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最初に断っておくと、発達障害者(ASD)を知ったからといってサポートの義務などない。

障害を正しく理解するということと、それを受け入れたり助けたりすることは別だからだ。


「無い袖は振れぬ」と言う。お金はなければ出せない。
同じように、心に余裕があって初めて人に優しくできる。人を思いやれる。
だから、まず余裕がなければ出来ない。

発達障害の行動原理がわかっても、イライラするものはするし、迷惑なものは迷惑。
すべきと出来るはすぐには一致させられない。

また、あなたに心労をかけてまで労りを要求する人は、あなたのことなど思っていない。
そんな人を助けなければいけない道理もない。


最初の一歩として大事なのは、この障害ゆえに出来ないことを当事者に要求しないこと。

これが一番難しいかもしれない。
障害だとは中々信じられないし、諦めもつかないから。

でも、発達障害が、定型にわかることがわからないとか、定型が出来ることが出来ないというのを、悲しいと思うのは定型の傲りだと思う。
発達障害の中には、定型の世界を知らない人、知りたくもない人がいる。
そんな人に、定型のコミュニケーションや社会性を教えても、定型に付き合わせてるだけ。
発達障害の側には何のメリットもない。

大切なのは、文化の違い、生き方の違いを理解すること。
もし、定型の人がコミュニケーションを取りたいなら、同じように取りたい人、取れる人と関わるべきなのだ。
それが出来ない、必要ともしていない発達障害の人に、コミュニケーションを要求するのは、ただの押し付けでしかない。


このブログの分析がどこまで的を射ているかわからないが、定型の幸せのために活用してもらえたら嬉しい。
分析しても、発達障害を変えることは出来ないから。
どこまで行っても定型とは違う。
違うから障害なんです。




━引用━

ところで、時々発に家で洗いきれない仕事着なんかをコインランドリーに持ってってもらうんだけど、
洗ってきたはずの洗濯物が、どう見ても汚れ落ちてないし臭いも残ってるから
「ランドリー機の故障だろうから聞いてみたら?」
って言ったら烈火の如く怒り出した。

「洗ってきたモノが臭いわけないだろおお!なにかー?オレにてめえの店はインチキ詐欺だから訴訟起こしてやるって言えっていうのかあ?ええ?」

な・・なにもただ聞いてみろと言ってんのに
「問い合わせ」=「ヤクザまがいのイチャモンつけ」
としか理解出来ないらしい。

結局、後日にその機械の不具合が発覚したらしくお詫びの張り紙がしてあった。
言わなきゃならない肝心な時は言わずに妻を悪者にし、言う必要のないことではタチの悪いクレーマーになる。
もうちょっと普通にコミュニケーション出来ないのかしら。


>あるあるなんだけど、その場合、店に言いに行く度胸?がないから逆切れしてるのか、
奥さんの言ってる内容が理解できないから意味も解らず面倒ではねつけてるのか、
どっちなんだろう。 違う理由かな。
発って宇宙人だから行動原理が幼稚すぎて全部謎だわ。

━引用終了━

『旦那が発達障害かも!?な奥様 64』より




こういうの、発達障害には本当によくある。
たぶん、度胸がないんじゃなくて、何をしていいかわからないんだと思う。

「洗濯=綺麗になる」とインプットされたら、それはどんな時も絶対だと思ったりするのが発達障害。
実際綺麗になったかどうかを確認もしない。
だから、汚い、臭うと指摘された時点で混乱してるのかも。

妻の提案を「問い合わせ」と理解できてない気もするし、それがわかっても、何を言えばいいかわからないんだと思う。
応用の効かない頭だからさ。

定型だと、「洗濯して汚れが落ちてない」も、「レバーを赤にしてもお湯が出ない」も、「車のエンジンがかからない」も、
目的が果たせてないのは共通で、どれもトラブルと認識できる。
でも、発達障害にとっては、お湯が出ない時に担当者を呼んで解決したことがあっても、洗濯で汚れが落ちてないという経験がないと、もうパニックになることがある。
とにかく未経験だと、全く何をしていいかわからないので、怖くなって怯えてたり、パニックをキレてごまかしたり、真っ白になってフリーズしてしまう。

