラスカ、ハワイ)。の区分である。
著者は冒頭に述べている。「ニューヨークやカリフォルニアを訪れてみても、それはアメリカのほんの一部を見たに過ぎません」と。全くその通りだろう。
まして二回の短期間夫婦旅行を経験しただけの僕がアメリカを語るなんて余りにおこがましい。
この区分け図を見て先ず連想したのは、大統領選におけるブルー(民主党)、レッド(共和党)、スウィング(勝敗決定州)の「ステート分け」である。そこで今回はこのブルーとレッドを織りまぜて、本書を読んでのごく一部の地域の「印象」だけを雑記風に記してみようと思います。
先ず注目したのは⑥ハートランドである。画像では青色だが政治的には「レッド」。
ミシシッピ河からミズーリ河流域の広大な平原。トウモロコシや大豆の農地が広がる。西に進むと標高が高くなり小麦は栽培されるが主に放牧の地となる。だから作業者は東側では農業機械会社や肥料メーカーから無料配布される野球帽を、西側では牧畜のカウボーイハットをかぶっているという。
ドイツ系・スカンジナビア系が多く、ある程度の農業技術を持った層が移住してきた。外国生まれの住民の割合は僅かに3%。この地域で話される英語は「標準アメリカ英語」といわれている。
この記述から「ハートランド」と名付けた意味が分かる。アメリカ人の「心の故郷」なのだ。
「Oh,give me a home where the buffalo roam……」「峠の我が家」は民謡でカンザス州州歌だ。
ここで思ったのは明治期の宣教師や女子教育者達の清廉なアメリカ人と、主に東海岸知識階級から得た公正で信頼できる人々のイメージ。これらの人々は現在は「ブルー」だけれど元々は「レッド」が多かった。南北戦争以後からそれが南北逆転したという歴史だ。この事は他の米国史の本で知った。
だから東海岸からフロンティア・スピリッツを持って西に向かいハートランドに定住した「レッド」の人々と東海岸に残った人との根は共通なのだ。自主独立、束縛を嫌い「自由」を求める誠実な人々。
ここでは「ブルー」も「レッド」もない。まさしく前回書いた「僕のアメリカ人」そのもののように思われる。これこそが最も強調したい点だ。
ハートランドの更に西、ロッキーとそれを越えた⑦アウトウェストの地域。
地下資源に恵まれ山岳地帯の雄大で圧倒的な自然美はあるものの、全体的には寂漠と人口稀薄な「ワイルド」なエリア。地図では赤。政治もレッドが優勢。
⑥ハートランドと⑦アウトウェストの合計面積でアメリカ本土の半分を越える。
改めてアメリカの「広大さ」を認識する。きっと多くの人々が飛行機上から見るだけの地域だ。
次に広いのは④「サウス」。ここは人種問題でずっと複雑だ。
P116「南北戦争後黒人奴隷は解放され投票権が付与された。しかし彼等は同時に自分たちの生計を立てる方法を模索しなければならなかった。手に職を持つ少数者を除けば近隣の町には雇用機会がほとんどない。南部で働き口が見つからなければ、北部に職を探しにいくしかない。しかし北部の都市に行ってもまともな職を見つけることはできず、黒人ゲットーで極貧の生活に甘んじざるを得ない。結局、解放された大多数の黒人は以前奴隷だった農園に戻り、小作人の立場で働くことになった。しかしそれも1940年代以降は農業の機械化により働き口そのものを失ってしまったのだ。これが現在黒人人口率の最も高いのがワシントンD.C.(50%)という驚くべき数字(2位はミシシッピ(37%))3位はルイジアナ(32%)に反映している」。
いずれも貧困にあえぎ公民権運動で改善される一方で、アファーマティブ・アクション等で「プア・ホワイト」の反感も増大するという周知の「現実のアメリカ」に帰結しているのだ。
「プア・ホワイト」は⑤「インダストリアル・ノース」で顕著だ。
元々はハートランドと同様の豊かな農作地帯だった。エリー運河建設など立地条件の整備がなされ19世紀後半末からアメリカの心臓部たる一大工業地帯となった。しかし20世紀も後半になるにつれて日本や中国・韓国等との製品コスト差など、グローバル経済拡大での生存競争の結果、製造業が衰退して失業者続出。治安も悪化。寂れた「ラストベルト」となってしまったのだ。
この地域では共和党化が進んで「スウィング」ステートとなっている。
24年大統領選での「スウィング」は、ペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガン(以上インダストリアル・ノース)とジョージア、ノース・カロライナ(サウス)とアリゾナ、ネバダ(アウトウェスト)の7州。元々「レッド」っぽい州も含むが、16年には「ブルー」もあったこれらの州が全てレッド化したのがトランプ勝利の決め手であったのだ。
元はといえば良識市民から「馬鹿にされていた」泡沫トランプ。16年選挙時の米国で「反エリート感情」があれほど強かったとは思ってもいなかった。24年では民主党の弱さもあってトランプ圧勝。
28年に民主党は反撃できるだろうか?党内左派が強くなればより難しくなるような気もする。
コロラド河に多くを依存する⑨「サウスウェスト」はヒスパニックが多く不法移民問題で話題にされるが、反面では安い労働力を利用して次第に変貌している。
更に注目すべきはヒューストンを中心としたテキサスである。世界のエネルギー資本(石油)の一つの拠点であり、医学、エレクトロニクス、宇宙工学、金融面で顕著な発展を遂げている。
実は、本書では全米各地での先端企業のみならず物流効率改善のシステム整備など、地道で基礎的な経済基盤の再構築についても多くに触れている。雇用率向上も報じられている通りのようだ。
残る①ニューイングランド②メトロポリタン・ニューヨーク⑧パシフィック・ノースウェストは省略する。既に日本では極めて知悉された地域であって今さらに追加する意味がないからである。
⑩アラスカ、ハワイも省略する。③アパラチアは前回のブログで書いた。
それよりも強調したいのはトランプの悪評に眩惑されてアメリカの「実力」を見誤ってはならないことだ。いくら中国が追いかけているからといっても金融力を含めた「国富」の規模と質が段違いである。
ディジタル・テクノロジー、宇宙開発などの先端技術、続出するテック企業の活力。世界中の優秀頭脳が集まる「魅力」を独占するアメリカ。対して彼等があの中国に向かう「魅力」はあるだろうか?
「2050年の世界」(24年10月ブログ)が指摘する「少子高齢化でも新しい血を導入しない中国の限界」。元々共産党と軍部が支配する「全体主義強権国家」には経済成長につれて「矛盾」が噴出する。
国内的にそれらを押さえつけたって「そこまで」だ。一時的に「世界一」になったって内外共に「人々を近づける魅力」がなければその点でも「そこまで」だ。残るのは「下り坂」だけだ。
(ただし、だからといってシュリンクしていく日本が中国とも良好関係を維持しなければならないのは当然であり、これは別の論点だ)。
アメリカには貧富格差、多民族軋轢を始めとして解決困難な問題が山積している。
でも中国との大違いは何といっても選挙制度を持つ「民主主義国」なのだ。
冷静に考えてみれば、大統領選の4年ごとに繰り返される「ブルー」と「レッド」の変遷。これも「弁証法的展開」の歴史の流れの一類型に過ぎない。
もっと巨視的に見れば現在進行中の「新帝国主義」ともいえる「強権国家間の角逐」だって同様だ。
そこで歴史が終わる訳ではない。その行く末を僕は見ることはできないが「歴史は繰り返す。ただし以前とは姿を変えて現れる」のである。
2回続けた「アメリカ」の後、次回は別の分野の本にしようと思っています。
