ミニョから手紙が来た。前回ボランティアへ行った時よりも手紙が届くのが早い。その分封筒の厚みは薄くなっているが、毎週のように届く手紙はテギョンだけでなく、シヌやジェルミの楽しみでもあった。
『オッパ、お元気ですか?』
「いつも同じ出だしだな・・・ああ、俺は元気だぞ。」
そう言いながらフッと口元を緩め、テギョンはピアノの前の椅子に座りいつものように手紙を読み始めた。
韓国への一時帰国の後、ボランティアへ戻ったミニョはシスターメアリーの勧めでボランティア全体のサポートをする仕事に就いていた。
自然に他のボランティアメンバーと接する機会も増え、元々多くの人との交流を望んでいたミニョには嬉しいことだった。
学校が休みに入った学生ボランティアも多く、社会人も会社から休暇をもらい短期で来ている人、 若い人、年をとった人、男性、女性、様々な人がミニョの周りで仕事をしていた。それは修道院にいた時とは全く違った人との距離と立場であった為、ミニョにはとても新鮮に感じられた。
前回はネルソン一人にずっとつきっきりだったが、今回は食事の仕度、洗濯、子供の世話、修繕と、様々なボランティアのサポートとして、一日中施設の中を走り回っていた。
昼食後、降り続く雨に建物の中で歌っていたミニョはふと窓の外を見る。しとしとと降る雨の中、小高い丘の上にある大きな木の下に誰かが座っているのが見えた。
「こんにちは。」
ミニョが近づくとそこにいたのは一人の年をとった男性だった。
その男性は声をかけられたことに驚いた顔をしたが、すぐに難しい顔をし、ギロリとミニョを睨むと顔を背ける。服の袖から出た腕にはいくつもの傷跡。中には銃創らしきものも多数ある。
ミニョが笑顔で話していると男性は少しづつ心を開いてきたのか、ポツリポツリと自分のことを話しだした。
男性は今まで多くの人を傷つけてしまい、その罪滅ぼしにボランティアでここに来ているという。
「いや、逃げて来たという方が正しいかな。仕事は三人の息子達に譲って私は引退したのだが、その息子たちは仲が悪くてね、いつも喧嘩ばかり。どうにも見ていられず、ここまで来てしまった。」
力なくうなだれるように呟く男性にミニョは首を傾げる。
「でもおじさんはその三人の息子さんのお父さんなんですよね。だったら遠慮してちゃダメです。目に余るような兄弟喧嘩なら、やめなさい!と、一言大きな声で言えばいいんです。」
ミニョの素直な意見に目を丸くする。まるで小さな子供を叱るような言い方に男性は声を出して笑い出した。
「ハッハッハッ・・・確かにそうだ、あなたの言うとおりだ。国に帰ったらそうすることにしよう。・・・ところであなたは毎日歌っているのかな?昼になると聞こえてくるのだが・・・今ここで聴かせてもらえないかな。」
男性の言葉にミニョは快く応じた。
カトリーヌに合格点をもらったシューベルトの 『アヴェ・マリア』 。
カトリーヌはアフリカへ来てからもミニョに歌の指導を続け、OKを出すと、 『久しぶりに主人に会いたくなっちゃった』 と言い、一旦イギリスへと帰って行った。
歌い終わったミニョに男性は口元を緩める。
「素晴らしい、あなたの歌を聴いていると心が温かくなるようだ。しかしあなたは不思議な人だ。皆私の顔と傷跡を見て避けていく。私は二週間ここにいるがこんな風に話しかけてくれたボランティアはあなただけだ。」
微かに笑みを浮かべた顔は最初に見た怖い顔とは違い、とても優しく見えた。男性は明日にはここを発ち、違う施設で作業をした後国へ帰ると言った。
「イギリスへ来ることがあったらぜひ連絡して欲しい。私はビル・アーリスといいます。きっと役に立てるだろう。」
「ありがとうございます。私はコ・ミニョです。」
「コ・ミニョさん・・・名前を憶えておこう。」
ビルはそう言うと立ち上がって歩き出した。
『オッパ、今回のボランティアでは色んな方とお知り合いになれてとても楽しいです。ビル・アーリスさんという方にイギリスに来ることがあったらぜひ連絡をして欲しいと言われました。』
手紙を読んでいたテギョンは頭を抱える。
「おい、その名前は男だよな・・・ミニョ、あまり笑顔を振りまくな、男が寄って来る・・・心配だ・・・」
テギョンが大きなため息をついていると、ジェルミが地下への階段を下りてきた。
「ヒョン、手紙呼んだ?ミニョとんでもない人と知り合いになっちゃったみたいだよ。」
騒がしいジェルミにテギョンは顔をしかめるが、ジェルミはそんなことお構いなしにしゃべり続ける。
「ビル・アーリスって人、イギリスじゃあ有名な資産家なんだけど、実はよくない噂もあって・・・マフィアだって言われてる。」
「何!?」
― おいおいミニョ・・・一体どうやったらそんな奴と仲良くなれるんだ・・・
その日の夜もテギョンは眠れずにいた。ジェルミの言葉が頭から離れない。
「また事故を起こしたな・・・いやまだ起こしてないのか?どっちにしても心配で眠れないじゃないか。」
がばっと布団を捲ると勢いよくベッドから下りる。
「どうやったらボランティアに行ってマフィアと知り合いになれるんだ?いや待てよ、あのユ・ヘイと仲良くなるくらいだからな、ミニョには何でもないことなのかもな。」
テギョンは時折机の上のテジトッキに話しかけながら、ウロウロと部屋の中を歩き回る。
「やっとネルソンのことが落ち着いたと思っていたのに、また心配かけるのか。」
テギョンはテジトッキを軽く睨みながら携帯をかけた。・・・引き出しの中で鳴るミニョの携帯。
「そうだ、あいつまた置いて行ったんだった・・・」
忌々しそうにミニョの携帯を睨みつけると乱暴に引き出しを閉める。
「アフリカ・・・何とか行けないだろうか・・・」
テギョンはその場で腕組みをし、目を瞑って考えていた。
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