初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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学生時代あれほど嫌いだった読書にはまり、最近は図書館に通い詰めの泰斗です。


中学の長期休みの宿題に読書感想文があったんですが、一度も出したことがなかったです。

読まされるのが嫌いなので、そもそも指定図書とか読んだ記憶さえありません(汗)

それでも教師に可愛がられていたので、国語は3年間オール5でしたが…。


教師も人の子です。


いやいや、授業は真面目に受けてたし、テストは点取ってたので許してください(苦笑)






虐待などを調べていると、悲しいことに殺人事件にまで発展したものもあり、そこで今日もある事件の経緯なんかを見てたんですが…


当然のことながら、被害者の氏名は仮名だったりします。


でも、なぜでしょうか?

何も悪いことをしてないなら、隠す必要もないと思いませんか?


殺人事件の被害者遺族も、薬害エイズの原告も、脱線事故に巻き込まれた方も、堂々と顔を出し実名で訴えたらいいと思いませんか?






似たような感じで、僕も勧められたことがあります。


「悪いことをしてる訳じゃないんだから、堂々と言えばいいじゃない?」

性同一性障害であることは悪いことではないのだから、別に隠す必要はないだろうという訳です。




言いたいことはわかります。

僕は事件の被害者ではありませんが、何か悪いことをしてる訳でもありません。


堂々とカムアウトして、堂々と性同一性障害として生きていいと思います。




でも僕は、まず言いません。


こうしてブログを書いてたりすると、セクシュアリティをオープンにして過ごしているように思われることもあるのですが、リアルでは一切話しません。

男として生活するようになってからは、性同一性障害だとカムアウトする機会はほとんどなくなりました。


俗に言う「埋没」というタイプですが、僕は男として生きたいだけだからです。






性同一性障害のカムアウトには、大きく二種類あります。


FtMの例で言うと、

一つは、女性で生活している時に本当は男性なんだと告白する場合。

もう一つは、男性で生活し始めてから実は性同一性障害だと打ち明ける場合。




両者は意味が違います。


前者は女性だと誤解されているので、そこで本当の自分を出して生きるには必要な作業です。

後者は、男として生きるつもりなら、カムアウトは必ずしも必要ではありません。




後者のカムアウトは、FtMが男として生きたいのか、FtM(性同一性障害)として生きたいのかによって、選択が分かれるのだと思います。


FtMという認識で構わないのなら、カムアウトする方が過ごしやすいのかもしれません。

一方で、僕のように男と認識されたいFtMは、カムアウトは寧ろリスクの大きい行為だと思います。


なぜなら、性同一性障害だと知れば、やはり他の一般的な男とは違う意識や扱いになるからです。

それは、差別されるばかりではなく特別扱いも含まれます。




僕は、この性同一性障害ゆえに配慮されるのが苦手です。

相手に悪気はないのですが、僕は普通に男として接してくれればいいので、性同一性障害として何かサポートされるのは遠慮したいです。

それは、僕にとってはパートナーやごく親しい人間が知っていればいいことなのです。

男として生きたい僕には、配慮によって常にFtMであることを意識させられるのは、結構な苦痛だったりします。






僕も、絶対にカムアウトしないと決めている訳ではありません。

男として人間関係が出来上がってからなら、性同一性障害だと話すこともあります。

親しくなった人には本当の自分で向き合いたいですし。


ただし、最初から性同一性障害だと言ってしまうと、性同一性障害者として理解されるような気がします。

もちろん、付き合っていくうちに普通の男と変わらないと理解してくれるかもしれませんが、それなら性同一性障害という言葉は不要だと思います。

ただの男として接して欲しいFtMと、ただの男なら受け入れられる一般人には、性同一性障害という言葉はいらないのです。






それが、さきほどの「何も悪いことをしていない」という考えの人が行動すると、独断で僕が性同一性障害だと話してしまったりするんですね。


これはとても迷惑です。


アウティングという行為なのですが、取り返しがつかないので不注意では済まされないと思います。

リスクは当事者が全て背負うことになるのですから、他人が勝手に話すことは絶対にダメです。






性同一性障害であることが恥ずかしい訳ではないんです。

僕は、トランスジェンダーとしての自分に誇りを持っています。




事件の被害者が実名で訴えないのは、常に被害者として見られることは望まないからでしょう。

勝手に同情されたり興味本位に弄られることではなく、当事者しかわからない思いを理解してほしいのではないでしょうか。




似ているとは言えないかもしれませんが、僕も性同一性障害というフィルターから覗かれることを避けたいだけです。


全ての人に僕のセクシュアリティを説明する時間はないですし、理解したい人ばかりではないでしょう。

関心を持ってくれる人がいても、セクシュアリティの話に終始してしまって、他に話したいことは話せなくなってしまうのです。




こういうブログや講演会なんかならいいでしょう。

興味のある人だけですから。

自分から聞きたいと思った人でしょうから。

僕も伝えたいことは沢山あります。


そういう準備のない場所でカムアウトすることは、お互いに疲れるだけというのが経験上思うところです。






長くなったので、続きは次回に…。