本牧読書日記。和田光弘「アメリカ合衆国史(1)19世紀初頭まで・植民地から建国へ」(岩波新書)。
朝日新聞書評でアメリカ合衆国史(4分冊)が刊行されたことを知り、今回から4回に分けて記載します。岩波の企画は今回の大統領選で露呈した第一先進国にあるまじき混乱がその契機であろう。考えてみれば近世史、近代史の中でアメリカはもはや歴史の浅い国ではない。しかも日本人にとって最も身近でかつ受ける影響の強い国であり文明である。でもその歴史について我々はどの程度知っているのだろうか?僕は第一冊目の本書を読んで無知に近い自分を発見して我ながら驚いた。以下点描的に記してみる。
先ず画像の独立直前の建国13州の地図を見て下さい。マサチューセッツからジョージアまで恐らく日本と同じくらいの総面積だと思う。そんな時代の話です。元々植民地は17C初頭の社会契約入植地から特許状に基づく自治植民地、領主植民地があったが、経営困難もあり18Cには王領植民地に統一されていく。移民植民地であるから当然英国帰属意識が強く「忠誠派」が多数を占めていた。アジア等の植民地と違ってウォーラーステイン流に言えば「辺境」ではなく最初から「半辺境」であり、ヒト・モノ・カネの全てにおいて大西洋をはさんだ経済圏に属していた。しかし次第にアメリカで生まれ育った世代が多くなるにつけクレオール化(アメリカ化)が進んでくると英国との関係が変化するのも当然の現象である。特に英・仏戦争(7年戦争)でフランスをカナダに駆逐してからは、英国がそれまでの「有益なる怠慢」(自分達に利益さえもたらすならば緩い統治で構わない)から強引な植民地政策に転じたため、対抗して「代表なくして課税なし」のスローガンのもと反英運動が高まりついに武力衝突となる。憲法発布までの約25年間、ボストン茶会事件、独立戦争、独立宣言など、この間の経過はよく知られているアメリカ独立革命の歴史である。確かに啓蒙思想を実現した共和政治の発足であり、フランス革命その他に及ぼした世界史的意義はまことに大きい。
しかし何しろ初期の合衆国は「States」の単なる連合体であり、我々のイメージする国家=国民国家とは相当にかけ離れた状態で統合していくのは苦難の道筋である。不満案件があれば大陸会議などをボイコット欠席してしまうメンバー達。それぞれが個性の強い「State」なのである。だから研究者や本書は「連合諸邦」とその実態を表現している。ワシントンなど優秀な領袖の奮闘がなければ瓦解していたかも知れない。現に西方への進出は連邦政府の所轄にしていなければ、各々が勝手に平行線的に進出して奇妙な短冊状の州の形になっていただろう。連邦直轄にしたお陰でテネシーや五大湖周辺は準州から州へと順調に昇格していった。
僕の既読本でコリン・ウッダード「11の国のアメリカ史(上・下)」(岩波書店)という大変面白い本がある。米国の11の文化圏について述べている。その内タイド・ウォーター(名称由来は不明。チェサピーク湾に関連しているのかも知れない)というチェサピーク湾岸のメリーランドやヴァージニア北部、米国東海岸北部と南部の境目の地域(首都ワシントンもこの地に定められた)での少数奴隷を所有するタバコ植民地圏がある。本書によれば独立運動を牽引したのはこのタイドウォーターの人々でありワシントンやジェファーソンは正にこのタイドウォーターに属していた。従来規範と考えられていたニューイングランド(11の中の「ヤンキーダム」)はむしろ例外であったと見なされるとのことである。これだけ独立性の高いStatesをまとめたのは何か?僕の私見だが独立戦争の義勇人民軍(住民軍と呼んでよいほどのグループ。よくこれで訓練された英軍に勝てたものだ)に参加したスピリッツだったのではないだろうか。軍を出し戦って初めて一人前という「武」の気風。これは今に及ぶアメリカの伝統かも知れない。市民個人の銃所持の許可にもつながっているのだろう。
さて、もうひとつの画像を見て貰いたい。1803年のアメリカ。濃い色は米国版図。同じ位



の面積の薄い色の地域(ミズーリ川流域、オレゴン近く迄)の地域は何とフランスから1500万ドルで購入した「ルイジアナ」。戦費の欲しかったナポレオンの申し出だそうである。ビックリ!ロシアから購入のアラスカは知っていたが「ルイジアナ」は初耳だった。その他個人名ではジョン・スミス、ポール・リヴィア、ベッツィ・ロス、決闘に倒れたハミルトン等、米国国民だったら小学生でも知っている人物の一人も僕は知らない。フィラデルフィアでベッツィ・ロスの家の案内板に「誰、この人?」と見る気は起きなかった。これ以上書くのは恥ずかしいのでやめるが、僕は特殊な例ではなく恐らく平均的日本人の水準だろうと思う。ことほどさよう(so…that…の明治期邦訳だそうだ)アメリカは我々にまだまだ遠い国であり冒頭の岩波の出版意図もそこにあったのだと思う。
本の表紙は2冊目と同じなので地図2枚の画像に代えました。