その日ミナムは他のメンバーと離れ、ドラマの撮影スタジオに来ていた。
「おはようございま~す。」
ドアを開け中に入り、監督、共演者、スタッフに一通りあいさつを済ませると、隅の方で椅子に座り、台本を開いているヘイの姿が見えた。
「ヘイさ~ん。」
手を振りながら近くにあった椅子をガタガタとヘイの隣に移動させ、背もたれに腕を乗せるように反対向きにした椅子に座る。
「あんたねぇ、一応新人でしょ。先輩に対するあいさつがなってないわよ。」
「ユ・ヘイさん、おはようございます。顔合わせの時以来ですね。よろしくお願いします。」
ミナムは立ち上がり、ピシッと姿勢を正すと、深々と頭を下げてあいさつをする。
「こんな感じ?」
ニッコリと笑うと、また元のように反対向きの椅子に座った。
ヘイはあきれたように台本に目を向ける。
ミナムは真剣に台本を読み続けるヘイを、じっと見ていた。
「気合入ってるね。」
「あたり前でしょ、今までのチャラチャラした可愛らしいだけの役とは違うんだから。それにあたしは元々、ちゃんとした女優になりたかったの。」
ヘイは、少し離れたところにいる一人の新人女優をじっと見つめる。彼女は他の共演者達と、楽しそうに話をしていた。
「ヘイさんもあっち行って来たら?皆楽しそうにしてるじゃん。こんなとこに一人でいないで、みんなの妖精の笑顔、振りまいて来たら?」
「ふん、ファン・テギョンとの破局報道の後、すぐにあんたとの噂が流れたでしょ。みんなの妖精なんてイメージ、どっかいったわよ。」
「じゃあ、俺はヘイさんの役に立ってるんだ。」
「人のイメージ壊しといて、何言ってんのよ。」
「だってヘイさんは、アイドルじゃなくて女優になりたかったんだろ。だったら丁度いいじゃん。みんなの妖精なんてイメージ、かえって邪魔だよ。そんな感じの役しかこないじゃん。今回がイメチェン後の第一作みたいなもんだろ?」
ヘイの役名は『ユリ』。仕事と恋のライバルである相手の女性『ジヘ』をとにかくいじめる役である。『ジヘ』は『ユリ』に徐々に殺意を抱いていく・・・という内容。今日の撮影で『ジヘ』の殺意が初めて見える、というシーンを撮る。
「いきなり地でできる役でよかったね。」
ミナムが屈託のない笑顔で言う。
「あんたそれ嫌味?・・・妹のことは・・・悪かったわよ・・・。あたしもやり過ぎたと思ってる・・・」
ヘイは目を泳がせると、ミナムの視線から逃れるように顔を背けた。
「別に。俺は気にしてないから。」
ニコニコしながら、ヘイの顔を観察するようにじっと見つめる。
「冷たいわね。妹でしょ。」
「それこの間、ジェルミにも言われた。」
ハハハ、と笑うミナム。
そこへ『ジヘ』役の新人女優が、トレイに紙コップを幾つかのせて近づいて来た。
「ユ・ヘイさん、コ・ミナムさん、どうぞ。」
トレイには湯気の立つコーヒー、氷の入ったジュース、同じく氷の入った水がのっていた。
「ありがとう。」
ヘイは素っ気無い返事で水の入った紙コップを手にすると、あっと小さく叫んで新人女優の足下へそれを落とした。
「きゃっ。」
新人女優の足首の辺りに冷たい水がかかる。
「あら、ごめんなさい。」
全く感情のこもってないヘイの謝罪。
すぐ近くで見ていたヘイのマネージャーが慌てて走り寄って来る。
「ごめんね~、わざとじゃないから。ヘイももうちょっと優しくしてあげなよ、相手は新人なんだから。」
マネージャーは、ヘイのことを睨みつける彼女をなだめながら、その場から連れ去った。
ミナムはその様子をじっと見ていた。
「あたしに何か言いたい事があるんじゃない?わざとだろ?いじめるなよ?」
「・・・ジュース、飲み損ねた。」
思いもよらない返事に、ヘイは目を丸くする。
「ダメ?ん~じゃあ・・・・・・マネージャー変えたら?」
ヘイはミナムが何を言っているのか判らなかった。当然自分を非難すると思っていたのに・・・
「あのマネージャーヘイさんのこと判ってないよ、ちゃんと台本読んでんの?ヘイさんと彼女の役って、仲が悪い設定だろ?普段から仲良くしてたら演技に出ちゃうかもしれないのに。相手は新人なんだし・・・それに今日は『ジヘ』が『ユリ』に殺意を抱くシーンだろ?あの様子だと、今日の撮影バッチリなんじゃない?」
先程のヘイを睨みつける女優の顔を思い出し、ニィッと笑うミナム。
ヘイは言葉が出なかった。
「にしても、うまいね~、水にするところが。熱くもないし、ベタつかないし・・・最高だね!」
ニッコリと笑うミナムを見て、何故だかヘイは胸が痛かった。
ミナムの携帯が鳴る。
「あ、ジェルミ。・・・えっ、もうそんな時間?判った、すぐ行く。」
ミナムは椅子から立ち上がるとドアの方へ向かった。
「ちょっと、どこ行くのよ。」
「あれ?ヘイさんも台本ちゃんと読んでない?今日俺の撮影ないよ。元々ちょっとしか出番ないしね。」
「知ってるわよ。何しに来たのよ。」
「ヘイさんが現場で孤立してるって聞いて。でも心配いらなかったみたいだね、役作りの為だったんだ。新人にまで気を使って・・・。あ、やばい、遅れる。テギョンヒョンに殺されちゃうよ。じゃね~。」
ミナムはヘイに手を振ると、走ってスタジオのドアから出て行った。
その場に残されたヘイは、痛む胸に手を当てる。
いくら邪険にしても、しつこくつきまとうミナム。
今まで自分の周りにいたのは、妖精の笑顔に集まる人々だった。ちょっと意地悪で我儘なユ・ヘイを知ると、離れて行き、陰口を言う。その奥の自分を見つけてくれる人は、誰一人いなかった。・・・コ・ミナムを除いて。
ミナムの笑顔を思い出す。
胸が締めつけられる様に痛み、目の前がうっすらと涙でにじむ。
「ホント、いやな奴。」
言葉とは裏腹に、ヘイの口元は微かに笑みが浮かんでいた。
* * * * * * *
― 次回予告 ― (次のお話のどこかで出てきます)
早朝、ジェルミはいつもならまだ寝ている時間なのに何故か目が覚めてしまい、リビングへ降りて行くと、外から帰って来たらしいテギョンが、白いパーカーのフードをとりながらキッチンへと入って来た。
「ヒョン、おはよう、早いね。」
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