応援と権利。その境界( BORDER )線
BOSSを応援する気持ちで、これまでいくつかのデザイン依頼を受けて オリジナルTシャツなどのグッズを作ってきた。
もちろん、利益を得るためではない。お中元や、
お歳暮のような贈答品として。最近でいえば、バレンタインのお返しのように。ファン同士のささやかな気持ちのやり取りとして。
販売目的で流出映像や音源の使用、ポリシーに反する偽商品の制作。SNSを含めBOSSをネタにした収益化――
そういった類いのことは、一度もしていない。支援の話があっても、すべて断ってきた。
それは、
ファン “ 応援 ” だから
オリジナルの応援グッズを通してBOSSの魅力を伝えたり、このブログや、かつて運営していたファンサイトをきっかけに「 ファンになりました 」とか「 コンサートに行ってみたい 」と、メッセージをいただくこともある。
そのたびに、ほんの少しでも力になれているのなら、凄く嬉しい。そう思いながら続けてきた。
肖像権や著作権の管理が厳しいことも承知している。ルールがある以上、それは受け止めている。時代が変わっても、この考えは変わらない。すべては、BOSSに帰属するべきだと思っている。
ただ、ひとつだけ考えてしまう。
そう言った想い。自分がデザインしたものが、粗悪なコピーに加工され、フリマサイトに出ているのを見たとき。
応援と営利の境界線は?
どこにあるのだろうか? と。
守られるべきものは何か?線を引くなら、どこからなのか?
そして、ファン同士が足を引っ張り合う空気が続けば、いつかエアーブラシが入った830車や、E.YAZAWAの刺繍ロゴが入った白スーツさえ、胸を張って誇れなくなる日が来るのかもしれない。
本来、誇りであるはずのものが、疑いの目で見られる空気。それは、本当に望んだ形だろうか?
守ることと、締め付けることは違う。応援は、疑い合うためのものじゃない。
群れない。媚びない。でも、誇りは失わない。
BOSSは商品ではなく、生き様だから。
応援の形は変わるかもしれない。けれど、応援そのものをやめることはない。
守るべきものは何だろう?排除し合うことか?それとも誇りか?
応援は競争じゃない。
潰し合いでもない。
勘違いしないでほしい。
自分たちは、同じ旗の下にいるはずだ。
おしまい。






