(ちゃ・・ちゃ茶碗っ!)
左方向へ曲がる為に身体を左に寄せる。
しかし、右へ旋回を始めたグライダーは
なかなか言うことをきいてくれない。
(茶碗っ!くそっくそっ曲がれ!)
焦りながら数回左へ身体を寄せるが、パワステのオイルが切れた車のようにハンドリングが重い。
その時。
ガッ!ドンッ!
うぉっ!!
下から突き上げる力が機体と身体を震わせる!
(うぉっ!?なにっ!?あっ…あぁっ…)
ピッ…ピッピピピピピイイィー。
上昇下降を秒単位で示す計器、バリオメーターからけたたましい電子音が鳴り響く!
身体中の毛が逆立つような感覚と共に、あっという間に数メートル機体が持ち上げられる。
バリオの数値を読む余裕どころかその行為自体頭から飛んでいる。
・・・!
・・・だっ!
あまりに突然の出来事に、感覚器官、神経、脊髄、脳に至るまで、まるでバラバラになってバグが生じ指揮命令に身体が拒絶しているかの様。
コンマ何秒かの僅かな空白から無線の音声が俺を引き戻す。
・・・だっ!
サーマルだっ!
回せっ
回しちまえっ!
さっサーマル…。こっこれが…。
熱上昇気流。
太陽などによって温められた周りに比べて暖かい空気は、何かのキッカケによって地面からはがれて上昇していく。これをサーマルと呼ぶ。
ハンググライダーは、この現象やその他の気流をうまく使って滑空する。
未経験の事象にテンパりながらもタイメイケンの無線指示に従い空中に何度も弧を描く。
回せっ!回せっ!
無我夢中だった。
我に返ったとき俺はテイクオフの遥か上空で豆粒みたいな2人を見下ろした。
地上では見ることは出来ない海までも眼下に映る。
俺だけしかいない風切り音しかない世界がそこにあった。
うおおおおぉああぁ!
うおおおおぉああぁああ!
俺は叫んだ。
猛烈な高揚感から自然と叫んだ。
その9につづく。