星の輝き、月の光 -39ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。


撮影の間中、窓の外が気になって仕方なかった。さっきのはやっぱりミニョだったんじゃないかと。

しかし、こんな車もほとんど通らない、バスだって1日に数本しか走ってないような田舎道を、ミニョがとぼとぼと歩いているなんてありえない。

だが、もしも、万が一にも、窓の外にミニョがいたとしたら。

きっと俺は外へ飛び出し、追いかけ、腕を掴み、振り向かせ、その後は・・・


その後、俺はどうしただろう。

電話のことを謝るだろうか。


留守電聞かずに勝手に怒ってごめん。

空港も迎えに行ったけど遅くなって・・・

シヌの車に乗ってくの見えたから・・・


で?

そんなことを言ってどうするつもりなんだ?


俺は自問自答する。

どんなに謝っても、言い訳を並べ立てても、もう遅い。

ミニョはシヌの手を取った。


「テギョン!」


集中できていない俺は監督に呼ばれた。真面目にやれと注意される。

返す言葉のない俺は、黙って頭を下げた。






撮影も残すところあとわずか。目の前のグラタンを笑顔で食べればそれで終了。

丸い皿の中、ホワイトソースの上のチーズはほどよく焦げ色をつけている。しかし撮影用の料理は、いつ作ったんだ?と首を傾げたくなるほど冷めてしまっていて、湯気どころか温もりさえない。その上何かは知らされていないが、わざわざ俺の嫌いな物を入れてあるという。これをおいしそうに食べろというんだからこの撮影、俺の演技力を試す以外の何者でもないなと片頬で笑いながら、冷たいグラタンをゆっくりと口へ運んだ。

しかし今まさに口の中へ入れようとした瞬間、ガシャンと大きな音が店内に響き渡り、俺はピタリとその手を止めた。

当然カットの声がかかり、何だどうしたんだと騒がしくなる。

立ち上がって音のした方を見ると、皿を割ったんだろう、床にたくさんの破片が散らばっていて、しゃがんでそれを拾っている女と、その横には身体を2つ折りにしてペコペコ謝っている女がいた。

スタッフのミスで撮影を中断され、俺は小さく舌打ちをするとわざとガタンと大きな音を立て再び椅子に座った。

俺の不機嫌さが伝わったんだろう、怒鳴り声が聞こえてくる。


「何やってんだ、バカヤローッ!」


「すいません!でも、あの、この人がいきなりお皿掴んでわざと落としたんです」


「はあ?」


頭を下げていた女は破片を拾っている女に視線を向ける。


「・・・誰だお前、知らない顔だな。どうして関係ないヤツが入り込んでるんだ」


その言葉で「誰?」「知らない」とスタッフ同士がひそひそと話し始めた。

俺の位置から女の顔は見えないが、どうやらスタッフではないらしい。女は割れた食器を拾っていた手を止めると、すっくと立ち上がった。


「撮影の邪魔してすみません。急いでたんで、大きな音立てれば食べるの止められるかなと思って」


心臓がドクンと大きく脈打った。

その声は聞き憶えのある声で。


「あのグラタン、エビが入ってます。誤解してるようなんですけど、テギョンさんはエビが嫌いなんじゃなくて、アレルギーがあって食べられないんです」


俺は声を聞いた瞬間、立ち上がっていた。慌てた拍子に椅子が倒れ、その脚に引っかかったがそんなこと気にしていられない。

まさか・・・どうして・・・と思いつつ、邪魔なスタッフを掻き分けその声の主の前に出ると。

そこには、思った通り、ミニョがいた。




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俺がしばらく連絡をしないと言った時、ミニョは仕事の邪魔をしないように、電話もメールもしないと言っていた。その言葉通り、その後は入っていなかった留守電だが、それが再び入り始めていた。

しかしボランティア延長の相談の後は、俺が怒って電話をしたからだろう、すべて謝罪の言葉で始まるものばかり。それもいつしか「あの・・・」とか「その・・・」といった声を詰まらせた言葉だけになっていた。


どうして今まで気づかなかったんだ。ミニョは俺に伝えようとしていた。それなのに俺は気づきもせず、一方的に腹を立てて。


最後に届いたメールを読む。そこには帰国の日時とともに俺を気遣う言葉が。




”お仕事がんばってください。でも無理はしないでくださいね”




