番格ロック

番格ロック

60歳になってもロックンロールやれる。ケツ振れる。
これを感謝と言わずに何が感謝だ!
アラ還Rock 'n' Roll


応援と権利。その境界( BORDER )



いつも利用している業者より。
… 通報が入ったらしい。


BOSSを応援する気持ちで、これまでいくつかのデザイン依頼を受けて オリジナルTシャツなどのグッズを作ってきた。


もちろん、利益を得るためではない。お中元や、

お歳暮のような贈答品として。最近でいえば、バレンタインのお返しのように。ファン同士のささやかな気持ちのやり取りとして。


販売目的で流出映像や音源の使用、ポリシーに反する偽商品の制作。SNSを含めBOSSをネタにした収益化――

そういった類いのことは、一度もしていない。支援の話があっても、すべて断ってきた。


それは、


ファン “ 応援 ” だから


オリジナルの応援グッズを通してBOSSの魅力を伝えたり、このブログや、かつて運営していたファンサイトをきっかけに「 ファンになりました 」とか「 コンサートに行ってみたい 」と、メッセージをいただくこともある。


そのたびに、ほんの少しでも力になれているのなら、凄く嬉しい。そう思いながら続けてきた。


肖像権や著作権の管理が厳しいことも承知している。ルールがある以上、それは受け止めている。時代が変わっても、この考えは変わらない。すべては、BOSSに帰属するべきだと思っている。


ただ、ひとつだけ考えてしまう。


そう言った想い。自分がデザインしたものが、粗悪なコピーに加工され、フリマサイトに出ているのを見たとき。


応援と営利の境界線は?

どこにあるのだろうか? と。


守られるべきものは何か?線を引くなら、どこからなのか?



そして、ファン同士が足を引っ張り合う空気が続けば、いつかエアーブラシが入った830車や、E.YAZAWAの刺繍ロゴが入った白スーツさえ、胸を張って誇れなくなる日が来るのかもしれない。


本来、誇りであるはずのものが、疑いの目で見られる空気。それは、本当に望んだ形だろうか?


守ることと、締め付けることは違う。応援は、疑い合うためのものじゃない。


群れない。媚びない。でも、誇りは失わない。


BOSSは商品ではなく、生き様だから。


応援の形は変わるかもしれない。けれど、応援そのものをやめることはない。


守るべきものは何だろう?排除し合うことか?それとも誇りか?


応援は競争じゃない。

潰し合いでもない。


勘違いしないでほしい。


自分たちは、同じ旗の下にいるはずだ。


おしまい。