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オネエと一括りにする思考の固さ、勘の悪さ
前回の記事

新たな差別
クリス松村オフィシャルブログ




「私はオネエではありませんので日テレの人は訂正してください」

クリスさんはこの文章を

「私はオネエなんかではないので、こんなのと一緒にしないでください」

ぐらいに受け止めていないだろうか。


だとすれば、ちょっと誤解してると思う。

能町さんは違うから違うと言っただけ。
しかも、連絡なしに使われた事への抗議も含んでいる。

例えば、北海道出身なのに東京出身で紹介されたので、「違います」と言ったのと同じだと思う。
そして、出身地は公表しているが「○○出身の人」という扱いが、その番組の趣旨と自分が一致しないので、訂正を求めたというのと変わりない。


それを「オネエ差別」と受け止めるのは、ちょっと行き過ぎだと思う。



オネエは、ゲイもバイも女装もトランスもMtFも何でも一緒にしてるし、セクシュアリティもファッションも同列に扱っている。

そういう性を面白がる扱いを許すのは、割りきってるタレントだけではないのか。

なぜ、「私は違います」「私はその扱いを望みません」と言っただけで、オネエタレントを差別したことになるのか。



クリスさんは、自身もオネエと呼ばれることには違和感があったと言っている。

恐らく今でもそうで、妥協した結果が今の立ち位置なのだろう。

いずれはそれぞれが自分本来のセクシュアリティで受け入れられることを、望んでいるのかもしれない。



かつて、LGBTの人達が「オカマ」と揶揄されることを受け入れたことで、社会に居場所を作った。

それが「オネエ」という総称で、さらに場所を広げていった。

オカマにもオネエにも、当事者はそう呼ばれることに強い葛藤がある。

蔑まされること、それも自分の本質であるセクシュアリティを弄ばれることが、嬉しいはずがない。

でも、それを受け入れることでしか居場所を得られなかった。

そういう時代を必死に生きてきた人達がいる。

クリスさんの言うように、そんな諸先輩方に敬意を払うことを忘れてはいけない。



ただし、クリスさんの言う「同じ悩み」と今後の方向性については、異論がある。


そもそも、クリス松村氏と能町みね子氏は、明確に別のセクシュアリティである。

クリスさんはゲイ、能町さんは(元)MtF(性同一性障害)。

だから、抱えてきた問題も解決すべき事柄も違うはずである。


クリスさんは性自認も身体も男性で、男性を恋愛対象とするゲイなのだろう。
女装はしないし、性別適合手術や戸籍変更なども必要としない。

それに対し、能町さんの性自認は女性。
ゆえに服装も女装ではない。
性自認と一致した身体を求め、性別適合手術や戸籍変更まで行ったMtFである。


ざっくりまとめるなら、同性愛者は同性愛者として受け入れられることが望みだが、性同一性障害は性同一性障害者として受け入れられることは望まない。
後者は、ただ性自認と同じ性で過ごせることを望むのだ。

同性愛は一生付き合うセクシュアリティで、これがアイデンティティ。
性同一性障害は、トランスジェンダーとしてアイデンティティになる人もいるが、手術等で解決して一般男性や一般女性のアイデンティティで生きる人もいる。


クリスさんは今も昔もゲイであり、求めるのは同性愛理解。

能町さんはもはやMtFの状態にはないので、求めるのはただの女性として過ごせること。


両者とも男性の身体に生まれ、女性を恋愛対象とすべきなど、いわゆる男らしさの押しつけに違和感があったのは同じ。
だが、理解を求めるポイントは違う。

クリスさんは、ゲイと言えば女装やオネエ言葉というイメージから自由になりたいのだろうし。
能町さんは、過去のMtFという事実ではなく、今、女性であることを見てほしいのだと思う。



クリスさんは、オカマがオネエになり、それが成熟してと言っているが、僕はこの流れに全てのLGBTが救われる訳ではないと思っている。

それはやはり、同性愛者の発想であり、タレントの地位向上でしかないと思う。

先に述べたように、性同一性障害にとって性同一性障害者として受け入れられることは、必ずしも理想ではないからだ。


また、オカマ→オネエの活躍が性同一性障害の問題解決にどれだけ貢献したかというと、微妙な感じだ。
反って問題を面倒にしてくれたという印象すらある。

例えばMtFなら、女の子になりたい気持ちを理解してほしいのではない。
女性なのに女性の身体がない苦痛、女性の戸籍がない不便さを解決してほしいのだ。

偏見のない社会以上に、医療と法の整備が必要。

それに大きく貢献してきたのは、虎井まさ衛氏や上川あや氏をはじめとした性同一性障害の活動家だ。


テレビで性同一性障害の特例法を話したタレントがいるだろうか。

それこそ、「思春期が一番辛いのに、大人にならないと治療出来ないんですよ」なんて冗談でも言ってくれただろうか。


僕の印象では、タレントは出来た法律に乗っただけだ。

あなたは戸籍変更なんて必要ないんじゃなかったの?と思うこともある。



オネエタレントのおかげで、LGBTの誰もが性を面白おかしく語りたがると思われるのもこともある。

僕らは芸人じゃない。
面白くもない。
自分のセクシュアリティについて語らない人もいる。
誰でも、自分のセクシュアリティをジョークに出来るわけではない。
暗くて結構。
静かにただの人を生きたい。


オネエのおかげで、変ないじり方をされるようになったのも事実だ。


中村中氏がただのアーティストとして活躍してるように、能町みね子氏もただのエッセイストとして活躍していいはずだ。

能町さんはただそれを望んでいるだけではないだろうか。



オネエというキャラが受け入れられる社会は、性同一性障害にも優しい社会だろう。

男の体をした女の子を受け入れる社会によって、救われる当事者がいるのも確か。

ただ、社会が好意的になっただけでは性同一性障害の問題は解決しない。

MtFは、周囲から女性と認めてもらうために女性の体が必要なのではなく、本人の身体感覚の問題からそれが必要なのだ。

だから、無人島でも、誰も体について言及しなくても、女性の体が必要な人はいる。

それを解決するのは具体的な法であり医療だ。



クリスさんは、能町さんの悩みや問題と自分のそれを同種と考えている時点で、オネエと一括りにする人と同じ失敗をしていないだろうか。



※参照
セクシュアル用語解説
セクシュアリティ一覧