殺人事件なんかに比べたら、うちでの出来事なんて屁みたいなもんだが、相も変わらず、父親はチョコチョコやらかしてくれてる。
あっ、今日も汚い話なので、お食事中の方は要注意。
因みに、アスペ家族の我が家では、そんなのお構い無し。
食事中でも容赦なく、平気でウンコや気持ち悪い事件の話とかしまくり。
食事中に汚い話がNGという常識はない。
俺も慣れたので、注意するより無視してる。
父親なんて、俺が飯食ってる横で、花に牛フンの混じった堆肥をやってたり。
この堆肥、ウンコ臭いんだよね。
なのに、自分が今と思ったら、人も状況も余裕で無視。
まぁ、しつこくやめろって言えばしなくなるので、まだマシかなぁ。
今日も、夕食後に父親の椅子を見ると、タオルがベッチャリと濡れていた。
最近は、父親がしょっちゅうお漏らしするので、タオルを一枚引いてある。
その色の違いからか母親が発見。
で、いつものごとく発狂。
「何でこんなに濡れてるのに気づかないの!?」
父親は無言で寝室に向かうも、様子を見に行った母親はまたしても激怒。
「何でこんなところで着替えてるの!」
ズボンもステテコも濡れているのに、父親は寝室の、それも敷布団の上にそれを脱いでいる。
「ここで脱がないでって言ったでしょ!?」
昔からそうだったのかわからないが、父親は現在、濡れたものを置けば置いたところも濡れてしまうという、簡単な理屈も理解していない。
汚れも然りで、汚いものに触れれば綺麗なものも汚れるという感覚がない。
これは昔からそうだったから、やっぱりASDの部分なのかも。
父親のお漏らしは、ちょっと調子がいいと月に1、2度で済んでるが、多い時には週に2、3度のペース。
洗濯だって追いつかない。
だから、母親が怒るのもわかる。
この前も酷かったし……。
おむつがベッチャリしてしまって着替えようと思った様子の父親。
ところが何を思ったか、そのおむつを丸めて布団の脇に置き、眠っていた。
それも、おむつは新しくしたものの、ベチャベチャのズボンをまた穿いて、布団の上に転がっていたのだ。
当然、シーツにも敷布団にも小便が染みて、母親は即座に全部洗濯する羽目に。
母親は、腹が立つやら情けないやらで、いつになく激昂していた。
「汚いおむつ、こんなところに置かないでよ!」
「ここで着替えないでって言ったでしょ!」
「何でその濡れたズボンまた穿いてるの!」
「ちょっと、そんなとこで寝ないでや!」
「シーツも、布団も全部濡れてるでしょ!」
「これどうするの!もう、自分で洗濯してね!」
「布団も自分で干せないくせに!」
「本当に、いい加減にしてね!」
「もう情けないわ……」
もう、半泣き半狂乱だ。
それなのに父親は、
「そんなに怒ることないべや……」
ときょとんとしていて。
「怒るに決まってるでしょ!これが普通かい?頭おかしいんでないの!」
本当に御愁傷様って感じだ。
遠くでやり取りを聞いてる分にはちょっと笑えるのだが、こんなに怒られてもまだ父親はしょうもない言い訳をするので、母親の怒りはMAXに。
「おむつ、こんなにビチャビチャで気づかないの!」
父親⇒気づかないのったって……
気づかないらしいね。
ADHDの注意欠陥?にしても、本当に鈍感だ。
「重たくなってズリ下がってるでしょ!」
「これでわからないの?」
「こんなに濡れてて、おしっこ出てるのもわからないの?」
⇒わからないんだぁ!
居直ることしか出来ない父親。
本当にわからないんだと思うけど、そんなに堂々と言うことじゃないよ。
「わからないんだでないでしょ!」
「バカでないの!」
「こんなに濡れてるのに何で取り替えないの?」
「濡れてて気持ち悪くないの?」
「本当、おかしいんでないの(睨)」
⇒あぁ、おかしいんだな。
おかしいから治せ!二度とするなって話だけど、たぶんわかってない。
おかしいことは認めてるが、だからって何もしない。
医者にもこの状況を言わない。
まぁ、伝え方を知らないんだと思うけど。
だから、事実は認めるがいつもまるで他人事のような態度。
それにしても、気持ち悪くないのかね?
