もうすぐで長女の10歳の誕生日です。
同時に 親になってから10年の誕生日ともいえます。
親になってから色々な経験ができました。
私が子ども時代にできなかったことも親になってたくさんできました。
私の子ども時代は、あまり遠出をすることがありませんでした。
私の実家が田舎で、遠出のアクセスが良くなかったこと、遠出をする際には車という選択肢になるわけですが、当時はナビの機能も不十分だったため、おそらく遠出もしづらかったことだろうと思います。うっすら思い出すのですが、車内にいてトイレに行きたいと言った際になかなかトイレが見つからなかったような気もします。今ならコンビニやら道の駅やらトイレに行けるところがたくさんあるのですが、遠出をするにも不便だったように思います。また、親の性格的にもあまり遠出をするのが好きではありませんでした。物心着く頃には父はよく2階の寝室で寝ていました。体重はみるみる増えていきメタボ体型に。体の不調はあちこちに出ていってますます動かなくなっていたような気がします。遊園地とかにも行ったことがありません。
経験上2時間以内に行けるショッピングセンターに小学校の頃くらいまではつれて言ってもらったような気がします。
中学になってからはろくに旅行をした記憶がありません。週末になると一人でどこかに出かけ、骨董品を買っていました。そのせいで大学では奨学金をたくさん借りて、今でもお金のことで悩みが抜けないと思っている節があります。
お泊まりのある旅行は小学生の頃に一度だけです。その時、大きいショッピングセンターで迷子になった記憶があります。確か小学校3年生の時です。父親が若い女の子見ながら歩いていたから見失ったと聞きました。
家には祖父母がいて、遠出がしにくかったというようなことも聞いたことがありますが、それだけが原因だったかどうかと言われると疑問です。外食もあまり行きませんでした。祖父母に悪いからというような理由です。たまに母が兄弟と私をつれて母方の祖母の家に行き、外食をしました。祖母はいつも私のことを大事にしてくれました。
という感じで色々思い出すと父親に対して恨みのような感情がたくさん出てきますね。そんな親でもやはり親で、子どもは親を選べません。多分小学生くらいまでは父のことを大事に思っていましたが、中学生、高校生の自我がはっきりしてきた頃から今に至るまで反抗期のような感情が消えません。
私は、親になってから私はあちこちに足を運びました。県内の行ったことのない場所、ディズニーランド、ディズニーシーにも行けました。子ども時代に行けなかった反動もあってかディズニーに対しては一際思い入れがあるように思います。
父親をああなりたくない反面教師として生きてきたところはあります。私は学生の頃より全く体型が変わっていませんし、休みの日には子どもたちと積極的に出かけます。毎年一度はお泊まりの旅行をします。子どもたちはいつも喜んでいます。
妻と出会って、私の家庭環境が普通ではなかったのかなと思い直す機会もできました。妻は県外の出身で、私がいかに狭い視野で生きてきたかについて考えることができました。
子どもって、自分の置かれている環境が普通と考えて、そこから抜け出せなくなるような気がします。親の在り方ってすごく大事だと思います。
あれだけ許せなかった父親に対しても少しですが考えが変わってきました。父も父なりに大変な思いをしていた。完璧な親なんていないけれど、父なりにベストではないけれどその時に使えるベターな手段を選んで生きてきたのだと思うようになりました。
妻に言われて父の日とか母の日にも贈り物をするようになりました。いまだに父はありがとうの一言も言いません。昔の人間だから仕方ないと諦めていますが、少し腹は立ちます。
実家にはたまに顔を出しますが、古い実家の考えなのか、三つ子の末っ子長男をやたらひいきしようとする父の姿を見ます。
実家では私は三人兄弟の真ん中で 長男ばかりという感じがしました。
古い考え方が変わっていないし、無意識にしている姿に嫌気がしました。
とまあ書いていると父親を許そうという気持ちとまだ腹が立つなあという気持ちが混在していて矛盾していますのでそろそろやめます。
話は変わりまして、
そういえば昨日 近所のショッピングセンターに出かけていて、
三つ子とは手を繋いで歩くのですが、小学生の長女、次女とは手を繋いでいないなあと気づきました。少しずつ
大きくなって離れていくことに寂しさと頼もしさを感じます。
小さな可愛い手を握れる今がずっと続くわけではないことに感謝をして たくさんの愛情を注いでいきたいものです。