社長と女たち、そしてマスターがどういった関係なのか俺は知らない。ただ俺たちがこの店に来るとマスターから女たちに連絡がいき、やって来た女とホテルへ行くという流れだった。
1番ハマったのはジェルミだった。溺れたと言っていいくらい頻繁に通った。
次がシヌで最後が俺。しかし俺はこの店自体は何度も通ったが、実際に女を抱いたのはそれほど多くない。じゃあ何をしに来ていたのかといえば・・・何だろう。酒を呑むためか?話をするためか?
マスターに教えてもらったウイスキーを呑みながら、女と話をするのがほとんどだった。
グラスにすっぽりと収まるように丸く削られた氷。極寒の海に浮かぶ氷山のようなそれを指先でくるりと回し、ゆっくりと琥珀色の液体を口に含む。熱が喉を通り胃を熱くするのを楽しんでいると、不意に隣に人の気配を感じた。
「ずいぶん久しぶりよね」
懐かしい声に顔を向ければ、俺が初めて抱いた女が座っていた。
俺はそんなつもりはなかったが、マスターが呼んだんだろう。
まだ機能していたシステムに驚いた。
動く度、長い黒髪がサラリと揺れる。
控え目なメイクに派手さがまったくない清楚な服装。
アヨンは以前と全く変わらない姿でそこにいた。
「今日はどうしたの、もう来ないと思ってたのに。もしかして、私のことが恋しくなった?」
「さあ・・・どうだろう」
ここは俺にとっては非現実的な世界。
ここにはどこにいても声をかけてくる不躾な人間もいなければ、勝手に写真を撮る無神経な輩もいない。いるのは他人に興味を示さない客と、この場には不釣り合いな恰好をしたアヨン。
たったそれだけで俺は束の間、現実から離れられる。
その空気が恋しくて、俺の足はここに向かったんだなと、今、気づいた。
アヨンは俺の表情から何を感じ取ったか知らないが、たわいない話を始めた。
この間観に行った映画が意外とつまらなかったとか、会社にムカつく上司がいるとか。
「会社?普通に働いてるのか?」
「何その意外そうな顔。あたり前じゃない、テギョンに会う前からずっと同じとこよ」
てっきり男と寝ることを商売にしてるのかと思ってた。
そういえば俺はアヨンが俺といる時以外、何をしているのか知らなかった。普段どんな生活をしているのか、聞いてはいけないような気がして。
じゃあ一体どんな話をしてたのか。
慣れない共同生活が苦痛だとか、新人はどんな仕事も断れなくてストレスの山だとか。思い出すのはそんな俺の愚痴ばかり。
デビュー当時、偶然母親と会った時も来た憶えがある。あの時は何もしゃべらず俺はただグラスを傾け、アヨンも隣で呑んでいるだけだった。
現実から顔を背け、わずかばかりの癒しを求め。
今は?今日はどうしてここへ来た?
俺は心を掘り下げる。
思いあたるのは1つのこと。
胸にズキリと痛みを覚えると、俺はそれを消し去ろうと熱い液体を流し込んだ。
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