「どれだけ洗濯するの!」
「もう着るもんないよ!」
⇒お世話かけます。
「何がお世話かけますよ!」
「もう、自分でしなさいね!」
たぶん、どれだけの世話かは理解してない。
理解に一番いいのは、父親に後始末を全部やらせることだと思う。
だが、もうそれは出来ない。
だからきつい。
父親は、洗濯、掃除、ゴミ出しのどれも、自分の分だけでさえ出来ない。
洗濯なら、まず洗濯機が使えない。
パネル表示を見ながらボタンを押すことも怪しい。
取説は読まないし人の説明も聞かない。
当然、小便の染みたものを予洗いしてなんて、教えても出来るようにはならないだろう。
掃除は、そもそも綺麗と汚いの意味からわかってないのに不可能。
小便の染みた衣服や家具も気にならない、ウンコがついてても気づかないくらいなのだから。
掃除機をかける真似くらいは出来るが、雑巾がけや洗剤を選んだりは出来ない。
汚れを落とすという本質は理解していない。
ゴミは、分別の問題などかわいいもの。
ゴミは汚いもの。だから床やテーブルやソファには置かないということから理解していない。
脱衣所にウンコのついたおむつを置く人。
何が汚くて何が綺麗かから教えないといけない。
この通り、父親はおむつをゴミに捨て、汚れた衣服を洗濯し、汚れた場所を掃除することは、もはや不可能。
そして、日常の仕事で共通して言えるのは、嫌でも耐えて責任を果たすという気概が全くないということ。
やらなきゃいけないことなのに、わからないとか面倒くさいとか他のことをしたくなったとか、些細な理由ですぐ投げ出す。
元はと言えば自分のせいなのに、そんなことは忘れてしまうからなのか、しまいには面倒を押しつけられている被害者面をする。
これじゃ周囲はやってられない。
あっ、今日も汚い話なので、お食事中の方は要注意。
因みに、アスペ家族の我が家では、そんなのお構い無し。
食事中でも容赦なく、平気でウンコや気持ち悪い事件の話とかしまくり。
食事中に汚い話がNGという常識はない。
俺も慣れたので、注意するより無視してる。
父親なんて、俺が飯食ってる横で、花に牛フンの混じった堆肥をやってたり。
この堆肥、ウンコ臭いんだよね。
なのに、自分が今と思ったら、人も状況も余裕で無視。
まぁ、しつこくやめろって言えばしなくなるので、まだマシかなぁ。
今日も、夕食後に父親の椅子を見ると、タオルがベッチャリと濡れていた。
最近は、父親がしょっちゅうお漏らしするので、タオルを一枚引いてある。
その色の違いからか母親が発見。
で、いつものごとく発狂。
「何でこんなに濡れてるのに気づかないの!?」
父親は無言で寝室に向かうも、様子を見に行った母親はまたしても激怒。
「何でこんなところで着替えてるの!」
ズボンもステテコも濡れているのに、父親は寝室の、それも敷布団の上にそれを脱いでいる。
「ここで脱がないでって言ったでしょ!?」
昔からそうだったのかわからないが、父親は現在、濡れたものを置けば置いたところも濡れてしまうという、簡単な理屈も理解していない。
汚れも然りで、汚いものに触れれば綺麗なものも汚れるという感覚がない。
これは昔からそうだったから、やっぱりASDの部分なのかも。
父親のお漏らしは、ちょっと調子がいいと月に1、2度で済んでるが、多い時には週に2、3度のペース。
洗濯だって追いつかない。
だから、母親が怒るのもわかる。
この前も酷かったし……。
おむつがベッチャリしてしまって着替えようと思った様子の父親。
ところが何を思ったか、そのおむつを丸めて布団の脇に置き、眠っていた。
それも、おむつは新しくしたものの、ベチャベチャのズボンをまた穿いて、布団の上に転がっていたのだ。