「こういうときはね……」とアドバイスしようにも、恐怖やパニックで一杯になってる間は、頭に入らないのだと思う。
この動揺には同情するが、それでもこっちは気分が悪い。
で、この事を発達本人が自覚しない限り、改善されることはないと思う。




たぶん発達障害もかわいそうなのは、何も出来なくて不安だった幼少期に、それを察して丁寧に教えてくれる人がいなかったということ。
定型は、見てわかることとか人の真似をして何となく身に付くものは、説明したりきっちり教えない。
定型の子はそれでもわかるので問題ないが、発達障害の子は常に取り残されてるんだと思う。

で、年相応の知識や判断力とかが身についてないので、何かを聞けば笑われたりバカにされたりするようになる。
それでもまだ誰かが教えてくれればいいが、「こんなことも出来ないのか!自分で考えろ!」なんて突き放されてしまうと、わからないとか質問をすると怖い目に遭うということだけがインプットされる。

発達障害は、こういう記憶が強く残ってしまいがち。
丁度、子どもに脅しが利きすぎてしまうような感じで、大人になってもショックが消えない。

さらに書き換えが下手だから、誰かが優しく諭しても疑ったり、また恐怖を味わうと決めてかかり、キレて逃げるのだと思う。
幼稚に思えるが、本人は滅茶苦茶怖いのかもしれない。


それに、重症化してる発達障害の場合、親も発達障害とかで環境が悪い。
親が発達障害なら、我が子でも無関心なので、かなり不思議な子でも気づかないし、気づいても対応できないと思う。

発達障害は、自発的な行動が出来ない。
だから、いい導き手がいる場合は割りと真っ直ぐにいい習慣が身についたりするのだが、指導者がいないと全くダメだったりする。

大人でも「歯磨きしないと虫歯になる」程度のことを理解してないことがあるので、自分で考えて歯磨きしようとはならない。
どんなに虫歯になっても、歯磨きしたくないならしない。
こういう本能のみで行動する。

定型の子なら、歯磨きしない→虫歯になる→痛い、辛い→歯磨きすれば痛くならないということを、納得させることが重要だ。
だが、発達障害の場合、理解できないこともあるので、とにかく歯磨きの習慣をつけてしまうことが優先。
一度習慣になったら、定型以上にしっかり続けられる性質もあるので、自発行動より機械的に身につける方がいい。

虫歯の原因はミュータンス菌だと言われているが、同じように歯磨きしてもなるときとならない時があるし、個人差もある。
こういうのは、発達障害はとにかく苦手。
ゼロ百思考なので、たまたま虫歯にならなかったら、歯磨きなんかしなくても虫歯にはならないと思い込んだりする。
歯磨きしなければ虫歯の確率が上がることは確かなのに、この『程度の違い』というのが認識できない。




さて、引用した例だが、発達夫もパニックなのかもしれないが、日々この状態で穏やかになんか対応してられない。
知らない人はたまに起こることだと思いがちだか、発達障害と関わると、一日一回は噛み合わない状況になるからね。

可哀想だけど、妻は夫の子育て係じゃない。
大人同士協力して生活していくのが結婚なんだから、それが出来ない人は冷たい対応もされるよ。




障害は本人のせいではない。
障害にあった教育を受けられなかったなら、被害者でもある。

でも、配偶者に責任はない。配偶者は加害者ではないから。
悪いのは、発達を育てなかった親。
そして、問題が起きても解決する意志を持たない発達自身。


発達障害を社会全体で理解し支えていく必要はあるけれど、身近で接して疲弊してる人にその義務はない。
カサンドラ症候群の人は、自分がそこから回復するのが第一。
自分を助けてあげてほしい。
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今、うちの父親はおしっこも水も全く同じものと捉えているようで……。
だから、お漏らしで自分が小便まみれになっていても、「乾くからいい」らしい。

こっちは冗談じゃないのだが、父親には『大したことではない』し、『今すぐ着替えるべき』でもないのだ。


元々、発達障害は『程度』と『優先順位』の理解が難しいとは思っていたので、父親が気にしないのもその症状という認識はあった。
だが、ここまで酷いとは思っていなくて、改めて父親が根本を理解していないことに気づいた次第。




