少しずつブログを書いていこうと思っていたのに、色々思い出していたらジャンジャンかきたくなってきちゃった
私が地元の福島に戻ったのは2011年1月末。
すぐに就職も決まり、娘の幼稚園の入園手続きも済ませ、
私はフルタイムで働いて、娘は4月から年中クラスでの入園、延長保育の申し込みもして、
入園準備のバックやらポーチやらを作っているところだった。
忘れもしない2011年3月11日。東日本大震災。
私達は引っ越しをして1か月半で、家と全財産を失った。
その後は、家に戻ることも許されず、親戚の家を転々とする日々。
車は無事だったけれど、ガソリンも入れられなかったし、この時の移動手段は徒歩しかなかった。
たくさん歩いた。足も痛かったし薬もなかったけど、歩いて空いているお店を探すしかなかったから。
でも、気が張っていたせいか足の痛みもそんなに気にはならなかったような気がする。
親戚の家を転々として少し落ち着いた頃、福島に戻る前に住んでいた東京で被災者の受け入れを始めたとの情報を聞き、東北道が通行可能になったと同時に、当時避難していた仙台から上野までの高速バスの申し込みをした。
その後、無事に抽選に当選し被災者向けの住宅に入ることができた。
そして、また東京でお世話になっていた、某大学病院にお世話になることになるのです。
担当医もびっくりしてましたね(笑)