もぞもぞ・・・もぞもぞ・・・・・・
逃げ出そうとしているのか、腕の中でテジトッキが動く。
「おい、じっとしてろよ」
と言いつつ、ミニョが身動きするたび、二の腕にぷにぷにと柔らかいものがあたって、それはそれで悪くないんだが。
「でも、あの、気になることがあって・・・」
「何だ?それは」
「だから・・・あの・・・・・やっぱり、やめちゃダメです。やめないでください」
「そのことか」
「だってもったいないです。テギョンさんには素晴らしい才能があるんだし、それにやめちゃったら・・・テギョンさんの幸せはどうなるんですか」
「幸せ?」
一体何のことだ?
「前にお店で話してくれたじゃないですか。世界中の人がテギョンさんの曲を歌うようになったら、その時にテギョンさんは幸せを感じるって」
はて?俺はそんなことを言ったか?
「だからやめちゃダメです。私はテギョンさんに幸せになって欲しい・・・」
前に回した俺の腕にミニョが手を重ねた。
いつそんな話をしたのか憶えていない。ということはきっと何気なくした話なんだろう。というか、そもそもそんなこと考えたこともないような気が・・・
でも・・・いや、だからこそ、ミニョが憶えていてくれたことが嬉しかった。
「やめる云々が解決すればじっとしてるのか?」
「え?・・・それは、まあ・・・」
「だったら心配ない。俺は音楽をやめるつもりはないから」
驚いた顔のミニョ。振り返ったその目と鼻の先には俺の顔があり、唇が触れそうになると、慌てて前に向き直った。
「だって、テギョンさん、引退するって・・・」
「A.N.JELLはやめる、事務所も辞める、ファン・テギョンは引退する」
「ほら、やっぱり」
「最後まで聞け、引退するのは”韓国の芸能界”で、”ファン・テギョン”が、だ。これからは別の国で別の名前で音楽を続ける」
俺の父親、世界的に有名な指揮者-ファン・ギョンセ。
デビューしたての頃は、どこへ行ってもファン・ギョンセの息子だと紹介された。彼の息子だから呼ばれたんだと見え見えの番組も多くあった。
ジェルミは単純にテレビに出れると喜んでいたが、俺はそれがたまらなく嫌だった。
気にしないようにした。
いちいち気にしてたらきりがない。
もやもやした気持ちに蓋をした。
やがて俺たちはトップに立った。
『大きな後ろ盾の上に平然と胡坐をかいて座ってる』
シヌが本気で言ったかどうか判らないが、あんなこと言われてムカつかないわけがない。鍵をかけたはずの箱をこじ開けられたんだから。
ファンの声を思い出す。
『ファンジェ(皇帝)テギョン!ファン・テギョン!』
一体いつからそんな風に呼ばれるようになったのか。
ふと考えてしまう、俺が”ファン・テギョン”でなかったら・・・
シヌのことはムカつくが、A.N.JELLは護りたい。そしてもちろんミニョのことも。
”移籍”ではどうしてもその理由が注目される。事務所かメンバーとの間に何かあったのかと勘ぐられるのは避けられない。
そう考えたら、真っ先に頭に浮かんだのが、韓国の芸能界から去ることだった。
その場の勢いでやめると口にしたが、それでよかった気がした。
「もともと俺はアイドルになりたかったわけじゃない、音楽がやりたかったんだ。あのままじゃ歌以外の仕事がもっと増えそうだしな。厚化粧の女にべたべた触られるのはごめんだ。A.N.JELLもアジア以外じゃまだまだ知名度は低い。俺のことを全然知らないような国に行って曲を作るのもいいな。顔を出さずに名前も変えて」
どれもこれも建前だな。本当はミニョをシヌから遠ざけたかっただけだ。
いつの間にかミニョがおとなしくなっていた。
「まさか・・・寝たのか?」
「違います、テギョンさんが何を考えてるか判ったから」
「それでおとなしくなったのか」
「テギョンさんが音楽をやめないって聞いて、少し安心しました」
言葉とともに、ミニョが身体を預けるようにもたれかかってきた。
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