ミニョがバイトをしているカフェ。何度か通ううちに判ったことだが、どうやら従業員はミニョ1人のようだ。
俺は毎日来るわけじゃないし、時間もバラバラ。昼頃の日もあれば夕方に来ることも。ただいつ来ても客は少なかった。俺以外に多くても2組ほど。俺だけのことも多い。いや、1度だけ午前中の早い時間に来たことがあるが、その時は年寄りが席を埋めていたな。ミニョはその年寄りたちに人気があるようで、ずいぶん可愛がられていた。客の少ない店でよくミニョを雇う気になったなと思っていたが、理由はそこにあるのかと1人で考えたりもした。
「お待たせしました。今日は暑いですね」
コーヒーの香りが近づいてきてテーブルにカップが置かれた。
初めのうちは俺を避けるようにしていたミニョだが、今では普通に会話するようになった。といっても、たいていその日の天気と、どうでもいいような話。それはきっと俺を単なる客として扱っているか、元カレで今は友人?とでも思っているからに違いない。
俺はそのどちらでいるつもりもないが。
鞄から出した五線紙に鉛筆を走らせる。
コーヒーをひと口飲み、窓の外に目を遣り、風になびく緑を眺め。
のどかな雰囲気の中だからだろうか、優しいメロディーが紙の上で踊り出した。
「どうぞ」
「俺は頼んでないぞ」
「サービスです、店長が材料が余ったからって。作ったのは私ですけど。タマゴサンドです」
ミニョが運んできたのはサンドイッチ。ミニョはタマゴサンドだと言うが、俺にはそうは見えなかった。
なぜかと言えば、黄色い卵に混ざって、くっきりとした緑色のものが見えたから。
俺が過去に食べたタマゴサンドにはない色合い。
いつもは何か運んで来てもすぐにカウンターの奥へ引っ込むミニョが、なぜかトレイを胸の前で抱えたまま戻ろうとしない。そしてその顔には、くすくすとかニヤニヤといった楽しそうなものが浮かんでいた。
嫌な予感がし、パンの端を親指と人差し指でつまんでそっとはがすと、中に挟まれていたのは卵に混ざった大量の緑色の野菜だった。
細かく刻んだ野菜と潰したゆで卵がマヨネーズで和えられ、不気味な色の物体と化している。比率的には絶対に卵より野菜の方が多いだろう。俺にはとてもこれをタマゴサンドとは呼べない。
「・・・ほうれん草、だな」
「すごい!どうして見ただけで判るんですか。緑色の野菜なんて他にもたくさんあるのに。やっぱり嫌いだからですか?」
俺のひくつく顔を見てやけに楽しそうな声を出すミニョ。
「ちゃんと全部食べてくださいね」
悔しいことに俺がここに通い始めてから、初めて見るミニョのとびきりの笑顔。
俺がほうれん草が嫌いなのを知っててわざとこんな物を作るってことは・・・・・・嫌がらせか?
ミニョにフラれたにもかかわらず、バイト先に通い続ける俺に対し、顔や言葉には出さないが、心の中ではここに来ることを迷惑だと思ってるんだろうか?遠回しに、もう来ないでと言ってるんだろうか・・・
こんなことで俺は諦めたりしないぞ!
スキップしながら遠ざかるミニョの後ろ姿を軽く睨みつつ、俺はサンドイッチを手に取ると、息を止めたまま口へと運んだ。
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