物事をこなすときの順番として

①緊急かつ重要なこと
②緊急だが重要ではないこと
③緊急ではないが重要なこと
④緊急でも重要でもないこと

というのを聞いたことがある。
これは、仕事の効率を上げるために意識することなのだと思うが、日常生活でも使えるのではないか。
で、③の緊急ではないが重要なことというのを、意識して計画できるといいらしい。
どうしても、①②の緊急に追われがちなので、長期的な目標達成には③を大事にするといいと聞いた。




まぁ、こんな大きな話とうちの日常は比較にならないのだが、父親を見ていると『緊急』も『重要』も理解していないと日々感じる。

これまでも、父親のおしっこ問題は随分書いてきた。

最初はオムツを嫌がり失禁。
そのうちオムツに慣れたら、トイレに行かなくなりオムツからも溢れてきて。
オムツ交換を1日2回にしたが、それでも漏れ出してることがあり。
医者には調子のいいことばかりを答えるも、オムツから溢れ出すことは日に日に増えていて。
たまにトイレで用を足せば、ズボンの前がベチャベチャ。
最初は水だと偽り、違うだろと問い詰めると「ちょっと引っかけただけだ」と放置。
しまいには床に撒き散らした小便を踏み、尿で濡れた靴下で歩いて、家中を拭き掃除する羽目に。


これら全部、父親には『大したことではない』のだ。

最初は、面倒なので放置してるか、怒られるのでごまかして済まそうとしてるのかと思った。
性格的にそういうところはあるので。
だが、きっと元々おしっこと水の違いをわかってなかったのだと思う。

父親には液体はみんな一緒なのか。




以前、麻雀中にお茶を溢した時も平然と座っていて、人に拭かせてどけようともしなかった。
味噌汁でも牛乳でも、以前から自分から慌てて始末するのはあまり見られない。

うちの父親の場合、一応はやるが綺麗になるまで頑張らないので、すぐ投げ出す。
なぜ拭くのかの理由はきっとわかってなくて、だから、指示されたり覚えてる作業はやるが、続かない。
他に気が向いたり、飽きたり、やり方がわからなかったりすると、そこで終わりになる。




掲示板とかでもよく見るのが、手を洗わないというもの。
これも、なぜ洗うのかを理解してないのと、そのためにどれくらいで十分かがわかってないのだと思う。

うちの父親も全然十分に洗えてないのだが、汚れを落とすという目的と、そのために石鹸が必要だとか、こすらなければいけないとか、考えたことがないと思われる。
父親には、水をかけてタオルを触る作業と、手洗いの違いは理解できていないのかもしれない。

当然、汚れにも程度があり、それによって手洗いの程度も変わる。
こんなことが、発達障害にはわからないのかもしれない。




服が水に濡れただけなら、確かに乾かせばいい。
だが、おしっこを乾かしても、水と同じにはならない。
ならないに決まってるのだが、たぶん、それを今の父親に説明しても何がどう違うのかはわからないと思う。

定型には明らかに違うものも、程度の差がわからない発達障害には、同じものになってしまうのだろう。
だから、急がない。

赤ん坊がおもちゃをしゃぶってるのも、煙草を口にしようとしてるのも、危険度がわからなければ、煙草を急いで取り上げたりはしない。
さっさと止めろと注意しても、「(赤ん坊は)いつも何か口に入れてる」とか「今テレビ見てるから」と答える。
いや、本当にそうとしか思えないからなんだろうが。

もちろん、おもちゃと煙草は同程度ではないし、子どもの誤飲よりテレビが優先でもない。


うちの父親も、おしっこも水も『程度』は同じ。
濡れたら色もわからないし、その時は臭いもそれほどしない。
今は、本人が濡れたことを気持ち悪いと思ってないし、乾いて臭くなってもわからない。
だから平気。

『優先順位』にしても、立ってるのがしんどければすぐ座る。
おしっこまみれでズボンがベチャベチャでも、ソファを容赦なく汚す。
いや、汚すつもりはない。
座りたくなったから座っただけ。
座るのを優先したように見えるが、そうではないのだろう。
そもそも物事に順序があるという認識がどこまであるのか。
おしっこの始末、着替えが優先だということを理解できない。

