「あ、あのな、テギョン・・・・毎日忙しいテギョンにとって今日がどんなに大切な日か、俺は十分判ってる。判ってるぞ」
一体今は何時なのか・・・
そんなことも考えなくて済むはずの今日、頭までかぶった布団の上から、おどおどしながら俺の様子を窺うようなマ室長の声が聞こえる。
「判ってるなら静かにしろ」
「だが俺も上司の命令には逆らえなくてな・・・」
「大げさだな、何なんだ」
「・・・曲、できたか?」
俺はゆっくりと布団から顔だけを出した。
この顔を見れば、今ここにいることを後悔するだろうというくらい思いっ切り睨みつけてやろうと思ったが、肝心のマ室長の姿が見えない。身体を起こすと、ベッドの下でひれ伏し、床に額をこすりつけている男の背中が見えた。
その姿が妙に哀れで怒る気も失せてしまう。俺はぞんざいに「机」とだけ言うと、再び布団にもぐりこんだ。
すぐに机の方でガサゴソと探し物をする音が聞こえてくる。
「ちゃんと元通りにしとけよ」
寸分違わずに、というのは到底無理だろうが、ぐちゃぐちゃと引っ掻き回したまま帰られてはかなわない。
鉛筆の位置、消しゴムの場所、照明の角度、みんなちゃんと決まってるんだからな。
しばらくして「あった!」と声が聞こえてきた。
「貴重なオフの日に悪かったな」
さっきまでとは打って変わって明るく跳ね上がった声がドアへと移動していく。そして
「社長が早く部屋を見つけてくれってさ」
余計なひと言を残し、マ室長の気配は消えた。
「はぁ・・・」
俺はため息をつくと、のそのそと布団から出た。
後輩に合宿所を譲ってやってくれと言われ、俺以外の3人はすでに出て行った。ここに残ってるのは俺だけ。
部屋を探そうにも俺にそんな時間はなく、マ室長に頼んでも変な物件ばかり。どうしろというんだと、本日2つ目のため息をつき、ふと机を見ると、3つ目のため息が出そうになった。
元通りにしておけと言ったのに、案の定机の上がきたない。
微妙に物の配置がズレているのは百歩譲って仕方ないとしても、引き出しの中にあったはずのノートが机の上にあるというのはどういうことだ。
俺は小さく舌打ちをし、ノートをしまおうとしてその下にあった本来机の上にはないもう1つの物を見つけた。
それは俺がプライベート用として以前使っていた携帯。
「・・・・・・」
シヌとつき合ってる女のことなんかさっさと忘れてしまえ、そう思って携帯を手にし、あいつの痕跡を消そうとした時、俺は初めて気がついた。
大量の留守電とメールが息をひそめたまま冷たくなっていることに。
日付けはミニョがまだアフリカにいた頃のもの。
どうして今まで気がつかなかったんだ?
今更・・・と思いながらも1つずつ確認していく。その中で見つけた留守電に俺は凍りついた。
『お仕事忙しいのに電話しちゃってごめんなさい。実は今、私のいる施設ではみんなが病気になってしまい、人手がすごく不足してます。それでシスターに、もう少しの間ここに残って手伝って欲しいと言われました。少しでも早くテギョンさんに会いたいけど、ほってもおけないし・・・どうしたらいいと思いますか?連絡待ってます』
思い詰めたような、戸惑うようなミニョの声が耳の奥に残る。
俺がシヌからボランティア延長の話を聞かされたのはドラマを撮り終わった日だからよく憶えてる。留守電はそれよりも確実に何日か前。
俺は息を呑んだ。
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