心変わりしていたならこんな言葉は残さないだろう。あの日空港にシヌといたのも、本当にただの偶然だったのかも知れない。

自分の勝手な都合で連絡しないと言い、入っていた留守電にも気づかず、一方的に怒って怒鳴り散らして。

俺に迎えに来て欲しいと言ったんだから、1時間でも2時間でも俺が行くまでずっと待ってるだろうと当然のように思っていた自分に嫌気がさす。




『自分のこと以外は何も見えませんか?』




沖縄でのミニョの言葉がよみがえる。

本当に俺はあの頃と少しも変わってない・・・
ミニョのことを気遣えず、自分の考えばかりを優先して。


「愛想つかされてもしょうがないよな」


何もかもがもう遅い。結果的にミニョの伸ばした手を俺は無視し、シヌが掴んだ。


「本当に俺は・・・」


俺はベッドに仰向けに寝転がると天井を見つめ、戻らない時間に奥歯を噛みしめた。






どれくらい時間が経てばミニョのことを忘れられるだろう。

テレビ局にラジオ局、取材、撮影と移動を繰り返し、息つく暇もない日々が続くのに、俺の頭の中からミニョが消えることはなかった。

今日撮影で来たこの場所も、田舎というだけであいつの父親の墓参りに来た場所の風景と似ているような気がしてくる。全然違う場所なのに・・・


砂漠の中のオアシスのように、山と畑以外何もない道路沿いにポツンと建つ1軒のカフェ。

周りの風景と店の雰囲気を監督が気に入り、ここを借りて行われる撮影は、着々と準備が進められていた。


メイクを終えた俺はぐるりと店内を見回した。

木のテーブルも椅子もかなり古いが、使い込まれ深い色合いの木目がいい味を出している。ガラス越しに見える山の木々。緑色の葉の間から見える赤い花は、ちらほらと控え目に咲いていた。

そろそろ撮影が始まる。

俺は窓に背を向けたが、その直前、視界の端にミニョが映ったような気がして慌てて窓を振り返った。

窓ガラスにへばりつくように外を見る。そこから見えたのは山の緑と俺たちが乗って来たロケバスが2台。道路を走る車もなければ歩行者もいない。


きっと窓の外を横切る大きな鳥が人影にでも見えたんだろう。それにしてもそれをミニョだと思うなんて・・・


どうかしているなと俺は軽く頭を振った。




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「あ、あのな、テギョン・・・・毎日忙しいテギョンにとって今日がどんなに大切な日か、俺は十分判ってる。判ってるぞ」


一体今は何時なのか・・・

そんなことも考えなくて済むはずの今日、頭までかぶった布団の上から、おどおどしながら俺の様子を窺うようなマ室長の声が聞こえる。


「判ってるなら静かにしろ」


「だが俺も上司の命令には逆らえなくてな・・・」


「大げさだな、何なんだ」


「・・・曲、できたか?」


俺はゆっくりと布団から顔だけを出した。

この顔を見れば、今ここにいることを後悔するだろうというくらい思いっ切り睨みつけてやろうと思ったが、肝心のマ室長の姿が見えない。身体を起こすと、ベッドの下でひれ伏し、床に額をこすりつけている男の背中が見えた。

その姿が妙に哀れで怒る気も失せてしまう。俺はぞんざいに「机」とだけ言うと、再び布団にもぐりこんだ。

すぐに机の方でガサゴソと探し物をする音が聞こえてくる。


「ちゃんと元通りにしとけよ」


寸分違わずに、というのは到底無理だろうが、ぐちゃぐちゃと引っ掻き回したまま帰られてはかなわない。

鉛筆の位置、消しゴムの場所、照明の角度、みんなちゃんと決まってるんだからな。

しばらくして「あった!」と声が聞こえてきた。


「貴重なオフの日に悪かったな」


さっきまでとは打って変わって明るく跳ね上がった声がドアへと移動していく。そして


「社長が早く部屋を見つけてくれってさ」


余計なひと言を残し、マ室長の気配は消えた。


「はぁ・・・」


俺はため息をつくと、のそのそと布団から出た。


後輩に合宿所を譲ってやってくれと言われ、俺以外の3人はすでに出て行った。ここに残ってるのは俺だけ。

部屋を探そうにも俺にそんな時間はなく、マ室長に頼んでも変な物件ばかり。どうしろというんだと、本日2つ目のため息をつき、ふと机を見ると、3つ目のため息が出そうになった。

元通りにしておけと言ったのに、案の定机の上がきたない。

微妙に物の配置がズレているのは百歩譲って仕方ないとしても、引き出しの中にあったはずのノートが机の上にあるというのはどういうことだ。

俺は小さく舌打ちをし、ノートをしまおうとしてその下にあった本来机の上にはないもう1つの物を見つけた。

それは俺がプライベート用として以前使っていた携帯。


「・・・・・・」


シヌとつき合ってる女のことなんかさっさと忘れてしまえ、そう思って携帯を手にし、あいつの痕跡を消そうとした時、俺は初めて気がついた。

大量の留守電とメールが息をひそめたまま冷たくなっていることに。

日付けはミニョがまだアフリカにいた頃のもの。


どうして今まで気がつかなかったんだ?


今更・・・と思いながらも1つずつ確認していく。その中で見つけた留守電に俺は凍りついた。


『お仕事忙しいのに電話しちゃってごめんなさい。実は今、私のいる施設ではみんなが病気になってしまい、人手がすごく不足してます。それでシスターに、もう少しの間ここに残って手伝って欲しいと言われました。少しでも早くテギョンさんに会いたいけど、ほってもおけないし・・・どうしたらいいと思いますか?連絡待ってます』


思い詰めたような、戸惑うようなミニョの声が耳の奥に残る。

俺がシヌからボランティア延長の話を聞かされたのはドラマを撮り終わった日だからよく憶えてる。留守電はそれよりも確実に何日か前。

 




俺は息を呑んだ。




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