星の輝き、月の光 -40ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。


社長と女たち、そしてマスターがどういった関係なのか俺は知らない。ただ俺たちがこの店に来るとマスターから女たちに連絡がいき、やって来た女とホテルへ行くという流れだった。


1番ハマったのはジェルミだった。溺れたと言っていいくらい頻繁に通った。

次がシヌで最後が俺。しかし俺はこの店自体は何度も通ったが、実際に女を抱いたのはそれほど多くない。じゃあ何をしに来ていたのかといえば・・・何だろう。酒を呑むためか?話をするためか?

マスターに教えてもらったウイスキーを呑みながら、女と話をするのがほとんどだった。






グラスにすっぽりと収まるように丸く削られた氷。極寒の海に浮かぶ氷山のようなそれを指先でくるりと回し、ゆっくりと琥珀色の液体を口に含む。熱が喉を通り胃を熱くするのを楽しんでいると、不意に隣に人の気配を感じた。


「ずいぶん久しぶりよね」


懐かしい声に顔を向ければ、俺が初めて抱いた女が座っていた。

俺はそんなつもりはなかったが、マスターが呼んだんだろう。

まだ機能していたシステムに驚いた。


動く度、長い黒髪がサラリと揺れる。

控え目なメイクに派手さがまったくない清楚な服装。

アヨンは以前と全く変わらない姿でそこにいた。


「今日はどうしたの、もう来ないと思ってたのに。もしかして、私のことが恋しくなった?」


「さあ・・・どうだろう」


ここは俺にとっては非現実的な世界。

ここにはどこにいても声をかけてくる不躾な人間もいなければ、勝手に写真を撮る無神経な輩もいない。いるのは他人に興味を示さない客と、この場には不釣り合いな恰好をしたアヨン。

たったそれだけで俺は束の間、現実から離れられる。

その空気が恋しくて、俺の足はここに向かったんだなと、今、気づいた。

アヨンは俺の表情から何を感じ取ったか知らないが、たわいない話を始めた。

この間観に行った映画が意外とつまらなかったとか、会社にムカつく上司がいるとか。


「会社?普通に働いてるのか?」


「何その意外そうな顔。あたり前じゃない、テギョンに会う前からずっと同じとこよ」


てっきり男と寝ることを商売にしてるのかと思ってた。

そういえば俺はアヨンが俺といる時以外、何をしているのか知らなかった。普段どんな生活をしているのか、聞いてはいけないような気がして。


じゃあ一体どんな話をしてたのか。

慣れない共同生活が苦痛だとか、新人はどんな仕事も断れなくてストレスの山だとか。思い出すのはそんな俺の愚痴ばかり。

デビュー当時、偶然母親と会った時も来た憶えがある。あの時は何もしゃべらず俺はただグラスを傾け、アヨンも隣で呑んでいるだけだった。

現実から顔を背け、わずかばかりの癒しを求め。


今は?今日はどうしてここへ来た?


俺は心を掘り下げる。

思いあたるのは1つのこと。

胸にズキリと痛みを覚えると、俺はそれを消し去ろうと熱い液体を流し込んだ。




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古ぼけたビルが立ち並ぶ狭い路地を歩く。暗い夜道は夜目のきかない俺には苦手な場所だが、なぜかそこへ足が向いた。

人通りも少ない寂れた街。俯きながら千鳥足の男たちの横を足早に通り過ぎ、打ちっぱなしのコンクリートの階段を下りると、年季の入った木のドアに手をかけた。


ギギギィという鈍い音とともに静かに流れるジャズが、薄暗い店内で鳴り響き俺を出迎えてくれる。

ここへ来るのは何年ぶりだろう。2年・・・3年ぶりくらいか?

俺は軽く店内を見回した。

狭い店にまばらな客は以前と同じ。もともと中年だったマスターも3年くらいではどこも変わらず・・・いや、白髪が増えてるな。

他に変わったといえば、あの頃はマスターだけだった店に、若いバーテンダーが1人入ったことくらいか。

俺はカウンターの真ん中の席に座った。


「いらっしゃいませ」


若いバーテンダーがグラスを磨いていた手を止め、注文を聞こうと近づいてくる。マスターはそれを制し、俺の前にウイスキーの入ったロックグラスを音も立てずに置いた。

琥珀色の液体と気泡のない透明な氷が照明の光を反射し、キラキラと輝く。


「久しぶりだな」


マスターは短く言うと店の奥へと消えて行った。

ビールでも焼酎でもないこいつの呑み方は、ここのマスターに教わった。

俺は夕陽色のグラスに口をつけた。




この店を教えてくれたのはアン社長だったが、社長と呑みに来たことはない。ここへ行けと地図を渡され、シヌとジェルミ、3人で来たのが初めてだった。

その頃はまだデビュー前で3人とも未成年。酒の呑めない俺たちはバーに来ても飲めるのはジュースくらい。どうしてこんなとこへ行けと言われたのかと首を傾げながらジュースを飲んでいた俺たちの前に現れたのは、3人の女だった。


