前稿では余りに煩雑な用法(例えば難解な仏教用語に由来していて、もっと分かりやすい表現で置き換えられるような単語や用法)は死語化して「文化・学術的に」残したらどうかとの考えを記した。実用的な言語生活、既に若い層の諸君はそうした姿勢に移っていて、これはごく自然なことだと思う。しかし少々気になる逆行現象もある。そのひとつは子供の名前のつけ方である。
子供の命名は親としての様々な思いと希みがあるし、それを最優先にするのは当然のことである。しかし名前は実用性も大切。万葉仮名風読みはまだしも、どうしても正しく読めない命名がなんと多いことか。そうした名をつけられた子供達はこれからの長い人生、どれだけの回数自分の名を尋ねられ説明していくことになるのだろう。僕は以前社会保険庁の年金ミス問題にかかわりあったことがある。その中でかなりの割合が名前の読みの不一致ミスであった。同じような不都合が無数に生じていく懸念がある。
戦後、文化・教育施策として真っ先に取り上げられたのは漢字制限と当用漢字。それが全て正しいとは思わないが、複雑な漢字のための日本人のエネルギー・ロスがいかに大きかったのか痛感しての改革であったのだろう。ローマ字化論など戦前から幾つもの試みもあった。これらは「歴史から学ぶ知恵」なのである。決して逆行させてはならない。
名前の問題はそれとは少し違うが煩雑さを増す点では同じ。日本の姓は世界一多いと言われる(それを話題にしたTV番組がある程)。更に名まで多種となり、加えて直ぐには読めないクイズみたいな名ではロスは倍加する。ビジネス初対面名刺交換で話題になる程度の効用はあるにしても、とにかく日本人は姓名にこだわりすぎではないだろうか。まるで水商売で源氏名にこだわるみたいに。
逆に合理を目的にしながら裏腹の結果になったのが町名の合併変更である。僕には馴染みの市ヶ谷には旧い町名が残された。加賀町、佐内町、鷹匠町、砂土原町、納戸町、払方町、二十騎町、箪笥町、山伏町…。変えられなくて本当によかった。弥生町がなくなった本郷の人達の嘆きがよくわかる。僕が当時の行政側の人間だったら恐らく推進派だっただろう。人間の浅はかさとは思いたくない。しかし結果としては浅はかさだったのだ。スマホで簡単に地理検索できる現在では、伝統の町名を変更したメリットはどこに残っているのだろうか。人智の及ばぬ歴史の深さである。このように名前ひとつをとっても本当に難しい問題である。
言葉の歴史で信じられないのは、当ブログでも書いた「インド・ヨーロッパ語族の祖語があった」との事実。いつ頃かは判然としないが、とにかく一万年に満たない何千年か前には祖語があり、それが急速に今現在の広範・多様な言語群に拡大したとはビックリ。全世界の言語は三千種位だろうか。それ以上の数の絶滅言語がある。それぞれ「祖語」があるとすれば言語こそ「多様化」の見本みたいなもの。それだけ人類の生存に密着した、人間の「生」そのものと言えるのではないだろうか?まさに「始めに言葉ありき」である。
再三書いたが日本語の変化もきっと落ち着くところに落ち着いていく。僕は決して悲観していない。若い男性が「おうち、お肉」と連発すると気持ちが悪いが「中性化」という社会的動きの背景があるのだろう。促進されるのか廃れるのかどちらでも構わないと思っている。でもそう思いながらも気にしてしまうのも「言葉」というものですね。「や(止)むをえ(得)ず」を「やむ、おえず」とあたかも(追う、負う)がごとき発音も時折聞く。数日前埼玉県知事の発音がそう聞こえたので耳を疑った。そして童謡「赤トンボ」で「負われてみたのは」を「追われてみたのは」と思っていた幼き日を思い出した。社会の幼稚化でなければ幸いである。


政治家の「みぞゆう」も「他山の石」も思い違いは仕方がない。公式の場だったのは恥ずかしいが「学術会議問題」にダンマリをきめこむよりはずっと愛嬌があると言わざるを得ない。
新聞広告で偶々見かけて読んでみた本書。言葉については誰しも思うことは多いのでしょう。いつもより当ブログを読んでくださる方が多かったように思います。