AをしたらBになる、だからCを先にして……
つまり、おしっこで濡れたまま座れば、ソファもおしっこで汚れる。
だから、座るなら着替えなければいけない。
この簡単な順序を、もう父親は理解できないと思う。




発達障害とお漏らしも、無関係ではないらしい。

1つには身体の発達の問題。
おねしょが中々治らない子がいるのと同じだろうか。
排尿をコントロール出来るだけ身体が成長するまでは、仕方ないらしいから。

他には感覚や羞恥心の問題があると思う。
濡れても気持ち悪いと思わないとか、周囲に茶化されたりしても恥ずかしいとは思えなかったり。
発達障害の子は羞恥心が育つのが遅いと言われてる。

この娘は、高校生でも粗相があるようだ。
困った事のメモ 娘の変わった行動

ブログ主は父親で、娘は再婚相手の連れ子。
妻もその実家の両親もアスペルガーっぽい。
発達一家に関わると、気が狂いそうになるのがよくわかる。




うちの父親は、アスペルガーにしてもADHDにしても、それほど重症ではないと思う。
若い頃はお漏らしなんてなかったし、もう少し話も通じた。
人の気持ちに関心はないので、我が子のことを何も知らないが、愛想はよくて暴力もない。
転職などもなく仕事はしていたし、金銭は母親が全て管理していたので浪費も全くなかった。

それでも絆とか親心とは無縁で、父親の背中というのはなく、そこは致命的だった。


そんなうちの父親でも、年を取って心身ともに弱ってきたら、手に負えなくなってきた。
きっと、ボロが出てきたのだと思う。

これまでは、持ち前の素直さで指示されたことは出来た。
理屈がわかっていなくても、納得できなくても、従えた。
良くも悪くも彼にはプライドがない。
たまに変人ぶりは発揮するが、指揮者がいれば大事にはならない。
だが、体力がなくなってきた。
指揮に従うのがしんどい。
となると、本能のまま、欲望のままに行動することが増えた。

定型なら頑張るところも、そもそもその動機がない。
年寄り扱いを嫌うプライドもなければ、お漏らしに対する羞恥心もない。
迷惑かけて申し訳ないとか、家族に対しては昔からないだろうし、臭くて汚くて嫌われることにも、何の怖さもない。
というか、自分の言動によって人の態度が変わる→それで自分が困るとか、もう考えられるだけの頭はない。




発達障害には『程度』も『優先順位』もないというのは、些か言い過ぎではある。

だが、定型の感覚とは乖離してるので、全くわからない、そういう概念が存在していない位に捉えた方がいいと思うのだ。
そう思っていれば、少しわかるときにはプラスに思える。
定型の感覚と比較して、ちょっとズレてるなんて思うから、イライラする。

療育なしに大人になった発達障害には、元々『程度』も『優先順位』もない。
だから、恐らく定型の世界を理解してもらうのも不可能。
出来ることは、定型が自分の身を守るだけ。
被害に遭わないように予防すること。
発達障害者自身に努力してもらうのは無理。


相手が障害者だろうと高齢者だろうと、一番に守るべきは自分の生活です。

自分を守れなければ、そもそも人助けも出来ません。
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ご無沙汰です。

励ましのコメントを頂いた方、お返事出来ずにいてすみません。
何だかもうひとつ気力がなくて、何でも面倒くさいと思うことが多くなっていて、承認だけしてました。

とっても嬉しかったです。
短いコメントの中にも、すごくわかってくれてる感じがして、何と返していいやら。
ただ、ありがとうとしか言えない自分が、もどかしかったりします。

