俺は恋の駆け引きなんてしたことないし、そもそもそういうことを意識したこともない。だからミニョを取り戻そうと思っても何をどうしたらいいのか皆目見当もつかなかった。ただ会いたいという勢いだけで店へ行き、ミニョを観察しながらコーヒーを飲んでるだけではいたずらに曲が増えるだけ。
恋愛相談なんてできる相手のいない俺は、考えた末、悩みの答えをネットで求めてみることにした。
”彼女にフラれてしまいました。でもどうしても諦められないし、彼女に相応しいのは俺しかいない。どうしたら彼女の心を取り戻せるでしょうか?”
ネットは今一つ信用してないが、参考程度にはなるだろう。まさかファン・テギョンがこんな質問をするとは誰も思わないだろうな。
俺はパソコンの前で腕組みすると、いいアイデアだなと口の端を上げた。
しかし画面上の文字だけで遣り取りされる世界は、結構言いたい放題なヤツが多い。
さっそくきた質問の回答は・・・
”フラれたんならさっさと諦めろ。ストーカーで捕まる前にな”
”ご愁傷様・・・”
”あなたに魅力がないのでは?彼女の心を取り戻す事よりも、まずは自分に魅力をつけましょう”
「ストーカーとは何だ、勝手に人を犯罪者扱いするな」
「俺に魅力がないだと?この魅力の塊のような俺に対して、とんでもない暴言だ」
ある程度予想はしていたが、ムカつくのやら役に立たないものばかりが目立ち、俺はパソコン相手に声を荒らげる。しかしそんな中でもこれは、という回答もあった。
”追いかけてばかりだと女は逃げて行きます。がつがつしてはダメです。気のないフリをしつつ、時々さり気ない優しさを見せると、相手は気になって向こうから近寄ってきます。俺はコレで彼女とヨリを戻しました”
「体験談か・・・」
これは使えるかもと、俺はさっそく実行に移すことにした。
ミニョのいるカフェへ行き、この間と同じ席に座ると俺はコーヒーを注文した。ミニョに対して何か言葉をかけるでもなく、コーヒーをひと口飲み窓の外を眺める。あくまで俺はただコーヒーを飲みに来ただけだぞという感じで。外を見ながら、さてこの後はどうしようかと考えていると、いつの間に来たのか、カウンターから若い男の声が聞こえてきた。
「ミニョちゃん、今度一緒にテニスやろうよ」
「私、運動はあまり得意じゃないんで・・・」
「大丈夫、俺が教えてあげるよ」
やけに話し方が馴れ馴れしい。
しつこい客にも丁寧に応対しているミニョだが俺には判る。にこやかに笑ってはいるが、あの顔は迷惑だと言っているということが。
「ペペロンチーノください」
俺とその男以外客はおらず、暇だからそんなヤツに誘われるんだと俺はその男との会話を阻止するべく、さり気なく注文をした。俺の思惑通りミニョはその男との会話を中断し料理を運んできたが、テーブルへ置くとそそくさとカウンターへ戻りまた話しかけられている。
チッ。
俺は急いでパスタを平らげると今度はホットサンドを注文した。そしてそれを食べ終わる前にツナサラダを注文し、サラダを半分ほど食べた頃パンケーキを頼み、バニラアイスを頼み・・・と、とにかく注文しまくり、食べ過ぎで気分が悪くなりながらもオレンジジュースを胃に流し込んでいると、ようやくその男は席を立った。
俺が何度も注文し、その度に話の邪魔をされた男は不機嫌そうな顔で店を出て行く。俺はその男の背中をフフンと鼻で笑いながら見送ってやった。
ミニョは・・・とカウンターの方を見てみると、何か言いたげな顔つきで俺の方を見ていた。
俺はただ注文しているだけのフリをしながらチラチラとミニョの様子を窺っていた。ミニョは男と話しながら時折意味あり気な視線を俺に投げかけていて、それを俺はミニョからのSOSだと受け取っていた。
客がしつこいが邪険にもできず困っている、助けてくれ、と。
きっとミニョはすぐにこっちへ来るだろう。この後の展開はこうだ。
『テギョンさん、助けてくださってありがとうございます』
『何のことだ?』
『あのお客さんいつもしつこくて。でも無視できないし・・・さり気なく私を助けてくれたんですよね。この前はあんなこと言ったけど・・・私やっぱり、テギョンさんのことが好きです!』
よしっ!
俺はテーブルの下で小さく拳を握った。そして俺の予想通りミニョが近づいて来た。
ネットに書いてあった通りだなと、俺はミニョに気づかないフリをして窓の外を見ながら秘かにほくそ笑む。
俺のすぐ横まで来たミニョ。
その口から感謝の言葉と俺への愛の言葉が発せられるのを待っていると、コトンとテーブルが小さな音を立てた。
「あの・・・いくらお腹がすいてるからって、食べ過ぎだと思います。はい、胃腸薬」
テーブルの上に置かれていたのは白い錠剤の入った瓶。ミニョはくるりと踵を返すと、カウンターへと戻って行く。
俺は瓶を冷たく見つめると口の片端をわずかに上げた。
やっぱりネットは信用できない。
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