「こんにちは。・・・あら、今日はテギョン君じゃないのね。」
玄関のドアを開けたのがミニョだったので、カトリーヌはミニョの後ろにいたテギョンを見てクスリと笑う。
「ごめんなさいミニョ、歌のこと話しちゃったわ。」
カトリーヌはそっとミニョを抱きしめる。
「あなたがテギョン君と喧嘩したみたいだって聞いて・・・」
「いいえ、私がお願いしたことですから。」
テギョンはミニョが抱きしめられた瞬間ピクリと頬を動かしたが、この間のようにミニョを引き離すようなことはしなかった。カトリーヌの言葉の真意を知り、ミニョの心を信じている今では必要のないこと。
今から出かけるというテギョンはカトリーヌに一曲だけでも聴いていったらと言われ、練習室へ来た。
この間と同じように椅子を動かすが、今日は少し離れたミニョの正面に座る。
カトリーヌに何やら耳打ちされたミニョは、小さく頷くと胸の星を握りしめそっと目を瞑る。
何度か深く呼吸をし、心を落ち着けるとゆっくりと瞼を開けた。
Ave Maria Ave Maria ・・・
カッチーニの 『アヴェ・マリア』
前回は初めて聴いたミニョの歌声に驚き、表情までは見ていなかった。
あの後カトリーヌに気をつけた方がいいと言われたミニョの表情は・・・
澄んだ声に少し哀しげな旋律。柔らかな声はあの時聴いた声より一層艶を増しているように思える。
そしてあの表情。
切なげで、哀しげ・・・。時折目を瞑っては少し眉根を寄せ、うっすらと開いた瞳でテギョンを見つめる。
― あ、これは・・・ヤバい・・・確かに誰にも見せられない・・・
口元に拳を当てたテギョンの顔が赤くなる。
切なく、悩ましいその姿は、数日前、ベッドの中で見たミニョの顔と重なって・・・
「どうですか?テギョンさん。この前よりもうちょっと頑張ってみたんですけど・・・」
歌い終わったミニョはテギョンに駆け寄ると、俯いている顔を覗き込むように自分の顔を近づけた。
「あ~コホン、コ・ミニョ・・・これはダメだ、人前で歌っていい歌ではない・・・。俺の前でだけなら・・・歌うことを許可する・・・」
赤い顔で目をキョロキョロと泳がせ、ミニョの顔をまともに見ることができずにいるテギョンの姿に、カトリーヌは必死で笑いを堪えていた。
「え、テギョンさんの前でだけですか?・・・そんなに私の歌ってダメですか・・・判りました。もっと練習して、お兄ちゃんやシヌさん、ジェルミの前でも歌えるように頑張ります!」
テギョンの言葉の意味を知らないミニョは拳を作って力説する。
「いや、それはいい、やめておけ。それより、シューベルトだ。シューベルトの方がミニョの声には合っている。シューベルトを練習しろ。いいか、シューベルトだぞ、判ったな。」
テギョンはミニョに念を押すと赤い顔のまま慌てて練習室から出て行った。
「クックッ・・・アッハハハー。ほらミニョ、テギョン君もああ言ってるし、シューベルトの練習をしましょう。」
堪えきれず声を出して笑い出したカトリーヌをミニョは不思議そうな顔で見ていた。
「どうしてカトリーヌさんはそんなに私に親切にして下さるんですか?」
「友達だから・・・じゃダメかしら?」
「そういう訳ではないんですけど・・・A.N.JELLに傷をつけない為にはどうしたらいいのか一緒に考えて下さったり、私に歌を教えて下さったり、韓国にまで来て下さって・・・どうしてかなって。」
ミニョはずっと疑問に思っていたことをカトリーヌに聞いてみた。
「・・・私が以前歌っていたことは話したわよね。」
「はい。一度だけですが、歌も聴かせて頂きました。凄く素敵でした。」
ミニョはその時のことを思い出しているのか、瞳を輝かせてカトリーヌを見ている。
「私は昔・・・ある出来事があって歌えなくなってしまったの。ずっと歌えなくて、歌うのをもうやめてしまおうと思っていた。そんな時にあなたの歌を聴いたの。不思議だったわ。何故だか急にまた歌いたいって思ったの。そして私に歌う気を起こさせたミニョの歌が気になった。どんな想いで歌っているのか知りたかった。それを探っている時に偶然A.N.JELLのことを知ったの。その時に私が思ったのは、身代わりをしていたことが公になったらミニョに傷がつくということ。」
「私にですか?」
カトリーヌの意外な言葉にミニョは驚く。
「そう、その時には私の頭の中にはある一つの思いがあって、それを叶える為にもあなたに傷をつけたくなかった。身代わり疑惑が出たとしても、それを払拭できる程の力をつけたかった。それがあなたに歌を教えた本当の理由よ。ミニョにはA.N.JELLの為にしていたことでも、私はミニョの為、自分の為にしていたこと。」
ミニョはカトリーヌの言っている意味がよく判らずしきりに首を捻っている。ミナムのフリをしていたことがバレると、自分に傷がつく、それを避ける為に歌を教えたという・・・
「あ、あのカトリーヌさんのおっしゃりたいことがよく判らないんですけど。」
首を傾げ眉根を寄せるミニョにカトリーヌは優しく微笑むと、真剣な顔でミニョの瞳を見つめた。
「私はあなたと友達以上になりたい。仕事上のパートナーに。いわばこれは私からミニョへのプロポーズよ。・・・ミニョ、私と一緒に世界中で歌ってみない?・・・一緒にクラシックをやらない?」
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