夕方に降り出した雨は数時間経った今では大粒の雨へと変わり、窓を叩く音がその激しさを物語っていた。
初夏の雨はねっとりと身体にまとわりつくような湿り気を帯びていて、もやもやとした心と同様、不快な気分を助長する。
「ねえ、俺っていつまで待てばいいわけ?」
ヘイの家でグラスに注いだ焼酎をぐいっとあおり、ミナムはため息と共にアルコール臭い息を吐いた。
「いつまでって・・・返事はすぐじゃなくていいって言ったじゃない。」
ミナムの正面に座るヘイは、穴が開くんじゃないかと思うくらいミナムにじいっと見つめられ、その視線に耐えきれず、顔を背けた。
「ああ言った、確かにすぐじゃなくていいとは言った。でももう半年以上も前だよ、俺がプロポーズしたの。」
空になったグラスに焼酎を注ぎ、それを傾ける。
「すぐに結婚したいとか言ってる訳じゃないだろ、俺と結婚する意志があるかどうか、それを聞いてるだけじゃん。」
雨の日にこんな話をするのがいけないのか。
じめじめとした空気が心の中に流れ込んでくる・・・
「それは・・・だからもうちょっと待ってって言ってるのに・・・」
視線を逸らしたままのヘイにムッと口を尖らせると、ミナムは再びグラスに注いだ焼酎を胃の中へと流し込む。そして空になったグラスをうつろな目で見つめた。
「俺って自惚れてたのかな。ヘイは俺のことが好きだって思ってたのに・・・もしかして・・・・・・俺ってセフレ?」
「ちょっ!何バカなこと言ってんのよ、そんなことある訳ないでしょ!」
思いがけない言葉にヘイはミナムへ顔を向けた。
「冗談に決まってるだろ?」そう言ってクスクスと笑っていると思ったのに・・・
「ヘイの未来に、俺は入ってない?」
そこにはいつも明るく年下のクセに何でも自分のことを見透かしているような、ちょっと小憎らしいミナムの姿は無く、自嘲気味に笑う青年がいた。
ミナムがヘイにプロポーズしたのは去年の秋。
テギョンとミニョの結婚式の日に船上パーティーの場で、みんなの前でプロポーズをした。
その日以来、「返事は?」「もうちょっと待って」という会話が二人の間で何度も繰り返され、その度に「仕方ないなぁ」とミナムがため息をついていたのだが・・・
今日こそはちゃんとした返事が欲しくて、ミナムはヘイのもとへ来た。しかし相変わらずはっきりとしない返事にミナムの酒量は増えていく。
「好きじゃないから返事しない訳じゃないのよ。ミナムのことは好き、でも・・・結婚することが全てじゃないでしょ。五年先、十年先って考えると、ずっと好きでいられるか自信がない・・・」
ミナムの身体がふらついた。これくらいの酒量、いつもなら何ともないのに、今日はやけにくらくらする。そして頭の中もぐるぐるする。
崩れてしまいそうになる身体を支えようと、叩くようにグラスをテーブルに置いた。
タン!と大きな音がした。
ビクリと俯けていた顔を上げると、ヘイの目にはグラスになみなみと透明の液体を注ぎ、一気にそれを飲み干しているミナムの姿が映った。
「ハハハ、正直だなヘイは。でもさ、だったらそう思った時点ではっきり断ってよ。そうすりゃあ俺だって諦めたのに。時間はかかるかも知んないけどさ、ストーカーみたいにつきまとったりしないよ。」
「ちょっと待ってよ、それって別れるってこと?私はべつに別れたいとか言ってるんじゃなくて・・・」
「結婚はしない、でも別れない。好きじゃなくなった時のこと考えて、このままがいいって言ってんの?俺はそんなの嫌だからね。」
ミナムは口の端に流れる酒を手の甲で乱暴に拭うと、ぐっと奥歯を噛みしめゆらりと立ち上がった。
「今日はヘイの本心が聞けてよかったよ。やっと進展したな、俺達の関係。俺の想像してた方とは全く別の方向にだけど。しばらくは連絡しないから・・・俺もいろいろと考え直さなきゃいけないみたいだし。」
ふらふらとおぼつかない足取りで玄関へ向かうミナムを見てヘイも慌てて立ち上がった。
「そんな状態で帰れるの?雨も降ってるわよ。」
「それって俺のこと引き止めてんの?今日泊まったら俺、ヘイのこと滅茶苦茶にしちゃうよ。」
鋭い視線と口元に浮かぶ薄い笑いが氷のように冷たく感じられ、別人のように見えるミナムの姿にヘイはピタリと動きを止めると息を呑んだ。
「ハッ・・・冗談だよ、俺、明日早いんだ。」
フッと表情を緩めたミナムはヘイの方を振り向くことなく玄関を後にした。
合宿所まであと数分というところで運転手に声をかけ、ミナムはタクシーから降りた。
降り続く雨はミナムの身体をあっという間にずぶ濡れにする。
「くそっ・・・くそっ!」
いら立つ感情が抑えられない。小石でも落ちていれば思いっ切り蹴飛ばしたのに。暗いアスファルトの上には思いをぶつけるものは何もなく、ミナムは拳を握りしめると、ダンッ!と足を踏み鳴らした。
ミナムの靴底に踏みつけられた水がパシャリと辺りに飛び散った。そして後から後から降ってくる雨粒に押し流されていく。
『結婚することが全てじゃないでしょ』
うるさい雨の中でも頭の中にははっきりとヘイの言葉が響いている。
好きだから一緒にいたい、だから結婚したい、そんな自分の考えが幼いと言われているようで。
『五年先、十年先って考えると、ずっと好きでいられるか自信がない』
五年先、十年先・・・子供は三人くらい欲しいなとか考えてた自分がバカみたいで。
立っている場所は同じでも見ている先は全く違っていたんだなと、奥歯を噛みしめながらミナムは雨の中を歩いた。
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