雪のちらつく寒い夜。
クリスマス一色に塗り替えられた街。
イルミネーションで飾られた街路樹の横を、マフラーに半ば顔を埋めるようにして歩いていた私はその歩みを止め、駅前の広場にある巨大なクリスマスツリーを見上げた。
数えきれない程多くのLEDライトで飾られたツリーは、まるで木自体が光を放っているかのように輝き、辺りを明るく照らしている。
近づくとリボンやまつぼっくり、杖やベル、リンゴなど様々なオーナメントが吊るされているのが見えた。
そして一番高いところには大きな星が。
小さい頃、聖堂にあった大きなクリスマスツリーのてっぺんにあるお星さまが欲しかったのよね・・・
寒さに身体を寄せ合い幸せそうに微笑んでいる大勢のカップルの中で、私は一人ポツンとツリーの星を見上げていた。
「クリスマス、何が欲しいんだ?」
夜にかかってきたオッパからの電話。
欲しいものと聞かれても特にこれといって何もない。
突然の質問に、私は昨日見た大きなクリスマスツリーを思い出した。
「・・・クリスマスツリー・・・」
もちろんあんなに大きなのじゃなくて、ごく一般家庭用のごくごく普通サイズのもの。
電話の向こうで「まるで子供だな」と笑っていたオッパは数日後、ハワイロケから帰って来ると綺麗にラッピングされた大きな箱を持って来た。
蓋を開けると中に入っていたのは組み立て式のクリスマスツリー。
「うわぁ、オッパ、ありがとうございます。」
私はそれを箱から出すと、さっそく説明書を見ながら鼻歌まじりで組み立てていく。
「店のおばさんがハワイらしくて可愛いと勧めてくれたんだが・・・」
オッパが手にしたオーナメントをしげしげと見つめ、首を傾げていた。
「はい、すごく可愛いですね!私初めて見ました。」
オッパが持っていたのは白い貝がら。
他にもエビ、カニ、タコ、カメ・・・と、オーナメントは海のものばかり。
「ハワイらしいといえば・・・ハワイらしいのかも、な。」
オッパは本物ではないエビをつまみ上げ、複雑な表情。
その顔が可笑しくて、私はクスクスと笑ってしまう。
あっ、でも・・・
「お星さまはないんですね・・・」
何となく当然のようにあると思っていた星はいくら探してもみつからない。
「星ならあるじゃないか、ほら。」
「オッパ、それ星じゃありません、ヒトデです。」
「何っ!?」
オッパは手の平に乗せたヒトデを目を丸くして見ている。
その驚いた顔も可笑しくて。
「そんなに笑うな」と言うオッパの横で、私は笑いが止まらなかった。
去年のクリスマスはアフリカで過ごした。
今年はオッパと過ごす初めてのクリスマス。
二人でツリーを飾ってから、忙しいオッパとは会えないでいた。
寂しい思いを紛らわせる為に何度も駅前のツリーを見に行った。
ツリー・・・というよりもツリーの星を見に。
知らない男の人に声をかけられることもあったけど、オッパには内緒。
もし話したら「もうそんな所には行くな」って言われそうだから。
今夜も私は冷たい空気に身体を震わせ、ひときわ輝く大きなお星さまを見つめていた。
今日はクリスマスイブ。
オッパはクリスマスイベントで朝早くからお仕事。
「夜にはそっちに行く」って言ってたけど、時計はもう夜の十一時。
リビングのソファーに一人で座って私はツリーを眺めていた。
LEDのライトがチカチカと光ってとっても綺麗だけど、てっぺんにお星さまがないのが寂しいって思うのは・・・やっぱり我儘よね。
暖かい部屋なのに、一人でいると何だかとても寒い気がして。
私はソファーの上で膝を抱えると、時計とツリーを交互に見ながらオッパが来るのを待っていた。
インターホンが鳴る。
うとうととしていた私は急いで玄関へ行きドアを開けた。
白い息を吐きながら入って来たオッパは持っていた大きな紙袋を私の方へと差し出す。
「今日のイベントで使ったヤツだが、もういらないみたいだからもらってきた。」
袋の中を覗くととても大きな星。
これは・・・オーナメント?
「オッパ、これってツリーの上についている星ですか?いらないみたいって・・・」
一体どんな大きなツリーなのかと首を傾げるほど大きな星。
今日のイベントは終っても、また明日使うんじゃあ・・・
それに今年のクリスマスは終わっても、普通しまっておいてまた来年使うんじゃないのかな?
袋から出した大きな星を両手で持ってじっと見ていると、靴を脱ぎながらオッパが言う。
「ヒトデじゃないからな。」
「ひとで?」
・・・ひとで・・・ひとで・・・・・・ヒトデ!
ヒトデの意味を考え、ああそうか、と思わず噴き出してしまった私をオッパは軽く睨んだ。
オッパと二人で並んでソファーに座る。
オッパはさっき飲んだシャンパンのせいか少し眠そう。
ううん、きっと違う、ずっと忙しいせい、疲れているせい。
今日だって朝早くからずっとお仕事で、それなのに私のところに来てくれて。
私はオッパの肩にそっと頭を乗せ、もたれかかる。
「何だ、酔ったのか?本当にお前は酒に弱いな。」
クッと喉の奥で笑うオッパは何だか嬉しそう。
いいえ、酔ったんじゃありません。
いくらお酒に弱い私でも、あれくらいは平気です。
私が飲んだシャンパンは小さなグラスに半分も入っていない。
でも私は何も言わず、もたれかかったままそっと目を瞑る。
一人でいた時は寒く感じたのに、今は心も身体も温かい。
オッパといると温かい・・・
いつもなら私の方が先に眠ってしまうのに、今日はいつの間にかオッパの方が先に眠ってしまっていた。
「オッパ、こんな所で寝ると風邪ひいちゃいますよ、オッパ。」
身体を揺すっても起きないオッパ。腕を引っ張っても私の力ではとてもベッドまで運んでは行けない。
どうしようかと考え、私はブランケットを持って来るとソファーで眠ってしまったオッパにそっとかけた。
そしてその隣にもぐり込むと部屋の灯りを消した。
暗い部屋にチカチカとクリスマスツリーが光っている。
そのツリーに立てかけるように置かれた大きな大きなお星さま。
大きすぎてツリーのてっぺんには飾れないけど、ツリーよりも存在感のあるその星はまるでオッパのよう。
「カトリーヌさんが帰って来たらきっと吃驚するわね。」
一月になってカトリーヌさんが帰って来るまで飾っておこうかな・・・
私はクスって笑う。
私がオーナメントの中に星がないと言ったのを憶えていて、あの星をもらってきてくれたのよね。
どうやって頼んだのかな?
どんな顔してもらったんだろう?
周りの視線、気にならなかったかな?
大きな星をもらっているオッパの姿を想像すると、笑いが込み上げてくる。
私って幸せよね。
素敵なツリーに、あんな大きなお星さままでもらって。
・・・でもね、オッパ、ごめんなさい。
私、もうお星さまはいらなくなっちゃったみたい。
我儘な私はツリーのお星さまより、こうして隣にいるお星さまが欲しいの。
腕を絡めて、指を絡めて、オッパの肩にもたれかかる。
アイドルのオッパは朝になれば皆のオッパになっちゃうけど、今はこうして独り占め。
朝になるまでは私だけのオッパですからね。
オッパと過ごす初めてのクリスマス。
ピッタリと寄り添い、温かなオッパの体温を感じながら私は幸せな気持ちで眠りについた。
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