三人で地下の練習室へ入りドアをバタンと閉める。練習室の中にはドラムセット、ギター、キーボードが並び、壁にはテギョンのグラフィック。
「・・・A.N.JELL・・・ね・・・」
カトリーヌは部屋の中をぐるりと見回すとポツリと呟いた。
「キーボード弾きましょうか?ピアノがよければ隣にありますけど。」
テギョンはドアの方を指差す。
「いいえ、何もいらないわ。せっかくですものテギョン君は座ってゆっくり聴いてて。」
テギョンはミニョから少し離れた壁際にガタガタと椅子を動かしドスンと座った。背もたれに体重をかけ、足を組むと、ミニョをじっと見つめ腕組みをする。
「いつでもどうぞ。」
カトリーヌはテギョンを横目で見ながらミニョに微笑みかけた。
「ミニョ、まずはカッチーニからいきましょう。とりあえず、軽く流す感じで構わないわ。」
「はい。」
ミニョは胸元の星をギュッと握り、ゆっくりと何度か深呼吸をすると目を閉じて歌い出した。
Ave Maria Ave Maria ・・・
目を瞑り、ミニョの声に集中しようとしていたテギョンの目がゆっくりと開かれる。
「何だ・・・これは・・・」
鳥肌が立つ・・・
テギョンはミニョが歌い出す前、ミニョがミナムのフリをして歌った 『天使の糧』 の声を想像していた。だが実際に歌い出したミニョの声は・・・全く違っていた。
高く澄んだ声に艶やかさが加わった伸びやかな声は、優しさと哀しさが入り混じっている。
長く続くビブラート・・・
地下室にいるのに天空から光が射すのが見えるようだった。
まさに、聖母マリアに捧げる祈りの歌。
・・・テギョンの知らないミニョの声・・・
カッチーニの 『アヴェ・マリア』 は以前クラシックをやっていた為テギョンも一応は知っている。
歌詞は Ave Maria の繰り返しだがかえってそれが難しい。一つの言葉をかなり長い時間をかけて発声する為、息が続かない歌手も多い。そういう歌手は自分で適当にフレーズ、歌詞わりを変えてしまう。しかしそれでは一つの言葉が途中で切れてしまう。
その点ミニョの 『アヴェ・マリア』 はオリジナルの楽譜通りのフレーズと歌詞わり・・・・・・完璧だった。
カトリーヌは歌う前に軽く流す感じでと言っていたが、それでもかなりの声量がある。テギョンはそのことにも驚いていた。
声の質、声量、長いブレス・・・
今、目の前で歌っているのは、テギョンの知らないミニョ・・・
「OKミニョ、今はそれくらいでいいわ、次はシューベルト。いけるかしら。」
「はい、大丈夫です。」
「テギョン君、もう一曲聴いてみる?」
「えっ?・・・あ、はい・・・」
ミニョの歌声に呆然としていたテギョンは、突然カトリーヌに声をかけられ生返事しかできず、椅子に座ったままカトリーヌとミニョを見ているだけだった。
○ ○ ○
「今日はこのくらいにしておきましょう。元々今のミニョが 『アヴェ・マリア』 を歌えるのか知りたかっただけでしょう?彼は・・・」
カトリーヌは椅子に座り、腕を組んだままのテギョンをチラッと見る。
「ジョギングはしてる?」
「昨日始めたところです。」
「ストレッチは?」
「やってます。」
「腕立ては?」
「大丈夫です。」
「腹筋は?」
「はい、何とか。」
「背筋は?」
「一人じゃちょっと・・・」
ミニョの言葉にカトリーヌがクスクスと笑う。
「そうね、一人じゃ無理ね。ここにいる間は彼に手伝ってもらった方がいいわね。」
カトリーヌはテギョンの方を見るが、テギョンは椅子に座ったまま目を閉じている。
「じゃあ、私はこれで帰るわ。また何かあったら連絡してね。」
「はい、ありがとうございました。」
カトリーヌは微笑みながらミニョを優しく抱きしめる。
「久しぶりにあなたの歌が聴けて嬉しかったわ。」
「私もカトリーヌさんに会えて嬉しいです。」
ミニョはカトリーヌに抱きしめられながら目を瞑りそっと微笑んだ。
○ ○ ○
ミニョがカトリーヌを玄関まで見送りに行き練習室に戻って来た時も、テギョンは目を瞑り壁際の椅子に座ったままだった。
「あの・・・テギョンさん。私の歌、どうでした?」
ミニョがテギョンに近づき顔を覗き込むように聞いてみる。
テギョンは先程のミニョの歌を思い出し、ゆっくりと目を開け立ち上がった。
「今の歌は何だ?」
テギョンの知らない、ミニョの声・・・
「え?」
「今のはどう聴いてもクラシックだろう。」
A.N.JELLでミナムのフリをしていた時に歌った 『相変わらず』 と 『言葉もなく』 。それとは全く違った発声。横隔膜を使ったビブラート。
「お前はオペラでもやるつもりか?」
カトリーヌと笑いながら話をするミニョ・・・
テギョンの知らないミニョ・・・
― アフリカで一体・・・二人で何をしていたんだ?
目の前にいるミニョがとても遠くに感じられ、テギョンは手に入れた筈の温もりをカトリーヌに奪われた気がした。
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