ミニョの話を聞いていたカトリーヌは口をつぐんで笑うのを我慢していたが、最後には堪えきれずにクスクスと笑い出した。
「それで?結局どうだったの?赤ちゃんは?」
気まずそうにミニョから顔を逸らすテギョンをミニョは頬を膨らませながら軽く睨む。
「・・・三日後に生理がきました。でもそれまでずっと家から出してもらえなかったんですよ。オッパは事務所に行かずに家でずっと作曲しながら私が出掛けないように見張ってるし・・・。休んだ理由を院長様に説明するのにも恥ずかしくて・・・」
「だから、それは・・・悪かったって言っただろ・・・」
ばつが悪そうに言葉を濁しながら紅茶をクイッと飲むテギョンを見て、カトリーヌは目尻の涙を指で拭った。
「ミニョ・・・愛されてるのね。」
「・・・院長様にも同じことを言われました。」
膨らんでいた頬がスッと赤く染まり、俯くミニョを優しい眼差しで見ているカトリーヌはとても幸せそうな顔をしている。
「それで?まだ何かもめてるの?」
「今回は、赤ちゃんできてませんでしたけど、本当に赤ちゃんができた時にまたオッパが無茶苦茶なことを言うと困るんで・・・」
ミニョはそこまで言うとテギョンの方に身体を向け、真剣な表情でテギョンを見た。
「もし、赤ちゃんができても病院の先生に辞めた方がいいと言われるまで、仕事を続けさせて下さい、お願いします。」
ペコリと頭を下げるミニョ。
「俺はお前の身体を心配してだな・・・」
「オッパ、何度も言ってますけど、私の主張が通るまでオッパと一緒のベッドでは寝ませんから。」
軽く頬を膨らませ、プイ、と横を向くミニョにテギョンは大きなため息をつく。
ミニョが妊娠していないことが判明してから今日まで、ミニョは妊娠しても仕事は辞めないと言い続け、テギョンは反対をし続け。
テギョンのあまりにも、横暴とも思える過保護ぶりに腹を立てたミニョはテギョンに対抗するにはどうしたらいいかと考えた結果、 『オッパが私の言うことを聞いて下さるまで、一緒のベッドでは寝ません。』 と言い放ち、ミニョはゲスト用のベッドで、テギョンは寝室のベッドでと、別れて寝ることになった。
「まあ、テギョン君もミニョの身体と赤ちゃんのことを心配してのことだと思うから、許してあげたら?」
「赤ちゃん・・・て、まだできてるかどうかも判らないのに、三日も軟禁状態だったんですよ。心配するにも程があります。」
ミニョに言葉を遮られ、口元を歪めて椅子に座っているテギョンの姿に助け舟を出したカトリーヌだったが、ミニョの機嫌は直らない。
「今回のことはもう済んだことなのでまだいいとしても、これからのことは譲れません、仕事は続けます。」
「確かに、ミニョの言うことはもっともよね。妊娠したからってすぐに仕事を辞める必要はないわ。」
カトリーヌの言葉に、うんうんと大きく頷くミニョと大きくため息をつくテギョン。
「カトリーヌさんも同じことを言うんですね。」
「その様子だと誰か他の人にも同じことを言われたみたいね。」
「・・・ヘイとワン・コーディに・・・」
プイ、と横を向き、口を尖らせるテギョンの姿はずいぶんと子供じみて見えてカトリーヌはクスクスと笑い出した。
「今までずっと外で仕事をしてきたんだからその方が身体にも、精神的にもいいと思うわ。もちろん無理のない範囲でね。ミニョのことを思うんだったら、家の中に閉じ込めておくのはよくないと思うんだけど。」
華やかに微笑むカトリーヌにとどめとも思える一言を言われ、テギョンは渋々ミニョの主張を受け入れることにした。
「それにしても・・・まだできてもいない赤ちゃんのことで、よくそんなに長く喧嘩してられるわね。」
「「喧嘩じゃありません。」」
二人の声が重なる。
クスクスと笑い続けるカトリーヌに、テギョンとミニョは互いにばつが悪そうに顔を逸らした。
風呂上がりのミニョが首回りのゆったりとした部屋着に身を包み、リビングへ足を入れるとテーブルにはビールとカクテルが。
「久しぶりだろ?」
口の片端を上げて笑うテギョンはいつものテギョンに見える。昼間カトリーヌの前にいた時は、駄々をこねる子供の様な顔をしていたのに。
「オッパはカトリーヌさんの言うことは聞くんですね。」
ヘイとワン・コーディにも同じことを言われていたのに首を縦に振らず、カトリーヌに言われた途端、素直に言うことを聞いたテギョンにちょっとだけ頬を膨らませた。
「何だ、妬いてるのか?」
「別に、そういう訳では・・・。私だって何度もお願いしたのに・・・」
「お前は無理をするから・・・時々信用できない。」
テギョンはビールに口をつけるとグイッと一口飲んだ。
「カトリーヌさんは俺の信頼している数少ない人間の一人だからな。彼女なら、たとえほんの少しでもミニョの為にならないことは言わないと信じている。」
自分のことは時々信用できないと言われたが、カトリーヌのことを信頼していると言われ嬉しくなったミニョは、テギョンの横にピッタリとくっつくようにしてソファーに座った。
カクテルの缶に口をつけ、ニコニコと笑いながらちびちびと飲んでいるミニョを見て、テギョンは幸せな気持ちでビールを飲む。
一本飲み終える頃にはミニョの頬はバラ色に染まっていた。
「俺は真剣にお前の身体のことを心配してるんだからな。」
「判ってます・・・私も意地を張り過ぎました。ごめんなさい・・・」
ミニョは酔って微かに揺れる身体をテギョンへと預け、腕を絡ませてきた。
白い胸元。
ふわりと揺れる髪。
シャンプーの香り・・・
ミニョの機嫌を損ねてから、こんなにピッタリと身体を寄せてくることはなく、久しぶりにテギョンの腕に触れる柔らかい膨らみの感触に、こんなことくらいで我ながら情けないと思うくらい鼓動が速くなっているのを感じる。
ミニョの潤んだ瞳を見るだけで
薄紅色の唇を見ただけで
その瞳に自分だけを映したい
その唇をゆっくりと味わいたい
白い首筋
胸元
その下の柔らかな膨らみに顔を埋めたい・・・
ミニョの全てを全身で感じたいという思いは尽きることがない。
何度身体を重ねても・・・いや、一度でも身体を重ねてしまったからか?
