窓の外の景色は明るい街並みからいつの間にか行き交う車も少ない暗い空間へと変わっていた。
テギョンさんは車を停めると私の手を引いて坂道を上り始める。
「腹ごなしには丁度いいだろう」
両側に木の立ち並ぶ暗い道をどんどん歩いて行き、坂の頂上と思われる場所まで来ると急に視界が開けた。
「うわぁ、きれいですね」
眼下に広がるのは街の灯り。
頭上に広がるのは星の瞬き。
「地上の星と天上の星がいっぺんに見られるなんて・・・贅沢な場所ですね」
ため息まじりに目の前に広がる光景を見ていると背中がふわりと温かくなる。
「ここにも星がいることを忘れるなよ」
テギョンさんは広げたコートで私をくるむと私の肩にあごをのせ、少し拗ねた感じでそう呟いた。
「テ、テ、テギョンさんっ、さっ、さすがにこれは、人目が、きっ、気になるんですけどっ・・・」
私は急に抱きしめられたこととすぐ横にテギョンさんの顔があることに緊張して上手く言葉が出てこない。
暗いとはいえ、まったくの暗闇ではないし、ここにいるのは私達だけではない。少し離れたところに街灯もあれば私達と同じ様に夜景を眺めているカップルもいる。
「俺にはお前しか見えないぞ」
目を細めて私の顔を見ながらそう言うテギョンさんの顔はさっきよりも近づいていて、私の胸の音はテギョンさんにまで聞こえるんじゃないかと思うくらい、ドクドクと大きな音を立てている。
「わ、私には、見えるんですけど」
すぐ向こうにいるカップルが気になって、私はテギョンさんの腕から逃れようとバタバタと動く。
「仕方ない」
ふっと緩められた腕に解放されたと思っていた私の身体は次の瞬間くるりと反転させられ、今度は向き合う形で抱きしめられた。
「これなら見えないだろ?」
たっ、確かに周りは見えなくなったんですけど・・・
私の顔はテギョンさんの胸に押し付けられるように抱きしめられていて、さっきよりも更にドキドキと胸が苦しくなる。
「地上の星も、天上の星も、周りも見なくていい。俺だけ見ていろ」
優しく響く低い声。
広げられたコートにすっぽりと包まれた私の身体は身動きできないほど強く抱きしめられている。
このまま時間が止まってしまえばいい・・・・・・本気でそう思った。
アフリカに行かず、ずっとこのままテギョンさんの傍にいたい。
そう言ってしまいそうになる口をギュッとつぐむと、私はテギョンさんの胸に頭を預けた。
修道院の裏口に静かに車が停まる。
「明日、だな・・・」
出発するのは明日の朝。もう一緒にいられる時間もほとんどない。そう思うと寂しくて哀しくて、胸の奥がキュウッと痛くなる。
「待っててくださいね」
私は鉄柵の門を背に立つと俯いたままで努めて明るく答えた。
「はぁ・・・三ヶ月だったよな。俺は迎えには行かないからな、ちゃんと自分で帰って来いよ。お前が帰る場所は俺のところだということを忘れるな」
大きなため息をつくテギョンさんの言い方が、いかにも「仕方ないなぁ」という感じで私は思わずクスッと笑ってしまうと、俯けていた顔を上げた。
目の前にはテギョンさんのアップ。
あまりにも間近に迫ったテギョンさんに、私は顔が瞬時にカァッと真っ赤になったのが自分でもはっきりと判った。
「おい」
「は、はい!」
「・・・目を瞑れ」
「はい?」
「こういう時は・・・その・・・目を瞑るもんだろ?」
「え?」
更に近づくテギョンさんの顔。
私は思わず後ずさりした。
背中が門にあたる、カチャンという金属音が響く。
こういう時・・・
テギョンさんの言ってることは、一応私にも判る。でも私は緊張のあまり目を瞑ることができない。だって目を瞑れば、その後どうなるか判ってるから・・・
今までにもテギョンさんとキスしたことはあるけど、それは不意打ちのような形であって、こうやってあらたまって向き合っていると、どんどん鼓動が速くなってきて・・・
「す、すみませんテギョンさん、き、緊張しちゃって、目を瞑れません」
私が正直に答えると、テギョンさんは口を尖らせた。
「お前・・・その呼び方、そろそろ何とかしろ。俺は恋人なんだから他にも呼び方があるだろう」
ムッとしたテギョンさんはそのまま唇を左右に動かす。
「テ、テギョンさんだって私のこと、おいとか、お前って呼んでますけど」
「う、うるさい」
口ごたえする私に今度は眉間にしわを寄せる。
「え、えーっと、こ、こんなに近くで顔を見たままだと、恥ずかしくて・・・呼べません・・・」
消え入りそうな私の声にテギョンさんは「いちいち文句を言うヤツだな」と小さくため息をつくと、大きな手を私の目の前にかざした。
「これなら呼べるか?」
目の前が暗くなる。私の目はテギョンさんの手にすっぽりと覆われていて、テギョンさんの顔は見えない。
これなら少しは恥ずかしくないかも・・・
私は大きく息を吸うとテギョンさんのことを違う呼び方で呼んでみた。
「オッパ・・・」
その直後、「ミニョ」という囁くような優しい声とともに、私の唇はテギョンさんの温かい唇に塞がれていた。
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