3人とも俺たちより少し年上に見えた。もっとも見た目なんてあてにならないから、もしかしたら少しどころじゃなかったかも知れないが、そんなことはどうでもいい。問題はその女たちがここへ来た理由。

彼女たちは社長が俺たちのために用意した女だった。つまりどういうことかというと、デビュー前とはいえ変な女に引っかかっては困るから、全て秘密にし、全て割り切った関係でいてくれる彼女たちで、性的欲望を満たせということだった。


俺たちは焦った。いや、正確には俺とジェルミか。シヌは最初こそ驚いた顔をしていたがすぐに軽く笑みを浮かべると、誰にするのかと俺とジェルミに聞いてきた。

しかし誰と聞かれても答えようがない。特異なシチュエーションに俺とジェルミは声も出せず顔を見合わせる。

結局シヌの提案で、3人とも寝てみてから気に入った女をそれぞれ選ぼうということになり、俺たちはごく短期間に3人の女と寝ることになった。




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その日、残りの仕事をどんな顔でこなしたのか俺には判らない。不機嫌極まりない顔かそれとも感情のこもらない空虚な顔か。確かなのは、笑えと言われても笑えなかったことだけ。






シヌの隣にいるミニョを見た瞬間、俺の思考は止まった。そして呼吸も。

しばらくして息苦しさに大きく口を開け酸素を取り込むと、深い霧が晴れるように、頭の中が冴え渡った。


しばらく連絡しないと言った時のあっさりとした返事。

帰国が延びたのをシヌが知っていたこと。

迎えに行った俺の目の前を2人が通り過ぎたという事実。

全てを繋ぎ合わせれば、おのずと答えは見えてくる。


よくよく考えれば迎えに来て欲しいというのもおかしな話だ。以前のミニョなら俺のことを気遣って、そんなこと言わなかった。

見送りにも行けなかった俺の忙しさは十分判っているはず。それなのに迎えに来て欲しいと言ったのにはそれなりの理由があったからだ。

俺とミナムしか知らないはずの到着時刻に、シヌが偶然空港にいたなんてありえない。



つまり、ミニョは・・・・・・心変わり、した。



シヌに迎えを頼んであり、それを見せるためにわざと俺を呼び出した。

信じられない・・・信じたくないが、そういうことなんだろう。



俺は、ミニョに、裏切られた・・・のか?








いつからなんだ、いつからあいつの心は俺から離れていった?

アフリカへ行ってすぐか?それともだいぶ経ってからか?

いや、出発前、見送りに行けないと言った時すでに平気な声で返事してたぞ。


考えれば考えるほど判らなくなってくる。

どういうことだと問い詰めるのは簡単だ。だが、「そろそろ気づいてくれませんか?それともはっきりと、もう好きじゃありませんて言わないとダメですか?」なんて言われたらと思うと、俺の心は一瞬怯んだ。

そして同時に、今こうして思い悩んでいる時間がものすごく虚しく、無意味で腹立たしく思えてきた。


もうどうでもいい。

難しい問題じゃない。

俺だけと言っておきながらシヌの車に乗って行ったんだ、それが答えなんだろう。

俺の方から連絡する気も失せた。






ザァザァと降り注ぐシャワーを浴びながら、俺は湯気で曇った鏡をキュッと手のひらで擦った。そこに映っていたのは、濡れた黒髪から覗く目を鋭く光らせる1人の男。


「いい顔してるじゃないか。今だったらもっと目で表現しろなんて言われないな」


口の片端をわずかに上げ、静かに笑う男は全てを洗い流すように熱いシャワーを浴び続けた。






お互いソロ活動で忙しく、しばらく顔も合わせていなかったシヌがある日の夜、俺が帰るとリビングで座っていた。

シヌは俺の姿を見ると立ち上がり近づいてきた。


「俺・・・ミニョとつき合うことになった」


俺の目をじっと見るシヌ。

あの日空港で、俺の目の前を通り過ぎて行った2人の姿が脳裏によみがえる。


「そうか」


白々しい、もうとっくにつき合ってたんだろと喉まで出かかった言葉を飲み込み、俺はピクリとも表情を変えず、感情のこもらない声でそう言った。




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