FTMが紹介するサンフランシスコ
1994年にアメリカに来て早12年。
そのなかで、最も長く住んだ街サンフランシスコ。
僕の大事な青年期を過ごした町だ。
活発に移り変わるようで
どこか10年前とぜんぜんかわっていない
僕がアメリカで一番長く住むことのできた町である。
これだけ長くいると 嫌な面もいっぱい見るのだが
なんだかなんだ 憎めない町なのだ
アメリカであってアメリカでない、
日本に似ているようで 似ていない
ここにはそんな不思議な魅力があるのかもしれない
長かったサンフランシスコでの生活だが、
僕は来年早々、日本へ切り上げようと思っている
カメラは全くの素人だが、
ことあるごとに撮り続けたこの街を
そして、帰国カウントダウンがはじまって
更にシャッターの回数が増えた今日この頃の風景を
膨大に膨らんだ
ただ眠っているだけのデジカメ写真たちを
ひとつひとつ整理しながら
ブログで公開することによって
眠っていた写真達に
再び蘇らせたいななんて
ちょっと思ってみた。
デジカメ普及によって
フィルムの値段も考えずに
簡単に撮影でき
その場で 写真写りも確認できる
とっても気軽になった写真撮影だが
その気軽さが故に、
一度ハードディスクに眠ってしまった
写真達は
中々日の目を見なくなってしまっていることも
また事実ではないかなと思う
僕は写真はまったくの度素人で
かっこいい写真はとれないけど
観光での短い間ではなかなか見れないものや
住んでいるから 取れた写真
住んでいたから 行けた場所などを
帰国ぎりぎりまで 撮り続けて行きたい
これから遊びにこられる方が
観光ぶっぐにない 時間をすごせるように
できるだけ詳しく書ければと思っている。
僕のようなセクシャルマイノリティー にとって
ここ サンフランシスコは
世界でも屈指の 多様性が認められる街ということで
僕を一人の 人間とだけ
意識させてくれる
僕を FTM 性同一性障害 おなべ レズビアン バイセクシャル Gid FTMTS FTMTG などの
カテゴリから 解き放ってくれる町だった。
心の性と体の性が 不一致のままでも
自分の体に嫌悪を抱いたままでも
けっこう 生活できてしまう街だった
それがよいか悪いかは別として
そんなわけで僕は今日まで体はいじっていない
日本に帰ったら また気がかわるかもしれないが
体を変えることよりも
あるがままの自分を少しつず受け入れさせてくれた街
そして
ずっと間違って生まれてきたと思っていた僕嘆きの気持ちを
少しずつだけど
僕が女に生まれてきた意味や
たとえ意味がなくても 意味を見出していけるような
そして 女に生まれてきたからこそ 体験できたことや
得たことまでを ちょっとだけだけど考えさせてくれるのだ。
そんな環境だからだろうか。。。
少しずつではあるが、
自分の不一致で不便な体も
“大嫌い” から
“少し嫌い” にまで ましになっているのだ。
決して すべての心と体の性の不一致が
生活環境によるものだとは思わないが
人の心や気持ちのように
目に見えないものならなおさら
無限の可能性があり
不変であることなど 不可能なのではないのか、、、、
少しだけ そんな風にも思えてきた。
ここ、サンフランシスコに遅れをとること何十年か。。。
ようやく日本でも
性的マイノリティーに対する
世間の認知度と理解度を
言葉では言い表せないほどの苦労と努力で
確立してきた方々には 頭が下がるし
心から感謝し、 彼らを心から応援している。
きっと僕のように
言わば 中途半端に生きれる 女の体のまま生きれるのは
FTMでもGID(性同一性障害)でも 何でもないといわれるかもしれないし
法整備を整えている今の段階においては
迷惑な存在ですらあるのかもしれないが
日々悩み、苦しんできたあげく、
彼らのような治療の道を選択をする人の影で
僕のような未治療、未オペの道を選択をする人間も
またいるのだということだけは
心のどこかで 知っていてもらえればと思う
僕のとっても素人な写真たちを見ながら
いつしか ここを訪れた人たちが
多様な性の形を
無理のない形で
気がついたら 当たり前になっていた。。。
と、
自然に感じてもらえたら何よりです。
2005年10月10日
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