ひとりの夜はうさぎを抱きしめて 1 | 星の輝き、月の光

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

昼過ぎに降りだした雨は次第に激しさを増していった。

もともと屋外での撮影がほとんどで天候に左右されることも計算されていたスケジュールは余裕を持たせてあり、その日の撮影はあっさりと中止になった。

 

「あれ?テギョンヒョン、出かけるの?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

夕方、ホテルの部屋から出たテギョンは廊下でジェルミに声をかけられた。

 

「まだ結構降ってるのに・・・珍しいね」

 

降り出して数時間は経っている。当然路面にはところどころ水たまりができていて、こんな日に普段から汚れることを嫌がるテギョンがわざわざ出かけることにジェルミは少し驚いていた。

それはテギョン自身も意外に思っていることだった。いつもならこんな日は部屋でのんびりと過ごすはずなのに、なぜか今日は出かけたい衝動に駆られていたから。

 

「まあな」

 

どこに行くのかと聞かれるのもめんどくさいと思ったテギョンは短く返事をすると、さっさとエレベーターに乗った。

 

 

 

 

 

それは撮影が中止になりホテルへ帰るロケバスの中でのことだった。信号で停車した時、ふと窓の外に顔を向けたテギョンは一軒の店に目がとまった。古そうなたくさんの店が立ち並ぶうちの一軒。両隣に比べこれといって特に華やかさのない外装は、落ち着いているというよりも地味に見えた。ショーウィンドウはなく店のつくりや店名からでは何の店なのか判らない。大きな窓はあるためそこから中が見えるかと思ったが、雨のせいもあってよく見えず、バスも動き出したため結局何の店なのか判らないままホテルに着いてしまった。

その店が妙に気になって仕方なかった。仕事で訪れた国で偶然見かけただけの店なのに・・・

今日はこの後これといって予定はない。あるはずだった打ち合わせも急きょなくなった。

しばらく考えた末、テギョンはその店に行くことにした。

 

 

 

 

 

タクシーで数十分。車から降りたテギョンはバスの座席から見下ろした店を今目の前にし、その建物を軽く見上げた。通りかかった時と同様にこれといって目立つわけではなく、何がそんなに気になったのか判らない。ただ妙に惹かれるものを感じ、肩の滴を払うとドアを開けた。

店内に並んでいたのは腰の高さくらいのガラスでできたショーケース。入り口に立ち中を見回した後、それらの間をゆっくりと歩き出した。

しばらく歩くとなぜこの店が気になったのか判った気がした。

それはきっと運命だったから。

雨で渋滞していたせいか偶然運転手は昨日までとは違うルートでホテルへ向かった。

信号が赤になり偶然この店の前で停車した。

そして偶然打ち合わせがなくなり出かける時間ができた。

それらは偶然ではなく必然だとしたら・・・

つまり自分がこの店に来たのは必然で、まさに運命に導かれたに違いない。そう思った最大の理由、それは・・・

 

一目惚れだった。

 

見た瞬間に心を奪われた。気持ちが高揚しているのが自分でもよく判る。

こんなことは初めての経験で、戸惑う時間も考える余裕もそこにはなく、だからこそこの出会いは運命なんだと確信した。

一点を見つめたまま動かないテギョンに従業員が声をかけたがテギョンの反応はない。

目の前のもの以外は目に入らず、周りの音も聞こえないほど見惚れている。あまりにも集中していたからか、呼吸をすることすら忘れ、息苦しくなるほど。

 

「きれいだ・・・」

 

感嘆のため息とともに漏れた言葉。

美しく優雅で気品があり、だけどそれを誇示することなく控えめに佇んでいる。テギョンにはそう見え、その姿にどうしようもなく心惹かれた。

 

「・・・さま・・・お客様」

 

声をかけられていることに気づいたテギョンはハッと顔を上げた。目の前にいたのは怪訝な顔をしている従業員。

 

「すいません、あまりにもきれいで・・・」

 

店に入ってきた客がとあるショーケースの前で立ち止まり、じっと商品を見つめ身じろぎもせず、声をかけても無反応だと従業員としては警戒心を抱いても不思議ではないだろう。しかし注意しながら再び声をかけた客の、驚きつつ少し恥ずかしそうな表情に、従業員はホッと気を緩めた。

 

「ご覧になりますか?」

 

ショーケースの中にはネックレスや指輪などのジュエリーがずらりと並べられていて、テギョンが心奪われ一目惚れしたのは、その中の一つの指輪だった。実際に手に取って間近でそれを見てみると、ガラス越しに眺めていただけでは判らない繊細な輝きにあらためて感嘆のため息をついた。

ミニョに似合うだろうな・・・

どうだ!とばかりに大きな石がでん、と乗っかっているより、多少小ぶりだが複雑にカットされた石は派手さはないが静かな美しさをまとい、ミニョの指にぴったりだと思った。

喜んでくれるだろうか?

以前プレゼントしたヘアピンは今でも大切に宝箱にしまわれている。それを考えるとどんなプレゼントでも喜ぶと思う。しかもこの指輪は特別な意味を持つもの。

初めは驚きの表情を見せたミニョの顔がその後幸せそうな笑顔に変わるのを想像すると、テギョンの顔も自然と綻ぶ。

テギョンは迷うことなくそれを買うことにした。

受け取りは二週間後でちょうど帰国予定日の前日。

ホテルへ戻ったテギョンは「帰ったら大事な話がある」とだけミニョに伝え、電話を切った。

 

           

 

                                   

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