ヘイのマンションのリビングでミナムは一人静かに焼酎を飲んでいた。
日付けはとっくに翌日に変わってしまった深夜。
カチカチという掛け時計の音がやけに大きく響いて聞こえた。
「テギョンヒョンが秋には結婚するって・・・」
そう呟いたミナムにリビングを出ようとしていたヘイは振り向くとハァ~と長いため息をついた。
「ミナム、それって何だかテギョンの結婚にショックを受けてるように聞こえるんだけど。」
ヘイの言葉にプッと小さく噴き出すと、ミナムは俯けていた顔をゆっくりと上げた。
「ハハハ、確かにそう聞こえるかも。」
違うということはヘイにも判っている。テギョンが結婚するというなら相手はミニョしかいない。
ミナムはミニョが結婚するということに少なからず動揺している?
喜んでいるのか戸惑っているのか・・・
今までのミニョに対するミナムの態度からすると、どちらでもないような気がする。
それともやはり妹の結婚に寂しさを感じているのだろうか?
ミナムの表情からはその真意は読み取れない・・・
「ミニョのこと、気になるんでしょ?」
ミナムはグラスに焼酎を注ぐとぐいっと一気に口へと入れる。
空になったグラスにまた焼酎を注ぎ、口へと流し込む。
「ヘイ、寝るんだろ?俺はもうちょっとだけ飲んでるから。」
ミナムはヘイの方は見ず、ヘイの問いに答えることもなくグラスを目の高さに上げ、中の透明な液体を虚ろな目で見ていた。
「本当に勝手よね、私に会いたくて来たって言っておいて、一人で飲んでるからさっさと寝ろって言うの?言われなくたって寝るわよ。元々寝ようとしてたところを引き止めたのはミナムなんだからね。」
フンッとミナムに背を向けるとヘイはリビングから出て行った。
リビングのソファーに一人ポツンと座り、焼酎の入ったグラスを傾ける。
酔っているのかそうでないのかよく判らない。
身体はフワフワとしているのに思考回路は正常で、こんな時は自分の酒の強さが恨めしく思えてくる。
「怒らせちゃったかな・・・」
ヘイの顔を思い浮かべ苦笑いをする。
色々としつこく聞いてこないヘイがミナムには有難かった。
話したくないこと、話さないことを責めたりせずに放っておいてくれる。
『秋には結婚する。』
テギョンの言葉が脳裏に浮かぶ。
「まだだ・・・もう少し・・・」
小さく呟くとミナムはグラスを空にした。
二種類のアラーム音でミナムは目を覚ました。
いつの間に眠ってしまったのか、ソファーで横になっていた身体をゆっくりと起こす。
照明がついていた筈の部屋は暗く、テーブルの上で蓄光のぼんやりとした光で存在を控え目に主張している照明のリモコンに手を伸ばした。
ピッという小さな音とともに一瞬にして明るくなった部屋の中で眩しさに目を細める。今まで寝ていた頭の下にはそこにはなかったクッションが枕代わりに置かれ、身体には毛布が掛けられていた。
二つのアラーム音はミナムとヘイの携帯の音。
「いつの間に・・・」
自分の携帯をテーブルへ置いたのは憶えている。しかしそれ以外のクッション、毛布、ヘイの携帯、部屋の照明は全く憶えていない。
全ては自分が眠ってしまった後にヘイがやったことだと思うと、ミナムは静かに口の端を上げた。
すっかり朝陽が昇りきった頃、ヘイが小さな欠伸をしながら起きてきた。
「もう、片付けぐらいしてってよね。」
テーブルには昨夜ミナムが飲んだビールや焼酎の空き瓶が散乱している。
合宿所のミナムの部屋は綺麗に片付いているが、ヘイの部屋で飲んだ翌朝はいつも散らかっていた。
時間がないからなのか、ヘイへの甘えの表れか。
着信の入っている携帯をヘイが手にした。
『おはよう』
『ゴメン』
『ありがとう』
『行ってきます』
「結局何が言いたい訳?」
数分おきに入っていた数件の短いミナムからのメールに口を歪ませつつテーブルの上を片付けていると再びメールが入る。
『愛してる』
「・・・もう、付け足しみたいに言わないでよ。」
文句を言うヘイの口元は微かに笑みが浮かんでいた。
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