俺の出張先に親父が来てる。
しかも、「ムーンフォレスト」に迎えに来いと言っている。
何なんだいったい?
昨日の晩電話で話しはしたが、ほとんど一方的にしゃべられて最初こそ話をさえぎって質問をしようとした俺だが、ネツいと昔からあの調子なんで毎回大抵めんどくさくなる。
まさかな。
ラブホに夫婦で来て、そこに迎えに来いなんて。どこの世界にそんな親がいるよ。
そこまでキチガイじゃないと信じるわ。冗談じゃない…。
ラブホに親父を迎えに行く息子は、30キロ超の道を辿り「ムーンフォレスト」に着く。
反対車線で親父を見つけた。
おう!久しぶりだな。
車で来てたんだ。
そりゃそうだろ、こんな田舎だぞ。車がなきゃ身動きできん。
まあいいわ。聞きたいことが山ほどある。
ふん…。
俺のいる場所に来た理由は?
その質問は後だ。
なぜラブホにいる?
この近くに泊まるところは無い。昨日は疲れてた。
やっと着いたここから街にもどってホテルを探すのは面倒だ。
(親父らしいと言えばそうだが。合理的とはちょっと違う気がするぞ)
一人で泊ったのか?
他に誰がいる。俺一人だ。
(普通断られるだろ。オッサンが一人でラブホとかふつうじゃない)
俺がここにいるって?
オマエの嫁に聞いた。
(言うなよ…)
親父の先導で山手へ車を走らせる。そこは俺が昨日飛んだテイクオフがある山。
しばらく走っていると大きなお寺に到着した。
それぞれ車を停めると、親父は車から両手に抱える発泡スチロールを俺に渡す。
親父は手提げかばんをひとつ下げ、俺を寺の門へ促した。
寺の脇にある住居の玄関を我勝手知ったる風に開ける。
御免下さい。或府亜(あるふぁ)が来ましたぁ。
・・・おー。お待ちしていました。
ご住職もお元気そうで。
はっはっまあどうぞどうぞ。
居間に案内されソファーに座る。
シグマッ年長者より先に座るな。失礼だろ。
すいません。いい年してまだこんなです。
いやいや立派になられましたな。シグマさん。
…俺を知っている。戸惑いながら会釈をした。
じゃあ、お台所お借りします。
シグマ手伝え。
大皿に美しく飾られたフグ刺。フグ鍋。
手際よく調理を進めていく親父。
俺は質問したい気持ちを伏せ、一連の不思議な感覚に身をゆだねた。
お待たせしました。始めてください。
そういうと親父は俺を隣に促し胡坐を組む。俺は素直にそれに応じた。
住職の読経が始まる。
ここは親父が生まれた地。
先祖の魂が祀られた寺だった。
俺は全く知らなかったのだ。
俺が住む町から500キロ以上離れたこの地に親父の父が眠ることなど。
俺は仕事でここへ来て、飛べるところを探してこの地へ辿り着いただけ。
確かに俺は俺の意志でこの地へ来たのだ。
呼ばれたのか。
親父の血を俺の血を延々と紡いできたこの地へ。
これを偶然と呼ぶには軽すぎる。
ここは、俺が初めて墓に手を合わせた場所となった。
その18に続く
このシリーズは、その14から時間軸がずれて6,7年後に飛んでしまっている。
あるブロガーの記事を読んで、この不思議な経験を思い出し是非書きたくなった。
次回はその13からの続きを書いていきたい。