テギョンは今すぐにでもミニョの滑らかな白い肌に舌を這わせたいという欲望をぐっと抑え、手に持っていたビールをグイッと呷った。
そんなテギョンの思いをよそに、ミニョは絡めていた腕をスッと解くと、ニコニコと笑いながら二本目のカクテルに手を伸ばす。
「カトリーヌさん、御飯だけじゃなくて泊まってくれればよかったのに。せっかく久しぶりに会えたのに残念だなぁ・・・」
カトリーヌは明日の打ち合わせが朝早いからと言って、夕食を共にした後ホテルへと向かった。
帰り際にテギョンの耳元で、 『別居騒動は終わりね。』 と小さく囁いて。
別居騒動は終わり。今夜からはまた一緒のベッドで眠る。十日ぶりに・・・
そう思うと、自分は今こうして隣に並んで座っているミニョのことで頭が一杯なのに、カトリーヌの話をしだしたミニョにテギョンは口を尖らせると、ミニョの持っていたカクテルの缶をスッと奪い取ってテーブルへ置いた。
「暫くは韓国にいるんだ、時間はまだある。・・・それに、だいたい俺のことは二の次か?お前はどこで寝てもきっとぐっすり眠れるだろうから、ゲストルームで一人で寝ても、寝室で俺と寝ても何も変わらないよな。俺はお前がいなくてなかなか眠れなかったっていうのに・・・」
「じゃあ、今夜からは一緒のベッドですからオッパもぐっすり眠れますね。」
急に拗ねたように不機嫌になったテギョンに首を傾げつつ、何の屈託もなく笑みを浮かべるミニョ。
そう、今夜からはまた同じベッドだ。ミニョがいればよく眠れる。眠れるが・・・
「まあ、今夜はすぐには眠れそうにないがな。でもそれはお前も同じだ、今夜はお前も眠れない。いや、俺が寝かせない・・・」
キラリと妖しく目を光らせ口の片端を上げたテギョンは、キョトンと自分の方を見ているミニョの顎に指をかけ、少し上向かせると薄紅色の唇を自身の唇で塞ぐ。
啄むような口づけを何度も繰り返しそれにミニョが応じだすと、今度は唇を重ねたまま舌を差入れミニョの舌を探る。
「んっ・・・」
カクテルに酔いふらつく身体をテギョンの腕に支えられ、抱き寄せられ、深い口づけが続く。
ゆっくりと唇を離し、ミニョの上気した頬と乱れる息遣いに満足気に笑みを浮かべると、テギョンはミニョの頬を両手で包み、切なげに自分を見つめる潤んだ瞳に自分の姿を映した。
「同じ家に居ながら十日も別の部屋で寝てたんだからな。」
両手を頬から首筋、肩へと滑らせ優しく頬にキスをする。
「こんな我慢強い男は他にいないぞ。」
耳元で囁き首筋に顔を埋めながら唇を這わすと、ミニョの身体がピクンと跳ねる。
いつの間にかテギョンの右手はミニョの部屋着の裾から忍び込み、柔らかな膨らみを包み込んでいた。
「あっ・・・んっ・・・オッパ・・・や・・・」
ソファーに倒され身体を震わせながら小さく抵抗するミニョに、テギョンはクッと小さく笑うとミニョから身体を離した。
「そうだったな、せっかく十日ぶりに同じベッドで寝るんだからソファーでっていうのはないよな。」
テギョンはクックッと笑いながらミニョを抱き上げる。
「明日も休みをもらっておいてよかったな。きっと昼まで起きられないぞ。」
ニヤリと笑うテギョン。
「何かオッパ・・・意地悪してます?」
頬を赤く染め上目遣いでテギョンを見るミニョ。
「あ?お前、意地悪って・・・。だったらこの十日間のお前は何だったんだ?別の部屋で寝るなんて・・・俺に意地悪してたんじゃないのか?」
「だって、あれはオッパが無茶苦茶なことを言うから・・・」
「煩い、黙れ。それともお前は、俺と一緒に寝るのが嫌なのか?」
テギョンの問いにミニョは首を横に振る。
「だったら、今夜は眠れなくても・・・文句は言うなよ。」
ミニョはテギョンの首の後ろへそっと腕を回すと、赤くなった顔をテギョンの身体へピッタリとくっつける。
寝室へと向かうテギョンは満足気に笑みを浮かべていた。
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おかしい・・・コメディーが書きたかったのに、なぜそっちの方へ話が流れていく?
欲求不満?
実は最初に書いた下書きの後編が、番外編の 「幸せの味-はんぶんこ-』 を引きずっていた内容だったんですが、書き直しました。
ちょっと、くどいかなって思って。
ああ、でも、はんぶんこを引きずった話は今後出てくると思います。
以前、途中まで書いたんで、そのうちに・・・
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