本当にありがとうございます。




今日は、母親が夜まで出掛けています。
おかげで自由です。

好きな時間にご飯を炊いて、サラダとか好きなものを作って、一人で好きなだけカレーを食そうと思います。


ですが、父親はいるので、当然のように父親の夕飯の世話まで任されます。

これは、現在は父親が高齢で自分でするのは難しいこと、それから、僕が元々女という立場に生まれたことも関係してるでしょう。

僕がいないときに、弟に父親の世話を頼んでいたことはないので。


でも、僕は了承してません。


理由は、いくつかあります。

1、僕を男として認めたなら、弟にさせないことを僕に強制するのはおかしい。

2、父親は、作っても食べないことがあり、それを謝ることも出来ない。

3、父親と共に食事をするのはこの上なく不快。


なので、ささやかな復讐をしたいと思います。




1、僕を男として認めたなら、弟にさせないことを僕に強制するのはおかしい。

これは誤解のないように説明するのが難しいのですが、僕は料理は嫌いじゃないです。
それが女性の役割だからと忌避する気持ちも、今はありません。

だけど、母親の頭の中で「母親が留守=僕が夕食を作る」というのがセットになっていて、僕は断れない空気があります。

例えば、僕も出掛ける予定があっても、母親には「じゃあ、父親だけで何とかしてもらう」という発想がなく、「困る、困る」とうるさいのです。
誰が困ってもわからない父親は、自分の夕飯に関わることなのに我関せずです。
結局、困っている母親を放っておけない僕が折れるしかなくなる訳です。

ある意味、息子の心理を巧みに利用していると思います。


ここで「いいよ、俺作るから」と引き受けたが最後。
母親は「無理を言ったかもしれない」なんて気づきようがないので、次からは全部僕に任せればいいという発想になっています。

もちろん、男女差別や、僕に誤った性役割を押しつけることも問題ですが、何より、心なく僕を利用する感じが堪らなく嫌だったりします。





2、父親は、作っても食べないことがあり、それを謝ることも出来ない。

これは、以前こんなことがあったからです。
母親が出かけると憂鬱だ

アスペルガーには感情の蓄積は全くわからないんでしょう。
自分の感情にも無頓着なくらいだから。
僕の怒りが溜まりに溜まってることなんて、考えたこともないと思います。

飯食わないでトンズラしたら、次は作ってもらえないなんて当たり前だけど、父親の中では全くリンクしないんでしょう。
説教も上手くしないと、「たまたま」とか「忘れた」とか自己中な言い訳ばかり聞かされて、腹が立つだけです。

僕が「次は作らないよ」と言っても、父親は「わかった!」なんて元気よく了承します。
実際は全く理解はしてなくて、「わかった」と言えば話が終わることだけ覚えてるからなんですが。


最近は特に、言葉と実際の理解や行動の不一致が大きくなってきましたね。





3、父親と共に食事をするのはこの上なく不快。

これは、今は以前よりさらに進行して最悪です。

よくむせるし、むせて手に吐いたものも食べます。
それなのに、また犬食いしてむせて、床に落ちた食べ物も這いつくばって食べます。
掃除も出来ないから片付けるのは僕だし、放置すれば誤って踏むなど、被害に遭うのもこちらです。

父親は、もはや汚いことは気にしないですから、常に監視しながら食べさせないと結構な惨状になります。
言うまでもなく、目の前にいるだけで食欲が失せます。




もう嫌です。

今日もカレーなので、父親には最低限の準備だけにしたいと思っています。
サラダは僕の分のついでに作ります。
ご飯は冷蔵庫の冷飯を温めて、皿によそってルーをかけて置いておきます。
いつも通り19時にセットして、後は本人に任せます。

どこにいるかわからないし、呼んでもいつ来るかわからない人に、僕は知らせません。
勝手に無施錠で出歩いている場合は、即座に施錠します。
無用心だし、僕が出掛けるためにわざわざ父親を探して家に連れ戻すなんて、やってられません。


酷いと思われるかもしれません。
でも、全て以前から約束していることです。
もう何十回こんなことがあったことか。

いつの間にか出ていって、3時間以上帰ってこないから心配していたら、近くのマンションの階段に座ってたとか。
おまけに泥だらけ、オムツも一杯で、シャワーを浴びさせて着替えさせて食事させてなんてことも。
この辺は母親が世話してるのですが、僕が代わりにやる気はありません。

食事の時も、逐一注意しないと犬食いでかっ込み、何度でもむせます。
鍋に向かって吐き出し、危うく鍋が全滅しそうになったこともあります。


見ない、関わらないのが一番なので、極力一緒に食事はしないようにしてます。


因みに、僕は好みの硬さにご飯を炊いて、炊きたてを好きなだけ堪能します。