当然、シーツにも敷布団にも小便が染みて、母親は即座に全部洗濯する羽目に。
母親は、腹が立つやら情けないやらで、いつになく激昂していた。
「汚いおむつ、こんなところに置かないでよ!」
「ここで着替えないでって言ったでしょ!」
「何でその濡れたズボンまた穿いてるの!」
「ちょっと、そんなとこで寝ないでや!」
「シーツも、布団も全部濡れてるでしょ!」
「これどうするの!もう、自分で洗濯してね!」
「布団も自分で干せないくせに!」
「本当に、いい加減にしてね!」
「もう情けないわ……」
もう、半泣き半狂乱だ。
それなのに父親は、
「そんなに怒ることないべや……」
ときょとんとしていて。
「怒るに決まってるでしょ!これが普通かい?頭おかしいんでないの!」
本当に御愁傷様って感じだ。
遠くでやり取りを聞いてる分にはちょっと笑えるのだが、こんなに怒られてもまだ父親はしょうもない言い訳をするので、母親の怒りはMAXに。
「おむつ、こんなにビチャビチャで気づかないの!」
父親⇒気づかないのったって……
気づかないらしいね。
ADHDの注意欠陥?にしても、本当に鈍感だ。
「重たくなってズリ下がってるでしょ!」
「これでわからないの?」
「こんなに濡れてて、おしっこ出てるのもわからないの?」
⇒わからないんだぁ!
居直ることしか出来ない父親。
本当にわからないんだと思うけど、そんなに堂々と言うことじゃないよ。
「わからないんだでないでしょ!」
「バカでないの!」
「こんなに濡れてるのに何で取り替えないの?」
「濡れてて気持ち悪くないの?」
「本当、おかしいんでないの(睨)」
⇒あぁ、おかしいんだな。
おかしいから治せ!二度とするなって話だけど、たぶんわかってない。
おかしいことは認めてるが、だからって何もしない。
医者にもこの状況を言わない。
まぁ、伝え方を知らないんだと思うけど。
だから、事実は認めるがいつもまるで他人事のような態度。
それにしても、気持ち悪くないのかね?
「どれだけ洗濯するの!」
「もう着るもんないよ!」
⇒お世話かけます。
「何がお世話かけますよ!」
「もう、自分でしなさいね!」
たぶん、どれだけの世話かは理解してない。
理解に一番いいのは、父親に後始末を全部やらせることだと思う。
だが、もうそれは出来ない。
だからきつい。
父親は、洗濯、掃除、ゴミ出しのどれも、自分の分だけでさえ出来ない。
洗濯なら、まず洗濯機が使えない。
パネル表示を見ながらボタンを押すことも怪しい。
取説は読まないし人の説明も聞かない。
当然、小便の染みたものを予洗いしてなんて、教えても出来るようにはならないだろう。
掃除は、そもそも綺麗と汚いの意味からわかってないのに不可能。
小便の染みた衣服や家具も気にならない、ウンコがついてても気づかないくらいなのだから。
掃除機をかける真似くらいは出来るが、雑巾がけや洗剤を選んだりは出来ない。
汚れを落とすという本質は理解していない。
ゴミは、分別の問題などかわいいもの。
ゴミは汚いもの。だから床やテーブルやソファには置かないということから理解していない。
脱衣所にウンコのついたおむつを置く人。
何が汚くて何が綺麗かから教えないといけない。
この通り、父親はおむつをゴミに捨て、汚れた衣服を洗濯し、汚れた場所を掃除することは、もはや不可能。
そして、日常の仕事で共通して言えるのは、嫌でも耐えて責任を果たすという気概が全くないということ。
やらなきゃいけないことなのに、わからないとか面倒くさいとか他のことをしたくなったとか、些細な理由ですぐ投げ出す。
元はと言えば自分のせいなのに、そんなことは忘れてしまうからなのか、しまいには面倒を押しつけられている被害者面をする。
これじゃ周囲はやってられない。