カトリーヌは毎週土曜日に教会のミサに顔を出していた。正確にはミサの後、ミニョの歌を聴きに来ていた。
いつの間にか、ミニョのボランティア先の孤児院にも顔を出すようになり。
午後、ミニョが孤児院で歌う頃にひょいと現れて、そのまま雑用を手伝い、しばらくしてから帰るという日々だった。
「ミニョ、あなたの 『アウ゛ェ・マリア』 とても素敵なんだけど、ちょっと変えてみない?」
ボランティアの仕事が終わり帰ろうとしていると、いつもはとっくにいなくなっているカトリーヌが現れ、ミニョに言葉をかけた。
「『アウ゛ェ・マリア』 を変えるんですか?」
「ええ、今あなたが歌ってたのは、カッチーニの 『アヴェ・マリア』 なの。でもあなたの声にはシューベルトの方が合ってると思うのよね。」
ホームステイ先の家までの帰り道、カトリーヌは歩きながら話すように口伝えに教える。
「ここのメロディーは下がるんじゃなくて、ア~って上がるの。」
「ア~・・・」
「そう、それ。」
「とりあえずメロディーだけ覚えてね、歌詞はまた今度。」
一通り歌い終わり、ミニョが小さな声で何度かメロディーを口ずさんでいると家に着いた。
「じゃあね、ミニョ。」
「あ、カトリーヌさんはこの近くのホテルでしたね。」
「ええ・・・ねぇミニョ、私のこと変だと思わない?」
「何がですか?」
ミニョは不思議そうにカトリーヌを見る。
「だって、ずっとホテル暮らしで、勝手に孤児院に顔出して、いつもミニョにつきまとってるでしょ?」
ミニョは ? と言う顔で首を傾げる。
「私の知り合いにもホテルで暮らしている方はいましたよ。」
モ・ファランはずっとホテル暮らしだし、テギョンもミニョがA.N.JELLに入ってすぐの頃、暫くホテルにいた。
「孤児院の方は、シスターがとっても助かってるっておっしゃってました。ボランティア契約もしてないのに、色々と手伝って下さって。それに私、カトリーヌさんとお話しするのとても楽しいんです。高校生の頃は、なかなかゆっくりと友達と話をすることもなくて。一緒に買い物をしたりすることなんて、ほとんどなかったし・・・。それに歌のアドバイスとか、今日も新しい 『アヴェ・マリア』 を教えて下さいました。」
「私のこと迷惑じゃない?」
「いいえ!」
ミニョはブンブンと首を横に振る。
「迷惑なんてとんでもない。カトリーヌさんは私の大事な友達ですから。」
突然ふわっとミニョの身体が温かくなる。カトリーヌがミニョを抱きしめる。
「ありがとう、ミニョ。」
カトリーヌの瞳にうっすらと涙が浮かぶが、抱きしめられているミニョにはそれが見えない。
『ミニョ、あなたは私が友達以上を望んでも、そうやって笑っていてくれるかしら?』
フランス語で呟かれたカトリーヌの言葉・・・。ミニョは最初に自分の名前を呼ばれたことしか判らなかった。
「カトリーヌさん、お、重いです。」
ミニョより背の高いカトリーヌが覆い被さるように抱きしめている。
カトリーヌはミニョに見えないように涙を拭うと、クスッと笑ってミニョから身体を離した。
「そうなの、私最近太っちゃって、ジョギング始めようかな~って。ねぇ、一緒に走ってくれない?」
「いいですよ。でも平日はあまり時間が取れないんですけど・・・」
朝早く起き、朝食の準備を手伝い、早朝ミサへ出かけた後孤児院へ行く。帰ってからも家の手伝いをしているミニョはとても忙しかった。
「じゃあ、朝孤児院に行くのに走るってのはどう?私毎日ここに来るから。ミニョはそのままボランティアに行けるし。」
「そうですね・・・判りました。・・・とうとうリュックの出番ですね。」
クスクス笑いながらミニョが答える。
「リュック?・・・この間買ったリュックのこと?」
ちょっと前二人で買い物に出かけた時にミニョはリュックを買っていた。
「はい、土曜日バイトに行くのにカトリーヌさんが私の荷物持って、先に走って行っちゃうでしょ。だからリュックにしようと思って。リュックなら自分で背負ってもついて行けるかなって。」
カトリーヌは、両手の拳を胸の前で軽く握り、真面目な顔で力説しているミニョに思わず噴き出してしまう。
「ホント、あなたって変わってるわね。普通なら走るのを断るんじゃない?一緒に走ってバイト先まで行くことを前提にリュック買うなんて。」
ミニョはクスクスと笑い続けるカトリーヌを不思議そうに眺める。
「そんなに変でしょうか?私、カトリーヌさんと一緒に走るの嫌じゃないですよ。楽しいです。」
真っ直ぐに見つめるミニョ。その瞳に嘘は見えない。
「ありがとう。私もミニョといると楽しいわ。・・・じゃあ、明日の朝からよろしくね。」
カトリーヌはミニョに手を振ると、夕焼けの中へと姿を消した。
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