左手に紙袋を提げて、テギョンはエレベーターに乗り込んだ。
くっという軽い重力を感じさせ、四角い箱はテギョンの身体を上へ上へと運んでいく。
「ったく、休みなら家でおとなしくしていればいいものを。」
マ室長の連れて来た小さな子供から逃げている間に汚れてしまったのだろう。テギョンの服にはあちこちにクレヨンがついていた。
やっぱりかかわるんじゃなかったと汚れた服の入った紙袋に目を向け口元を歪めたが、その件に関してはもうこれ以上考えないようにすることにした。
もうすぐ家に着く。明日はオフ。ミニョの休みも重なり、完全に一日中二人きりでいられるのはずいぶんと久しぶりで、そんな楽しい日を前にして嫌な気分は一掃しておくべきだと思ったから。
上る階数表示を見ながら大きく息を吸えば、テギョンの気分も上がっていくような気がした。
明日は何をしよう。日帰りでぶらりとどこかへ旅行へ行くのもいいし、買い物や映画もいい。一日中家の中でまったりと過ごすのも捨てがたい。
あれこれ考えていると、チン、という音と同時にわずかな振動が身体に伝わった。
目的の階まで一気に駆け上がったエレベーターは、テギョンが明日の予定を思案している最中にピタリと止まり、着きましたよと扉が開く。
今晩中に二人で決めればいいかと足を進め、家のドアを開けた。
「ただいま。」
「おかえりなさい、オッパ。きゃっ!」
きゃっ!?
テギョンはとっさに後ろを振り向いた。
パタパタとスリッパの音をさせ、笑顔でおかえりなさいと言うミニョの姿はいつも通りだが、その後に続く”きゃっ”という短い叫び声に、もしや自分の後ろに何かあるのではと、テギョンは振り返った。しかしそこには何もない。
一体何なんだと首を傾げたテギョンの目に、ミニョの後ろからこっそりと顔を覗かせる小さな子供が見えた。
見覚えのあるその顔は、ミニョにぴったりとくっつき、テギョンと目が合うとスッと腰の辺りに顔を引っ込め、そろりと様子を窺うようにまた顔を覗かせる。
テギョンは一瞬、自分の目を疑った。
なぜこんなところにマ室長の甥っ子だという子供がいるのかと唖然としているテギョンを見て、ミニョが説明をした。
「マ室長が妹さんから預かったそうなんですけど、明日の夜まで面倒見なきゃいけないのに、明日は朝早くから仕事ですごく困ってるって。今晩と明日一日、面倒見て・・」
テギョンはミニョの話が終わる前にマ室長に電話をかけた。しかしマ室長はテギョンからかかってくることを予想していたのか、出る気配がない。何度もかけ直し、何度かけても同じだと判ると、テギョンは大きく舌打ちをして電話を切った。
人の好いミニョのことだ。マ室長にどうしてもと頼まれて断れなかったのだろう。子供の手前、土下座まではしなかったと思うが、必死に手をこすり合わせている姿が目に浮かぶ。
「今日事務所に連れて行ったら、オッパと遊んでたってマ室長言ってましたよ。ビックリしました、オッパは子供って苦手だと思ってたんで。」
「ああ苦手だ。特に、何を考えているのか、どんな動きをするのか予測がつかない小さな子供はな。だから今日のアレは決して遊んでいた訳じゃない。」
テギョンは子供の手を避けていただけのつもりだったが、子供にとっては充分に遊びになっていたようだ。マ室長が夕方、ミンジュンを連れて来た時に、ミンジュン本人が楽しかったと言っていたのだから。
時計を見ると午後九時を少し過ぎた頃。
子供を一人で追い出す訳にもいかず、かといってマ室長と連絡が取れない以上、今晩はここで預かるしかないのかと、大きな大きなため息をつき、どさりと沈み込むようにソファーに腰を下ろしたテギョンは、その直後、飛ぶようにそこから立ち上がった。
「ちょっと待て、ミニョ。今晩だけじゃなく明日も面倒見るって言わなかったか?」
「はい、明日の夕方マ室長が迎えに来るまで。」
「おいおい、冗談じゃないぞ。明日は俺はオフでミニョも休みで・・・」
「はい、ちょうどよかったです。明日はずっとこの子と遊んであげられます。」
依然として身体にぴったりとくっついているミンジュンを見下ろし、ニッコリと笑うミニョを見て、やめてくれ・・・とテギョンは全身の力が抜けていくのを感じた。
ただでさえ貴重な休みの日に、何が悲しくて他人の子供の面倒を見なければならないのか・・・
くらくらと目眩すら覚え、明るい明日が真っ黒に染まっていくような気がした。
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